#17-01 一年半の出来事(二つの結婚式編)
「今日はポカポカ陽気で気持ち良いね、舞依」
「そうね、怜那。風も気持ち良いし、一足早く春が来たみたい。風も気持ちいい……」
ふわりと風に揺れるカーテンから垣間見えるお日様に、舞依が目を細める。
双子ちゃんがバカンスに訪れてからだいたい一年半ほどの時間が経ち、今は三月の下旬。私たちが居るのは蓬莱の神社(神殿)の敷地内に建てられた私たちの住まいで、私と舞依と、あとオマケでクルミは現在城からこちらへ居を移している。
まあ、城の方の部屋もそのまま残してあって、話し合いとか食事会とかが長引いた時は向こうに泊まることもしばしばだから、二拠点生活って感じかな。近いけどね。
「日本だったら、お花見の季節だねーなんて話してる頃かな?」
「ふふっ、そうね。毎年どこかに、怜那と一緒に桜を見に行ってたものね。そういえば……」
舞依の視線が再び窓の方へ向く。あっちは――精霊樹のある方か。
「成長するにつれて、何か精霊樹が桜の木に似てきている気がするんだけど、気のせい?」
「ううん、たぶん気のせいじゃないと思うよ」
精霊樹は“樹”とはいっても厳密には植物とは違うものだから、どんな形に成長するかは、実のところ定まっていない。リーブネスト自治領にあったのなんて、この木なんの木だしね。記録や伝承によると、バオバブっぽい感じになったり、ぶっとい一本の竹みたいになったこともあるらしい。
さて、蓬莱の精霊樹、そこから生まれた精霊は私一人で種から苗木になるまで純粋培養で育てたのもあって、私の意識が色濃く影響を与えている。その後も私たち日本人組が中心になって育てたしね。
そういった経緯で、私たち日本人にもっともポピュラーで印象に強く残っている樹木である桜が、精霊樹の成長に反映されたんだろう。付け加えると、地球の世界樹ともリンクしたから、桜がどんな木なのかホウちゃんも明確に知ることができたのも大きい。
「あと何年かすれば、花も咲くんじゃないかなー」
「そうしたら皆でお花見ができるわね。……いっそ春のお祭りにする?」
「それは楽しそうだけど、そうなるとまた仕事が増えるのが……」
お花見はしたい。でも私と舞依が精霊樹の下でお花見なんてしたら、それだけでもはやお祭りだし、鈴音たちもお弁当を持ってやってくるに違いない。すると自然に蓬莱の住人も集まって――と大事になる予感しかしない。
ってことは最初からお祭りとして計画してしまった方が、面倒が無くていい? うーん、でも舞依と二人で小ぢんまりとしたお花見をしたいっていう気もするし……。
などと頭を捻っていると、舞依がくすくすと笑う。
「お祭りにしたらロッティちゃんとヘンリー君を呼ぶ口実にできるかもよ?」
「あー、そういうのにも使えるか。去年のバカンス計画は、結局頓挫しちゃったからね」
スマホのアルバムを起動してバカンスに来てた時の写真を表示すると、そこでは今よりも少し幼い二人が楽しそうにはしゃいでいる。
双子ちゃんとは時々会ってはいるんだよね。会談やら何やらで王都に行くことは時々――年に四~五回はあるし、予定が合えば大使館として運用している私たちの屋敷にお忍びで遊びに来てるから。ただ蓬莱へ来たのは、結局あの時のバカンス一回きりだ。
「ふふっ、懐かしい。二人とも今より少し幼い感じね」
舞依に相槌を打ちながらアルバムのページを進めていく。そのまま思い出話に花を咲かせていると、やがてジェニファーさんとハインリヒさんの結婚式の時に移したものが現れた。
私と舞依も儀式を執り行う側で奔走していたから、この写真は私が撮影したものじゃあない。
「お姉様の晴れ姿を残さないなんて有り得ません!(フンス)」
と、気合を入れまくってエミリーちゃんが主張するものだから、スマホを預けてお願いしたのである。え? 晴れ姿は新郎新婦の方だろうって? 大正解。先生花丸あげちゃいます。ただまあ、エミリーちゃん的には私と舞依が初めて仕切る儀式っていう方が重要だったらしい。
