#16-29 孤児院訪問
夏も近づく八十八――ではなく。六月末のとある日曜日。私と舞依+クルミwithホウちゃんは、スケーターを走らせて恒例の孤児院巡りをしていた。
え? なんか一人(?)増えてるって? うーん、なんかねー、最近は色んな所に付いて来たがるんだよね。私たちのところにいない時も、なんか秀の執務室に居たり、ジェニファーさんのところに行って武官の訓練を眺めてたりするらしい。その際、クルミやキャニオンデビルに乗ってることが多いものだから、可愛いと一部界隈で大人気。SNSがあったら、大量の写真&動画が投稿されてることだろう。
ちなみにコレはお仕事としてやるので、私と舞依は巫女服を着てる。一種の宣伝というか、これが蓬莱での神官・巫女の装束なんだと周知する目的もある。物珍しいから目立つし、ホウちゃんも居るから一目瞭然です。
おっと、話が逸れた。閑話休題。
物語とかだと貴族の義務的な感じで、炊き出しとか資金集めを兼ねたバザーとかをやるんだろうけど、蓬莱の孤児院は衣食住の心配は無いので、基本的には話を聴きに行くのが主目的。ついでと言っては何だけど、怪我とか風邪を引いた子が居れば魔法で治療もします。
話の内容は色々で、単純に「孤児院で何か困ったことは無い?」っていうのの他にも、村の様子や変化、噂話とか不満とかも聴く。子供たちは色んな所に遊びに行くし、年長組はインターンに出ても居るから、結構情報を持ってるんだよね。
私たち円卓会議メンバーは皆顔が割れてるからね。村に行って「何か不便な事とかありませんかー?」って大人たちに聞いたところで、中々本音を語ってはくれない。基本こっちの世界は専制国家だしね。貴族に滅多なことは言わないよう、習慣になってるんだろう。
ちなみに一般的な街では、そう言った不平不満の相談というか、愚痴の零し先(相手)として神殿(分殿)は機能しているらしい。で、それらを集約して為政者サイドに伝えると。そうやって民意を政策に反映させているってわけね。――まあちゃんとした領主の街だったらの話だけど(汗)。
蓬莱に分殿は無いから、こうして私たちが孤児院の様子を見に行くついでに話も聞いている。もっと住人が増えたら村の方に分殿を作ることも考えるんだけど――当面は必要無いかな。
では早速話を聴いて行きましょう。先ずは管理人さんからね。今回最初に来た孤児院の管理人さんは五〇代と一八歳の女性。
で、最近はどんな感じです? ふんふん、特にこれといった問題は起きて無いと。村全体としては、相変わらず仕事は沢山あるし人出は少ないしで、忙しくはあるけど充実していると。食べるものに困ったりは――して無い。それはよかった。え? できればお魚の供給頻度を上げてくれると嬉しいと、なるほど。
考えてみるとイノブタの家畜化は軌道に乗ってるし、島に狩りに行く人は結構いるけど、漁や釣りに行く人は比較的少ないのか。とは言え、向いてないことをやってくれっていう訳にもいかないし。――今度、バチマグロみたいな大物を獲って来て、時間をおいて定期的に供給するかな? 皆とも相談しよう。
じゃあ子供たちの様子も見て――っと! いっつも元気だねー、キミたちは。はっはっは、甘い甘い、私を出し抜こうだなんて一〇〇万年早い! あー、そこ、ダメダメ。舞依を困らせたら成敗だよ、成敗。あと男子はお触り厳禁です。クルミ、やっておしまいなさい。
「(コクリ)フシャァーーッ!」
「「「わーーっ!」」」
巨大化したクルミがセイバーを構えてわざとらしく吠えると、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。うんうん、体力の有り余ってる男子どもは暫く鬼ごっこでもしてなさい。
「(くすくす)もう、怜那ったら。子供のすることなんだから、そんなに目くじら立てなくたって……」
「甘いっ! ダダ甘だよ、舞依。変に温い対応をすると、すぐチョーシに乗るのがアホなガキってものなんだから」
「そうですそうです!」「嫌がられるのが分かっててスカートめくりとかするだから!」「それで先生に怒られるのよねー」「ほんとバカよねー、男子って」
「「…………」」
うーむ、私や舞依よりも孤児院の女子の方が辛辣かも? っていうか、異世界でもスカートめくりってあるんだね。ま、子供のやる事なんて、どこでも大差ないってことかな?
