#17-05 エピローグ
私と舞依が結婚してから、八年余りの時間が経過した。
その間に蓬莱は順調に発展していて、メルヴィンチ王国を始めとする大陸の四か国とは国交が成立している。
まあ無人島の小さい方の二つの島にダンジョンが発生したり、海賊連合軍――と、海賊の親分どもが言っていた――が飛行船二隻を含む大船団で攻め込んで来たりと、小さなトラブルはあったけど、概ね平和だったね。え? 海賊船団はどうしたって? もちろんあっさり蹴散らしてやりました。
さて私たちの近況はと言うと、鈴音と久利栖――国王夫妻のところには二人の子供が生まれている。第一子が男の子で第二子が女の子。お世継ぎの男子が第一子で二人ともちょっと安心したらしい。三人目はどうしようか、なんて話もしているとかいないとか。ラブラブだね。
久利栖とレティのところにも二人の子供が生まれている。こっちは二人とも女の子で、どえらい美幼女姉妹。私が言うのも何なんだけど、ハーフって異なる要素が混じり合うことで、ある種独特の魅力が出るじゃない? そういうのが凄く良く出た感じ。ちなみに上の子はメルヴィンチ王国にお嫁に行くことが確定しているから、久利栖は美しく成長していることに喜びつつ嘆くという器用なことを、ことあるごとにやっている(笑)。
そして私と舞依の間にも、半年前に第一子が誕生した。髪と瞳の色は私と同じだけど、顔立ちは舞依にそっくり。将来は美人さんだね!(←親バカ)。時期がやや遅いのは、私たちにはお世継ぎ誕生を急ぐ必要が無かったから。暫くは二人きりで新婚気分を満喫していたのです。
「あれ? もしかして寝ちゃった?」
頷いて、腕に抱いた子を慈愛に満ちた微笑みで見つめる舞依が聖母カワイイ。これは記録しておかねば、ということでパシャリと一枚。スマホ周辺だけを遮音結界で包んでいるので、シャッター音も大丈夫。抜かりは無い。
すぴすぴと小さな寝息を立てる娘は正真正銘の天使(断言)。ぷくぷくのほっぺをそっと指先で撫でると、口元がむにゅむにゅと動いた。
「ふふっ、可愛い。寝顔は本当に天使ね」
「だね。起きてる時は、結構ヤンチャだけど」
そうね、と頷く舞依と一緒にクスクスと笑う。
いやー、なんて言うかね。鳴き声がすっごいの。あと力も結構あって、小っちゃいからってタカを括ってるとビックリする。ちなみに魔力もすんごいんだけど、それに関しては魔道具で余剰分を吸い取ってるから、暴走とかの心配はありません。
正直こっちの世界に来て、身体能力が向上してて良かったよ。今なら数日徹夜したってピンピンしてるからね。もしこれを日本に居た頃のまんまで、しかもワンオペだったらと思うと正直ゾッとするよ。育児ノイローゼになるのも分かるというもの。
まあそもそもの話、こっちの世界に来なかったら子供ができることも無かったんだから、このもしもは成立しえないんだけどね。
身体能力以外にもアレね、やっぱりトランク。料理とかを大量に、出来立てで作り置きしておけるから凄い助かってる。あと着替えとか食器とかの汚れものを、面倒臭い時とか一時的に放り込んで時間を止めておけば、後で纏めて処理できるしね。本当にトランク様様です。今日もありがとう!
