6-14 丹波亀山
「書状には何と?」
重兼が聞く。
「三つ記されていた」
そう言うと永重は、囲炉裏に吊るされた鉄鍋で湧いていた湯を椀に注ぎながら言った。
「一つは、少しでもいいので米と塩について送ってほしいと。
頼明殿の領地はそれほどでは無かったが、近江全体がやはりまだ混乱しているようだ」
白湯を入れた椀を重兼と半佐に配りながら続けた。
「二つ目は、その礼として月心ともう一人をこちらに差し向けるゆえ、使え、と」
このことには、さすがに重兼も驚いていた。
「石川頼明様とは、一体……」
「何者なんだろうな。
長浜に居た頃は稽古などを共にし、本能寺の変の際は共に旅もしたが……
先日も久方ぶりにここに来たが、忍びについては何も知らなかった」
少し笑みを浮かべてそう言うと、
「ただ、三つ目にも少し関わるが、ここに来る二人は腕前も相当なものである、と。
書状にも、有事の際の護りにもなるゆえ、使ってくれ、とあった」
白湯を一口含み、飲み干して言った。
「そしてその三つ目だが……どうも将軍家、足利公は太閤殿下との和睦を進めようとしておられるようだ」
「将軍家が……和睦を?」
重兼の声は低く、囲炉裏の火に吸い込まれるように小さかった。
「表向きは、な」
永重は椀を置き、火箸で炭を少し寄せた。
赤く熾った炭が音もなく崩れ、火勢がわずかに強まる。
「毛利の庇護下にある足利公が、太閤殿下と和睦を望む――
それ自体は不思議ではない。
ここ丹波で奉公衆が目撃された、となればその一手であろう」
半佐が眉をひそめる。
「……なにゆえ中納言様になのですか?
お伏せになられていることは、周知の事実ではないですか」
「そこだ」
永重は頷いた。
「正直、雲の上の話過ぎて見当もつかぬ。
だが、和睦の糸口を探るにせよ、あるいは別の思惑があるにせよ……」
重兼は腕を組み、しばし考え込んだのち言った。
「それこそ、忍びではなく奉公衆が姿を現した、というのは……
将軍家は、既に何らかの手を打ち始めている可能性があるのでは?」
「忍びを使っている頼明殿も、それを察している」
永重は静かに続けた。
「だからこちらへ知らせをよこした。
――米と塩だけが目的ではない」
半佐が息を呑む。
「我らが、巻き込まれると?」
「既に、かもしれん」
永重は淡々と言った。
「我ら、というよりは丹波が、かもしれぬが……」
囲炉裏の火がぱちりと爆ぜる。
その音に、三人とも一瞬だけ言葉を失った。
やがて重兼が口を開く。
「若殿。
忍び二人を受け入れるとなれば、覚悟が要ります。
忍びは、力にはなりますが、使いようによっては我らをも傷つけるものです」
「分かっている」
永重は即座に答えた。
「だが、目も耳も持たず、よりはいい」
重兼が静かに言う。
「……もう一人の忍びが来るのは、明日でしたな」
「ああ」
永重は頷く。
「月心と同じか、それ以上の者かもしれん」
外では風が強まり、どこかで木の枝が擦れる音がした。
夜はまだ深く、静けさの底に不穏な気配だけが沈んでいる。
永重は閉じた雨戸を見つめ、心中で呟いた。
――将軍か、太閤か。
あるいは、そのどちらでもない何かか。
丹波の小さな家に、確実に時代の影が差し込み始めていた。