想像だけど、ああいうのってつまるところちょっかいをかけることが目的であって、性的な意味合いは無いように思うんだよね。だからまあ、本気で嫌われちゃう前に、さっさとそういうのは止める方が良いよと、心の中でアドバイスしておこう。
直接言わないのかって? まー、その辺は先生がちゃんと躾けてくれるでしょう。私らは運営や教育に関わってるわけでは無いのですよ。たまに現れて、遊んでくれたりお菓子をくれたりするおねーさん、くらいの位置づけで。
――と、そんな感じで孤児院を巡って、ついでに村の様子も見て回る。うんうん、活気があるようで何より。
お仕事を終えた私たちは神社(神殿)に戻った。精霊樹の島にピクニックシートを広げて、ティータイム兼お仕事のまとめをする。
余談だけど、わざわざ精霊樹のすぐ傍でやるのにも一応意味はあって、ホウちゃんを交えて私たち(=巫女・神官)がお茶会をすると、それで形としてはお祭りを奉納することになるらしい。正式なものじゃないからほんのちょっぴりだけど、ホウちゃんの力が増すってこと。ま、微々たるものでも塵も積もればって言うしね。コツコツ続けていきましょう。
「今回も特に大きな問題は無かったね」
「うん。小さな問題はいくつかあったけれど。教材の問題とか」
「それはエミリー商会に手配するとして……、教員の方は暫くは難しいかなー」
「そうね……。暴走の混乱がまだ続いているし、当面は……」
前にも言ったけど、蓬莱に移住してきた孤児の中で年長の子たちは、早速村のあちこちでインターンとして働いてくれている。で、その話は当然、帰宅した際に他の子たちにも伝わるよね。
つまりこれまで事実上神殿か軍のほぼ二択だった将来の就職先が、もちろん本人の資質によって選択肢の幅はあるけど、大きく拡がったことが分かったってわけ。そして先輩たちが「読み書き計算は大事だぞー」みたいなことを語る。
その結果、子供たちの学習意欲が高まっているそうな。それ自体はとても良いことなんだけど、教材が物足りなくなってきてしまったとのこと。
あと先生もね。基本的に孤児院の先生って、日本で考えると大体小学校の先生くらいで、もうちょっと高度な勉強を見てあげられる人が欲しいとの要望があった。
教材の方はすぐにでも手配できる。数を揃えるのも、そう難しくは無いと思う。問題は教員の方。
暴走の頻発は未だ続いていて、それぞれ対処はできているけど被害は当然出るし、経済も些か不安定な情勢になっている。そんな状況で、安全な場所にいる私たちが脳天気に「先生を募集してまーす!」とはなかなか言い出せるものじゃあないよね。
ちょっと話が逸れちゃうけど、そういう情勢なものだから双子殿下のバカンスは延期に継ぐ延期で、現在は未定になってしまっている。まあこれはどうにもならないことだし、双子ちゃんにもお役目はあるわけで、残念がってはいたけど納得はしているみたいだった。代わりと言っては何だけど、お手紙のやり取りはしています。割と頻繁にね。
「教員の方は情勢が落ち着くのを待つしかないかなー」
「……仕方ないね。学習意欲が高まっているから、残念なんだけど……」
なんせ子供たちだからね。ぐわーっと盛り上がるけど、冷めるのも早い。というか、たぶん他の事に興味を持ってかれちゃう。鉄は熱いうちに打てってな感じで、このタイミングで勉強させれば、良く伸びるんじゃないかとは思うけど――難しいね。




