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戸侯記  作者: まさごろう
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3-1 美濃道中

ここまで、登場人物や心情、状況を分かりやすくするため、かなりのスローペースで話が進んでいます。

もう少し先で物語を加速させる予定です。



長浜から美濃へ至る主要街道としては、中山道がある。

長浜を発ち、柏原宿を抜け、今須宿を経て関ヶ原を越え、美濃・大垣城へ至る道である。


いずれの道を通り美濃へ向かうべきか。

広瀬兵庫助は思案していた。


接敵の可能性はいまだ定かではなく、加えて野盗に襲われる危険もある。

さまざまに考えを巡らせた末、物見の知らせから「街道はまだ抑えられていない」と判断し、一行は中山道を進むことを選んだ。



一行の総勢は二十八名。


守るべきは三人。

秀吉の奥方である、ねねの方と、その母・なか。

そして秀吉の弟、小一郎の奥方、お(とも)の方である。


小一郎の嫡男・与一郎はすでに元服していたが、病を得て湯治のため近江にはおらず、同行していなかった。


これに従うは、広瀬兵庫助。

称名寺の住職・性慶(しょうけい)と、その小姓である泉慶。

松丸と、長浜の地を出たあたりで合流した長松。

奥の側付き四名と、足軽十六名。



一行は称名寺を立ち、姉川の流れに沿って七尾山の麓を通り伊吹へと向かっていた。

ここまでの行程に、これといった滞りはなくあまりに順調すぎるほどであった。


殿(しんがり)を務める松丸と長松は、歩を緩めることなく、後方はもとより左右、折に触れて前方にも目を走らせていた。


「お家のほうは、差し支えないのか」


周囲を警戒したまま、長松が声をかけた。


「皆には、事情は伝えてあります」

松丸は一拍置いて答えた。

「もっとも、弟どもは幼く、どこまで理解しているやら……。

ただし、何が起ころうとも家を出るなと、念を押してきました」


「父君がおらぬため、松丸殿も心穏やかではあるまい」


「……とはいえ、長浜に攻めてこようともさすがに無体な振る舞いはありますまい」


それは長松に向けた言葉であると同時に、自らを宥める呟きでもあった。


果たして、本当にそうであろうか。

日向守謀反――その報せは、いかにも俄かには信じ難いものであった。


明智光秀。

織田家臣団においては、柴田修理亮、丹羽五郎左、滝川左近将監らと並び称される重鎮である。

松丸の主である羽柴筑前守が密かに、競う相手と見なしているとも噂されるが、軍事、政道、そのいずれにおいても抜きん出た武将であることは疑いようがない。


正直なところ、松丸にとって、父より折に触れて文武の話を聞かされてきた日向守は、密かな憧憬の対象でもあった。


その男が、女子供にまで累を及ぼすような無体を働く。

どうしてもそうは思えなかった。

思えるはずがなかった。


それと同時に、「なぜ」という思いが、胸を離れなかった。


自分はしょせん元服前の十歳の童である。

しかしその童から見ても、日向守は右府様、左近衛中将様をしっかりと支え、また重く用いられていたように見えた。

何より、戦が畿央から消え、織田家の天下一統は目前だった。


天下一統ののち、日向守は、間違いなくそれを支える柱となる人物であった。



「とまーーーれーーー」


合図とともに、一行の歩みが止まった。


「ここらで一旦休憩を取る」

前方より広瀬兵庫助の声が飛んできた。


「今日のうちに、柏原宿までは着いておきたい」


長浜から柏原までは、おおよそ五里。

ここは、ちょうどその半ばであった。


この距離ならば問題なく行けると思います――

そう返そうとした、その時。


南西の方角から、蹄の音が近づいてきた。






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