4-3 行徳寺【滞在】
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2026.8.7 文章構成含め、全体的に改稿しました。
行徳寺へたどり着いてからというもの、一行は、ひとまず命を追われることもなく日々を送っていた。
長浜城で三之丞から託された書状は、兵庫助の手を経て住職へと渡された。
封を解き静かに目を通した住職は、やがて深くうなずいた。
それ以上、何ひとつ尋ねることはなかった。
「ここにおられるがよい」
ただその一言だけであった。
以来、一行は客人としてではなく寺の者として迎えられた。
もちろん、ただ寝食を与えられていたわけではない。
雨に傷んだ瓦を差し替え、傾いた塀を繕い、伸び放題となった庭木の枝を払う。
朝は井戸水を汲み薪を割り、昼には畑を耕して夕刻には炊事場で湯を沸かす。
誰に言われるでもなく、それぞれが己にできることを見つけて黙々と働いた。
戦場で鍛えた手足は剣や槍を持たずともよく働く。
住職も寺男たちも最初は遠巻きに眺めていたが、日を重ねるうちに自然と言葉を交わすようになり、寺には久方ぶりの笑い声さえ戻っていた。
だが、その穏やかさとは裏腹に世は大きく揺れていた。
寺を訪れる旅僧。
門前で草鞋を履き替える商人。
一夜の宿を借りる行商人。
そうした者たちがもたらす噂は日に日に増えていった。
そしてそのどれもが、胸を冷やすものばかりであった。
明智日向守、謀反――。
日向守光秀は一万三千の兵を率いて丹波亀山城を発し、京・本能寺にあった右府信長を急襲したという。
右府の行方はいまだ知れぬ。
されど日向守は、すでに討ち果たしたものとして諸国へ使者を走らせて自らに従うよう諸将へ呼びかけているらしい。
折しも京に滞在していた徳川次郎三郎家康もまた、その行方は杳として知れなかった。
右府の嫡男である織田家当主、左近衛中将信忠は二条御所にて討死。
天下の威を示した安土城は炎に呑まれたという。
さらに岐阜城では留守居役であった斎藤利堯が城を押さえ、近在の寺社へ禁制を掲げ始めたとの噂もあった。その真意はなお誰にも分からぬ。
左近衛中将信忠の嫡子・三法師だけは、前田玄以に守られ清州へ落ち延びたらしい――。
そこまでが人づてに伝わる話であった。
だが。
羽柴筑前守秀吉の動きだけは誰ひとり知る者がいなかった。
毛利と対陣する筑前守が、いまどこで何を思い、いかなる手を打とうとしているのか。
その知らせだけはまるで世のどこかへ消えてしまったかのように届かなかった。
もし、明智日向守が毛利と手を結べば。
羽柴軍は前後より挟み撃ちとなる。
それは、誰の目にも明らかであった。
父は――無事だろうか。
母や弟妹は。
近江の家は。
松丸は、その思いを決して顔には出さなかった。
屋根へ上がって瓦を並べる時。
薪を割るため鉈を振るう時。
井戸の桶を引き上げる時。
ふとした拍子に家族の顔が胸へ浮かぶ。
すると、静かだった心が水面のように揺れた。
兵庫助も。
長松も。
半佐も。
ほかの足軽たちもまた同じであった。
誰ひとり、不安を口にする者はいない。
言葉にしたところで、どうにもならぬことを知っていたからである。
だからこそ皆、黙って働いた。
黙って飯を食い。
黙って眠りについた。
そうして、不安だけを胸に抱えたまま日が過ぎてゆく。
京で変が起きてから、およそ半月。
初夏の陽が境内へ降り注ぎ、蝉が一声、二声と鳴き始めたその日――。
不意に。
境内の静寂を切り裂くような鋭い音が響いた。
ピイイィィーーーーーーー!!
松丸の手が止まる。
兵庫助が顔を上げる。
長松が息を呑み、半佐が門の方を振り向いた。
聞き違えるはずがない。
行徳寺へ着いたあの日。
兵庫助が見張り番へ預けた、あの木笛の音であった。




