2-1 称名寺
「――このような次第にて、ほどなく此方へお着きになる由にございます」
松丸の話を聞き終えると、住職・性慶は静かにうなずいた。
「承知いたした。此方も支度を整えよう。
皆様も、準備なされるがよい」
慌てた素振りは微塵もなく性慶はお堂の床からすっと立ち上がり、松丸の目をまっすぐに見据えて言った。
称名寺――。
湖北十ヶ寺の一つに数えられる、湖北を代表する浄土真宗院である。
その境内は堀と土塁に囲まれ、ひとたび事あらば城館としても機能する堅固な造りとなっていた。
長浜城にて三之丞より下知を受けた松丸と2人の老兵は、ただちにこの称名寺へと駆けつけていた。
三之丞の命は、いつでも移動できる様に秀吉の家族を城下近くの称名寺へ移すこと――その手配を急げ、というものであった。
現在の情勢を性慶に伝え終え、松丸が一度家へ戻るべく走り出そうとした、その時である。
「大変じゃ!!」
血相を変えた長松が、お堂へ駆け込んできた。
「安土が燃えておる!
それと、先ほど早馬が参り三之丞様から話が合った。
こちらへも軍勢が向かっておるとのことじゃ!
旗印を見るに――阿閉様の御勢とのこと!」
その報せを聞き、性慶は静かに息を吐いた。
「松丸殿。おそらくは、筑前守様の御家族を此方へお移しするだけでは済みますまい。
戦火を避けるとあらば、北か、あるいは東か――いずれかへ落ち延びねばなりますまいな」
「まずは三之丞様へ、ご相談申し上げて参ります」
松丸はそう言い残すと、再び長浜城を目指して駆け出した。
-------------------------------------
みたび長浜城に至った松丸と長松は、三之丞への目通りを願い出、老兵二人とともに広間の端に控えていた。
「……なあ、松丸殿。いかようになると思う」
前を見据えたまま、長松が低く問うた。
「計りかねますな…」
松丸は一拍置いてから答えた。
「不明なことがあまりに多うございます。
筑前守様をはじめ、主だった御家中の面々は皆、西に在られる。
父もまた……。
このような折に、我らに何が出来ましょうか」
それきり言葉は途切れ、二人は黙然と座したまま、呼び出しを待った。
やがて、
「藤懸様、藤懸様は居られるか!」
と声がかかる。
老兵二人を広間に残し、松丸と長松は奥へ通された。
奥の間には三之丞が控えの武者五人と卓を囲んでいる。
二人は敷居の外、廊下に膝をつき、深く頭を垂れた。
三之丞は二人の姿を認めると、即座に言った。
「長松、松丸。半刻ののちご母堂様、奥方、ならびに弟君の御家族一行
正門より出立していただく。
称名寺のご住職とは、すでに話はついておるな」
「はっ。滞りなく」
松丸は伏したまま続けた。
「ただ、先刻ここに居ります長松殿より、軍勢がこちらへ向かっておる由を
聞き及びました。ご住職もまた、寺への移動のみで事は収まらぬのでは、
と案じておられます」
「面を上げよ」
その声に従い、二人が顔を上げる。
「その通りじゃ。
まずは城を出て称名寺へ向かっていただくが、その後は美濃へ落ちてほしい」
「美濃へ……」
「うむ。道中の差配はご住職に一任する。
その方らも同行せよ。供は二十名ほど付ける」
「承知いたしました。では、半刻後、迎えに上がります」
松丸が立ち上がろうとした、その時。
「待て」
三之丞は懐より一通の書状を取り出した。
「これを持ってゆけ」
「これは……」
「儂がしたためた一筆だ。美濃にて、もし何事か起これば、それを見せよ」
書状を手渡すと、三之丞は再び卓へと視線を落とした。
「頼むぞ」
それだけを告げ、三之丞は顔を上げなかった。