「なんちゅうか、舞依さん似の清楚な美少女に成長して怜那さんばりの破天荒やったら、脳がバグるわな」
「それはなんというか、向かうところ敵なしですね」
久利栖の感想に、下の子を抱っこしているレティが妙にシリアスな表情で頷く。まぁ確かに、社交の場とかだと舞依の容姿や物腰の方が有利に働くからね。私とは得意分野が違う。つまりその両方を受け継ぐ私と舞依の娘はとてもスゴイということ(←親バカ再び)。
「ちちうえ、のうがばぐるとはどういういみなのですか?」
「え? ああ、それはね……、うん、例えば初めて会った人の事を、外見からこういう性格なんだろうなって推測したとするだろう? ところが実際はそれとはかけ離れた性格で、思わず『えー、そんなはずないのに!』って混乱してしまうこと、かな」
「なるほどです……。ぎゃっぷもえとちかいかんじなのかな?」
「脳がバグった時、そこに魅力を感じたら、それがギャップ萌え。……なるほど、我が子ながら深い考察――」
ピシューン フォン パキーン! ×二
「あたっ」「アウチッ」
「なわけないでしょう! もう、あなたも久利栖も、子供たちに日本由来の変な言葉を教えないの!」
こういうセリフだけを聞くとすっかり教育ママさんっぽい鈴音だけど、基本的な教育方針は割と大らかで、勉強と躾はしっかりしてるけど、それ以外に関しては自由にさせている。ただ、言葉の乱れは凄く気になるっぽい。っていうか、オタク用語とかネットスラングとかを使わせたくないって感じね。
「ハハハ……、まあいいじゃないか。言わば僕らのルーツの文化だし、その内蓬莱用語みたいな感じで定着するさ」
「私としては、定着させたくないって考えてるんだけど?」
「まぁまぁ鈴音さーん。マンガ・アニメを蓬莱の事業にしようっちゅう施策も進めとるとこやし、この手のスラングが自然発生すんのも時間の問題やで?」
「それは……、まあ、そうなのよね……。でもいいのかしら? 確かにマンガ・アニメは素晴らしいメディアだし、一つの文化だとは思うけど……」
「っていうかさ、鈴音」
「ナニよ?」
「空飛ぶクルマのデザイン、スパリゾート、遊園地、それから学校に給食なんかも、向こうの文化・制度を既にアレコレ取り込んでるんだから、今更じゃない? 蓬莱の常識と大陸の常識は、もうかなりのズレがあるよ?」
ガクッと肩を落とす鈴音。下の子がママを心配したのか、ヨシヨシと頭を撫でているのがカワイイ。
「そうなのよね……。でもいいのかしら? 確かにそれで成功しているのは事実だけれど、それって蓬莱がガラパゴス化しているとも言えるんじゃ……」
「鈴音、鈴音? そういう難しい話はまた別の機会でいいだろう? そろそろ時間なんだし」
「……はぁ、それもそうね」
時間っていうのは、これから日本の家族と初めてビデオ通話による接続を試みるのです。何度も検証して、まず間違いなく成功するはずだけど、ホウちゃんにかける負担の関係上しょっちゅうは無理だから、こうして三家族で勢揃いしてるってわけね。
「っていうか、怜那。本当にこのメンバーで良かったの?」
「今日は私たち三家族合同でって、皆で決めたよね? 向こうも集まってくれてるはずだし」
「じゃなくって、ついでだからエミリーちゃんの事も紹介したらって話よ」
「え゛……っと、それは……」
「仲間外れのようで、私たちとしても少し気になってしまいますね。クルミちゃんも居るのですから」
「レティまで……。まあクルミはペット枠というか、一緒に住んでるし家族みたいなものだから……」
「キュッ!」
ピッと手を挙げるクルミの頭を撫でる。一年ほど前にクルミもめでたく霊獣へと進化した。
フィディに聞いたところでは、動物や魔物とは本質的に異なる精霊に近い生き物になるので、病気や寄生虫、アレルギーなどで他者に害を与えることは無くなるとのこと。どうもクルミは私たちの子育てに参加したかったようで、私と舞依が結婚して暫くしてから、ホウちゃんに試練(お仕事)を貰って頑張って修行をしていた。
努力が実を結んで何よりだね。もうちょっとしたらこの子の遊び相手になって貰おう。まあ動けるようになるまではヌイグルミ代わりだろうけど。
余談だけど、何故かクルミと対抗するようにネコちゃんも修行をして、今では霊獣の一歩手前のそのまた一つ手前くらいまでになっている。一体何処を目指しているのやら。
