4-5 行徳寺
境内が皆の歓喜に沸く中、松丸と半佐は吉報を持ってきた武者三人を本堂に案内し、湯漬けを振る舞っていた。
武者たちは長浜城を発ってから、少しでも早く御方様方に知らせようと、ほとんど休みなく駆け通してきたという。
疲労困憊の身に湯漬けを含み、三人の表情にようやく安堵が滲んだ。
「ありがとうございました」
そのうちの一人が、胡坐をかいたまま丁寧に頭を下げる。
「いえ……近江は、長浜は無事なのですか?」
家のことが気にかかっていた松丸は、堪えきれずに尋ねた。
白湯を口に含み、一息ついた武者が答える。
「無事です。阿閉、妻木ともに大きな戦はありませんでした。
そして――」
武者はまっすぐに松丸の目を見て言った。
「お父上も、ご無事ですぞ」
「…………」
その言葉に松丸の声は出ず、ただ涙だけが自然と頬を伝った。
「…すみません」
袖で拭っても、涙は止まらなかった。
武者たちは松丸と面識こそなかったが、ここにいると聞き及んでいたのだろう。
「お父上は、毛利攻めから引き返す強行軍、山崎での戦、そして長浜へ戻られる最後まで、秀勝様をお支えされておられました」
父は、無事に帰ってきた。
その事がどれほど松丸を安堵させたことか。
涙を懸命に拭う松丸を、武者三人はふと微笑みながら見守っていた。
側に控える長松と半佐もまた、安堵の眼差しで静かにその様子を見ていた。
やがて、奥の間に下がっていた兵庫助と性慶が連れ立って本堂へ戻ってきた。
白湯を口にする武者たちを一瞥すると、兵庫助は近くへ来てどかりと座る。
それに応じ、武者たちも姿勢を正した。
「…改めてここまでご苦労でござった」
兵庫助は胡坐のまま両手を着き、深く頭を下げる。
「とんでもございませぬ。よくぞ皆々様ご無事で」
そう応えると、武者たちはさらに深く頭を下げた。
ふと兵庫助は、隣で目を腫らした松丸に気付いた。
「…如何した?」
慌てて松丸が答える。
「はっ、父が…父が無事に長浜へ戻ったとお聞きしたところです」
兵庫助は一瞬目を見開き、やがて声を上げて笑った。
「そうか! 永勝様がご無事で戻られたか!」
そして、少し声を落とし、
「……良かったのう。ほんに、良かった」
優しい表情で松丸を見て、兵庫助が言った。
その視線を受け、松丸の目に再び涙が盛り上がった。
「……ありがとうございます」
両手を着き、深く頭を下げた。
しばらくして、性慶が兵庫助の後ろに座ると、兵庫助は向き直った。
「さて、これからじゃが……」
その場にいる武者たち、松丸、長松、半佐を見渡して言う。
「明日、ここを発ち長浜へ向かう。
―これから外に居る者たちへも伝える。よいな?」
皆無言でうなずく。
兵庫助は後ろの性慶を見る。
「皆に伝えてくだされ」
そう言うと、松丸に向き直る。
「松丸、少し話がしたい。よいか?」
さらに一同を見渡し、
「すまぬが、皆、外してくれ」
その言葉に、松丸と兵庫助を残し、他の者たちは本堂を出て行った。
人の気配が消えたのを確かめてから、
「話はな、半佐のことじゃ」
兵庫助は静かな目で松丸を見据え、話し始めた。




