6-17 丹波亀山
永重は、華や弟妹、女中らが戻ってくると、月心と夕霧を側付きとして紹介した。
その日の夕餉からは、半佐、月心、夕霧の四人で卓を囲むことになった。
「――ところで、月心と夕霧はいくつになるのだ?」
食事をとりながら永重が聞いた。
「某は二十九でございます」
月心が言うと、続いて夕霧が
「私は十八にございます」
なぜか、夕霧の言葉に頬を赤らめている半佐。
そんな半佐を放っておいて、永重は気になっていたことをもう一つ聞いた。
「ふむ……聞いていいのかどうか分からぬが、頼明殿とはどういう……?」
「事前に、聞かれれば答えてよいというお許しを頂いております」
月心が少し表情を崩して答えた。
「頼明様……我らは『御頭』と呼んでおりました。
御頭、すなわち我ら一党の首領でございます」
聞いた永重は驚いて目を見開き
「すると、頼明殿は忍びを率いておるのか?」
「左様にございます」
夕霧が答えた。
しばし唖然とする永重と半佐。
「……知らなかった」
半佐がぼそっと一言。
「知られてはまずいですので……お気付きにならずとも当然かと」
白湯を飲みながら月心が言った。
「そなたらの事をもう少し教えてほしい」
永重が言った。
月心と夕霧は姿勢を改めて永重を見る。
「そなたらの得手は何だ」
永重が聞くと
「多少は刀や弓も使えますが、潜むことと薬学に長じております」
月心が言うと、続けて
「わたくしも刀を扱えますが、人の心を攻めるを最上の得手としております」
夕霧が答えた。
月心と夕霧の言葉に、永重は小さく息を吐いた。
「……なるほど。
忍びといっても、皆がみな闇に紛れて動くだけではない、というわけか」
「左様にございます」
月心は静かにうなずいた。
「御頭は常々申されておりました。
刃は最後の手段、最も下策であると」
その言葉に、夕霧がくすりと微笑む。
「人の心は刃よりも脆く、そして深く傷つきますゆえ」
半佐は思わず手を止め、夕霧の顔をまじまじと見た。
先ほどまで年若い娘にしか見えなかった笑みが、ふと底の見えぬものに変わった。
「……そなた、十八と言ったな」
永重が改めて夕霧を見る。
「はい」
夕霧は臆することなく視線を返した。
「ですが、年の若さを侮られれば、その隙こそが武器となりましょう」
永重はしばし黙り込み、やがて低く笑った。
「これは頼もしい側付きが来たものだ。
いや、頼明殿がよく私のところに寄越してくれたものだ」
そう言うと、月心と夕霧の表情がわずかに引き締まる。
「御頭は……」
月心は言いかけて、言葉を選ぶように一拍置いた。
「永重様の御身がこの先、穏やかでは済まぬやもと申されておりました」
「ほう?」
「ゆえに、我らをここへ、と」
永重はその意味を噛みしめるように、ゆっくりと白湯に手を伸ばした。
湯気の向こうで、二人の忍びは微動だにせず主を見据えている。
「私は――」
永重は椀を置き、二人を順に見た。
「たかだが数千石の家臣の、嫡男にすぎないのだぞ」
月心と夕霧は黙って永重を見る。
「如何に旧知の仲とはいえ、その方らほどの者をそれだけで寄越したと言うのか?」
「御意」
月心が即座に応じる。続けて
「永重様を我らがお支えすること……
それが巡り巡って、御頭、いえ――この世に利すると」
その言葉に、永重は思わず苦笑した。
「ずいぶんと大きく出たものだな。
私一人でこの世が変わるとは思えぬが」
「永重様」
夕霧が静かに口を開く。
「世は、大きく動く前ほど、静かに澱むものにございます」
半佐は眉をひそめて聞いた。
「……どういう意味ですか?」
夕霧は半佐を見つめて言った。
「池に小石が投じられ、それが波紋となり、岸を打つように波立つ時があります」
月心がその言葉を受けるように言った。
「御頭は、永重様がその“石”になり得ると見ておられます」
「……ずいぶんと買われたものだな」
永重は苦笑いしながらしばし椀の中の白湯を見つめていたが、やがて静かに息を吐いた。
「石、か……」
呟くように言ってから、顔を上げる。
「もし私が石だと言うのなら――」
言葉を選ぶように一拍置き、
「投げる者も、投げる場所も、間違えてはならぬな」
月心はわずかに目を細めた。
「左様にございます」
月心は一礼する。
「御頭もまた、永重様が軽々しく動かれるお方ではないと――承知の上でございました」
夕霧は続けて、楽しげとも取れる声音で言った。
「されど、動かぬ石は、石であって石ではございません」
半佐が思わず口を挟む。
「……動けば、波が立つ。
波が立てば、目立つでしょう」
夕霧はにこりと笑った。
「ええ。ゆえに忍びがおります。
波が立つ前に水を濁し、立った波を別の岸へ導く。
それが我らの役目です」
永重はしばらく黙って三人を見渡した。
月心は静かに、夕霧は揺るがぬ自信をもって、半佐はまだ戸惑いを隠せずにいる。
永重は思わず小さく笑った。
「月心、夕霧」
名を呼ばれ、二人は即座に姿勢を正す。
「私は、上に立とうなどとは思っておらぬ。
だが――」
永重の声が、低くなる。
「理不尽に踏み潰されるつもりもない」
夕霧の目が、ほんの一瞬だけ鋭く光った。
月心は深く頭を下げる。
「その御心こそ、御頭が永重様に託された理由にございます」
永重は白湯を飲み干し、音を立てぬよう椀を置いた。