それはさておき。
つい先日の事。エミリーちゃんから告白――というか、あれは一種のプロポーズかなぁ――されてしまったのです。自分を第二夫人として真剣に考えてみて欲しい、っていう感じでね。
ちなみに舞依には事前に根回し済み。それも二年くらい前に。ミクワィア商会の支部長さんに抜かりは無い。そのあと商会が忙しかったりタイミングが合わなかったりしている内に舞依が妊娠したので、子供が生まれて落ち着くまで待っていたのだそう。
うーん……、確かにその頃から、エミリーちゃんが舞依のところに来て、花嫁修業的なことをし始めたとは思ってたけど……。
視線を向けると、舞依がふわりと微笑んだ。
「私は怜那の思うようにすればいいと思うよ。怜那が私を一番に想ってくれているのは知っているし、それは私も同じだから。その上で大切な人を増やすことは、悪いことではないって思うの」
「うーん、そっか……。分かった、ちゃんと考えてみる」
エミリーちゃんの事は出会ってからずっと可愛がってきたけど、お姉様目線というか、成長を見守って来たというか、そういうところがあるからね。すぐに意識が切り替わらないかもだけど、気持ちは真剣に受け止めよう。
と、気持ちを新たにしたところで――
「それは良かったです。これでシャーロットも心置きなくレイナさんの元に嫁げそうですね(ニッコリ☆)」
などとレティがのたまった! これには一同、ビックリ
「ちょっとレティ、ロッティちゃんの嫁ぎ先なら、王様の方が良いんじゃない? っていうか、どっちも振興の王家と侯爵家なんだし、第二第三第四夫人くらい迎えなさい。言わば義務でしょう!(ビシィッ)」
ススーッ ×四
はいそこ、目を逸らさない。
「まあ、その、一応その内にはと考えてはいるんだけどね。ファルスト達にもせっつかれているし、鈴音も納得していることだし……」
「ええ、まあ、王妃になった以上、覚悟はしているし。それに向こうの政財界でも、そういう話はあったって聞いてたから、さほど抵抗は……」
「ウチんとこもまあ、そのつもりはあるんやけど……。っちゅうか、レティが割と前向きなんよ……」
「私としては、司侯爵家を盤石にするためにもと、薦めているのですけれど……」
ふむふむ、一応その気はあると。
「……とはいえ、シャーロットは王太子の双子の姉というとても微妙な立場ですから、陛下のところへ嫁ぐのは難しいのです。同様に国内の貴族へ降嫁するのも問題があります。形式的には政治的に中立であるレイナさんの元に嫁ぐことができれば、ベストなのですけれど……」
「まあ政治的にはそうなのかもだけど、ねぇ?」
「うん。ロッティちゃんの気持ちの問題もあるものね」
私と舞依が困惑気味にそう言うと、レティが微笑んで両手を合わせた。
「でしたら大丈夫ですよ。シャーロットは乗り気で……、と言いますか、エミリーさんが嫁ぐのを待っていたくらいですから」
なんでも、そもそもこの話は、嫁ぎ先の選定が難しいことを悟っていたロッティちゃん自身が提案したことだったのだとか。流石は王族と言うべきかなんというか。
でもこのまま話を進めちゃうと、王様より先に第二第三夫人を迎えることになりそう。私、一応聖職者なんだけど。――はいそこ! 聖職者に変な漢字を当てようとしない。
「ロッティちゃんはエミリーちゃんとも仲良しだし、良いのかなぁ……。そっちの方もちゃんと考えよっか」
「そうね。ふふっ、賑やかな家になりそうね」
確かに。笑顔がいっぱいの家にしていきたいね。
さて、そろそろ時間だ。部屋を少し暗くして、スマホの画面をスクリーンに投影する魔道具を起動する。
事前にしていた連絡では、向こうも家族が勢揃いしているらしい。大きな部屋が必要だから、今回は御子紫家に皆で押しかけているそうな。向こうにも赤ちゃんが居るし、大騒ぎしてるかもね。
まずは何て声を掛けようか? やっぱり「元気にしてた?」かな。
「ねぇ、怜那?」
「なぁに、舞依?」
「幸せ、だね」
「うん。この先も皆で幸せをつくっていこう」
「皆で一緒に、ね」
「そう、皆で一緒に」
これにてこの物語は終了となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
また別の作品でお会いできれば幸いです。