ジェニファーさんとハインリヒさんの結婚式は、式自体は滞りなく進行し無事に終わった。私と舞依も初めてのことで多少の緊張はあったけど、特にトチることも無く、まあ及第点だったのではないかと。
ただそこに至るまでに若干の紆余曲折があった。二人は実家を出て関係を断ったのだけれど、やはり結婚式なのだから家族に参列して貰いたいという気持ちはあったらしい。
それが心情的なものなのか、はたまた染み付いた貴族としての体裁的なものなのかは分からないけど――というか、恐らくその両方なんだと思うけど、二人ともダメ元で招待状を出してみた。するとかな~~りの間をおいて、それこそ期限ギリギリになって出席の返事が返って来た。これには二人もビックリ。
向こうサイドも大分悩んだらしい。出席するのは現当主である両親ではなく、また嫡男でもなく、二人の弟妹だった辺りに葛藤が見える。
両者が接近するとちょっとピリッとした空気にはなったけど、流石におめでたい席で衝突するようなことは無く、しかしながら和やかに談笑するような雰囲気にもならない。双方挨拶を交わした以外、全く会話らしい会話は無かった――と、後になって聞いた。
ただジェニファーさんとハインリヒさんによると、これはどうやら周囲の目を気にしてのことらしい。二人の結婚は黙認しただけであって、家同士で繋がる気は無いのだと、そういう姿勢を崩さないように厳命されてたのであろうと。
実際、衆目の無い自宅に招いたときは、わりと和やかな雰囲気でちゃんと会話もあったそうな。できれば次期当主同士がそうやって交流を持ってくれるとよかったんだけど、そう一足飛びに進展はしないか。
「まったく面倒な話だがな。しかし微々たるものであっても前進は前進だ。良いことではないか」
「ああ、少なくとも後退や停滞では無いからね。そういう前向きなところ、好きだよジェニファー」
「ハ、ハインリヒ、突然何を……(ポポッ)」
ご馳走様です。そういうのは他所でやって下さいな。え? おまいう? はて、何のことやら?
さておき、そんな感じで二人の結婚式は無事執り行われた。で、そのすぐ後くらいに一組のカップルから蓬莱で結婚式を挙げたい――正確には祝福を貰いたいとの相談を受けて、ちょうど一年くらい前に式を執り行った。
アルバムのページをめくると、その時の写真が現れる。新郎は色黒マッチョな海の男(外交官)で、新婦は結婚衣装にしてはちょっと露出多めのマーメイドさん。そう、双子ちゃんのバカンス最終日の社会科見学で面識を持った例の人が、結婚にまでこぎつけたのでした。おめでとー、パチパチパチー。
めでたくはあるんだけど一つ問題が。マーメイドの里では祝福を受けられなかったのです。
マーメイドの里では、異種族間の婚姻は原則認めないという大陸の神殿みたいな教義は無い。ただ儀式は精霊樹の元で行うという慣習がある。珊瑚礁全体が精霊の加護の領域になってるから、珊瑚礁の方でも儀式はできるはずなんだけどね。慣習・慣例っていうのもなかなかに厄介だ。
まあ要するに、海の中で生活できないんじゃあそもそも結婚なんて無理でしょ、ってことなんだろう。生活形態の根本的な違いだから、理解できる慣習ではある。
水中で呼吸できるようになる魔法もある。というか、私たちの標準装備であるライフジャケット、もしくはコルセットにもその機能が付いている。マッチョ大使さんも短時間なら使えるらしい。
なので魔力を補うか、魔法の補助をするかで対処するっていう方法もあったんだけど、結婚する二人の希望もあって蓬莱で式を挙げることとなった。マーメイドさんがラグーンの外の世界を見たいと強く希望したのだそうな。あと、私たちの国=美味しいスイーツがある、と考えたらしい。――これは、ある意味餌付けが成功したってことかな?
新婚旅行を兼ねてるようなものかな。マーメイドさんの為に水路に張り出すような儀式用の舞台を準備したり、他にもいろいろ工夫をして、私たちも結構楽しかった。




