#16-25 神殿、孤児院、お引っ越し
バタバタしている内に二月はあっと言う間に過ぎ去り、今はもう三月の中旬。蓬莱は冬らしい冬が来ない気候だけど、なんとな~く日差しが春っぽく和らいできたような気がしなくもない。――気分の問題かもしれないけどね。
では、孤児院受け入れを決定してからあったことを軽く振り返ってみよう。
浮島の区画整理が概ね済んだところで孤児院用の物件も移築した。ちなみに浮島右地区に関しては、一般的な街における農村エリアと同等の場所になる予定。一般市民が生活して、農業を行う場ってことね。
浮島では畜産・酪農は左地区に分けちゃったから、ムルニー族を始めとするそっちに従事する人達用の集落も左地区に作った。仕事がしやすくなったと好評のよう。もっと早くしろって? もっともなんだけど、イノブタの家畜化が上手くいくか未知数だったからね~。
孤児院に関しては神殿の管轄だからテーブルマウンテンに置こうかとも思ったんだけど、レティやシャーリーさん、それと孤児院の先生にもアドバイスを貰って、結局右地区の村に三つとも配置することとなった。
聞けば孤児院は神殿の管轄とは言っても中央神殿の敷地内にあるわけでなく、街の各所にある分殿に併設されていたり、単独で孤児院だけがあったりするらしい。ああ、もちろん管理は神殿――ごくごく稀に貴族による私営もある――がしてる。
テーブルマウンテンは貴族エリア相当で、私たちの神社(神殿)は中央神殿ってことになる。だから慣例に倣うなら、こっちに置くのは不自然ってことなんだろう。郷に入っては何とやらなので、そうしておきましょう。
それとは別に蓬莱特有の事情もある。蓬莱は現在人手不足で仕事は沢山ある。本人の資質とやる気にもよるけど、割と職業選択の自由があると言える状況だ。だから孤児院の先生方としては、年長者組を村のあちこちにお手伝い――アルバイトというか、インターンに近いかな――に出して、自分に向いた仕事を探して欲しいと考えているとのこと。
で、子供たち&先生方も受け入れ態勢が出来次第、孤児院ごとに三回に分けてノウアイラ側が手配した船でやってきた。エミリーちゃん号を使わなかったのは、コスト的に移送はあちら側の負担っていう取り決めだったから。あとノウアイラと蓬莱が遠く離れた場所であると、ちゃんと体感させた方が良いだろうという意図もあるらしい。
会頭さん曰く、一般的な航海を知る前にアレ――エミリーちゃん号や超小型飛行船のこと――に慣れてしまうと、船乗りの苦労やら流通にかかるコストやらに関する常識が致命的にズレてしまいかねない、とのこと。
……な、なるほど。まあ確かに、トランク飛行船は全くの別枠としても、エミリーちゃん号も現代の水準から言えばかなりのオーバーテクノロジーだからね。アレを常識と思ってはいけません。
もっとも、蓬莱に着いたらすぐに浮桟橋が宙に浮かぶわ、浮島と出島では軽トラが普通に行き交うわで、あっと言う間に常識が木端微塵なんだけど。
お次は神殿関係かな。
地球の世界樹情報にアクセスして詳細なデザインをゲットしたから、結構立派な神社(本殿)の建物部分は完成した。なお神社っぽくはできたけど、工法は全く別物。骨組み部分は錬金釜と魔法で組み上げて、ガワを木材で仕上げる感じね。鉄骨と木造のハイブリッドみたいな?
だから見た目はよく似てるけど、中に入って天井とかを見上げると「ん?」ってなるかも。日本人だったら特にね。寺社仏閣巡りが大好きなマニアさんが見たら、クワッと目を見開いて「喝っ!!」ってなるかも――って、アレはお寺だっけ?
ちなみに全体的なイメージは某有名神社をモチーフにしました。海に浮かぶ鳥居が素敵なあそこです。スペース的にコンパクトに纏めた感じだから、細部に面影があるかも? くらいに違うけどね。でも池とか水路とか――これらは精霊樹の泉に繋がっている――も造って、結構見栄えの良いものになったと自画自賛。頑張りました。
建物部分は完成したけど、装飾や細工に関してはまだ未完成――というか、全て整ってはいないって感じかな。その部分に関しては蓬莱に来てくれたドワーフさんを始めとする職人さんが、良いものを作りたいと自ら志願して手掛けてくれている。当然時間もかかるし、なんだったら一旦完成してもアップデートがあるかもしれないしね。
なのでソコに関しては、特に期限を定めず、長ーい時間を掛けてコツコツ取り組むことにした。完成はいつになるのやら……。ま、気長にね。
ああ、そうそう。装飾と言えば、こっちの人の感性的には柱とか壁とかにも模様とか絵画を描きたかったみたいだけど、それは私と舞依とで断固拒否した。細部や装飾に凝るのは良いけど、それ以外はシンプルに。どこもかしこも派手で華美なのは、私たちの趣味に合わないのです。
大きいのはその二つ。で、つい最近のこと、長らく棚上げになっていたジェニファーさんとハインリヒさんの移住がようやく実行された。同時に二人の愛の巣――なんかちょっとエッチな表現だね(笑)――も城のほど近くに移築しました。
ついでと言っては何だけど、二人の屋敷で働く使用人――執事に家政婦にメイドさん数名――も一緒に移住してきた。二人が伝手を頼って募集したそうな。屋敷とセットで使用人も雇うっていう感覚は、気さくでどこか庶民的な感じはしててもやっぱり生粋の貴族だよね。
ちなみにこの時期になったのは、頻発している暴走も少なからず影響している。
暴走の頻発は未だに続いていて、この暴走はインターバルを置きつつ発生場所を移して全世界で起きるということが、神様からの神託によって判明している。
最初の発生場所がメルヴィンチ王国になるように神様が調整したのは、世界最大の国家だったからだと思われる。ある日突然暴走が頻発したとしても、十分に対処可能なリソースがあるからね。これを乗り切ることで一つの試練をクリアしたっていう扱いになったんじゃないかな? で、ご褒美として神託で情報が開示されたという。
メルヴィンチ王国から発生して少しずつ移動するのだから、当然いつかはロンドリーブ皇国――もしくはラビンネスト王国と合わせた旧リーブネスト皇国地域にも到達する。となると、戦力的に当てになるジェニファーさんに実家が助力を求めてくるかもしれない。――というか、それを口実に連れ戻そうと画策するかもしれない。
下手に実家に戻ればそのまま軟禁、手頃な相手と婚約&スピード結婚なんて流れになりかねない。――って、実の娘にそんなことまでする? えっ、するの? 皇国と王国の感情的対立を舐めちゃいけない? な……、なるほど。
そうなっては目も当てられないと、二人は急いで準備を整え、スタコラと蓬莱へトンズラ――もとい、移住してきたのでした。
「こんなことを訊いていいのか分からないんですけど……」
ジェニファーさんとハインリヒさんが晴れて移住してきたことを祝って、ささやかな歓迎パーティーを城で催した。女子グループで集まって話している時に、鈴音がジェニファーさんに訊ねた。
「何かな?」
「その……、いずれ暴走の発生場所が皇国に移りますよね?」
「うむ。最初に発生したメルヴィンチ王国の南東地方から、同心円状に推移している事が分かっているからな。時間を計算すると、夏の終わりから秋頃になると推測されている。まあ現在分かっている情報からの推測だから、どの程度の信憑性があるかはわからんが」
「ジェニファーさんの実家の領地で発生するとは限りませんけれど、ご自分の手で護りたいとは思わないのですか?」




