#16-14 誕生(後編)
その日、蓬莱は臨時の祝日、お祭りとなった。出島の人たちはいきなり仕事を休むのは難しかったみたいだけど、交代で浮島の方へ遊びに来ているみたい。
精霊樹の広場に屋台が立ち並ぶ。もちろん王様のキッチンカーもね。泉には小さな舟を幾つか浮かべ、乗り込んだ演奏者たちが音楽を奏でる。うん、なかなか風流です。
私と舞依はこの日の為に仕立てておいた巫女服――白衣と緋袴に千早もね――に身を包み、精霊樹に注連縄を飾りお酒やお米等々をお供えする。
ちなみに衣装にしてもお供え物にしても、こんな感じかなーっていうイメージだから、日本の人から見てもこの世界の人から見ても“なんちゃって”感はあるかもなんだけどね。でもいいんのです。なにせ、蓬莱の神官・巫女は私と舞依だから。二人で決めたことが、この国の流儀なのです!(←暴言)
飲めや歌えやでワイワイやっていると、ちょうど正午にその瞬間が訪れた。
精霊樹がほんのり光を帯び、さわさわと葉擦れの音が響く。そして注連縄をかけた少し上の辺りに光の粒が集まり、少しずつ形を成していく。
私と舞依――と、なぜかクルミも。ちゃっかりついて来てた――は精霊樹の島で、他の皆は泉の傍に集まり、固唾を飲んでその様子を見守った。
パァッと光が弾けると、そこには小さな三頭身くらいの可愛らしい精霊さんの姿があった。
セミロングのふわふわの髪が丸っこい頭を覆い、顔はクリッとした目があるだけ――いや、よーく見るとちっちゃな鼻と口もあるね。そして何故か垂れたウサ耳が。着ている服は、私と舞依の巫女服を少しシンプルにしたような感じかな。
全体的には私をディフォルメしたような感じで、目の感じは舞依に似てる。ウサ耳はまあ、クルミだろうね。魔力を注いだ順番が外見に影響した感じなのかな? あと、サイズ感や頭身は種を生み出して消滅した精霊さんっぽいのかも。――これは生まれたての精霊は皆同じなのかもだけどね。
両掌を上に向けて差し伸べると、精霊さんがふよふよ~っと飛んで来て乗ってくれた。
ああ……、結構時間がかかっちゃったけど、ようやくまた会えた。託された種から、精霊が生まれたよ。空に溶けるように消えてしまったあの子は喜んでくれるかな?
久しぶり、って言葉が一瞬出て来そうになったけど、この子はあの子とは別の精霊だもんね。だからやっぱり言うべき言葉は――
「初めまして、精霊さん。生まれてきてくれて、本当に嬉しいよ」
ニパッ クルクル~ ピトッ スリスリスリ……
私が挨拶をすると、精霊さんは嬉しそうにその場でクルクル回ると、私の頬に飛んで来てすりすりと頬ずりする。なんだなんだ~。感情表現がストレートだな~。可愛い奴め~。
「ふふっ、そういうところは怜那に似たのね」「キュウキュウ(ウンウン)」
そ、そう? ほら、舞依も触れてみて。可愛いよー。
ピューッ ピトッ スリスリスリ……
「くすくす……、ありがとう、初めまして。嬉しいけど……、でもほら」
声を潜める舞依の視線に促されて振り替えると、そこには神妙に首を垂れる蓬莱の住人の姿が。鈴音と秀と久利栖はちょっとその反応に戸惑っている様子。そういえば、精霊が生まれた瞬間には歓声が起こるだろうなって想像してたんだけど、見事に外れたね。
――ああ、そうか。信仰の篤いこの世界の人にとって、精霊誕生の瞬間っていうのは、言ってみれば神様が降臨したのに近いのか。アイドルがステージ上に現れたみたいなのを想像してたのは、むしろ不謹慎というもの。反省しましょう。
それじゃあ神官として、最初の仕事をしないとね。
精霊さんを再び手のひらに乗せ、皆の方に向き直って居住まいを正す。
「今ここに、新たな精霊が誕生しました。これからの蓬莱を見守り、末永く繁栄に導いてくれることでしょう」
顔を上げた蓬莱の住人たちが「おぉ……」と感嘆の息を漏らす。
「……それでは皆さん! 盛大に、お祝いしましょうっ! 今日は、無礼講だーっ!」
「「「おおぉぉーーっ!!」」」
瞬間、神妙な空気が吹き飛んで、今まで以上のお祭り騒ぎになる。うんうん、やっぱりお祭りはこうでなきゃね。
「もう、怜那ったら……。これでいいの?」
「いいのいいの。蓬莱の神殿は私たちがルールだし、ほら」
クルクル ピョコピョコ
精霊さんが音楽に合わせて踊っている。とても楽しそうでなにより。
「ふふ、可愛い……、元気いっぱいね。小さい頃の怜那そっくり」
「一番強く影響が出てるのは多分私だけど、舞依の影響も大きいと思うよ。他の皆もね。クルミは順番的に外見の影響は出たみたいだけど、注いだ魔力量は相対的に少ないから、性格の方はどうかな?」
私たちってなんだかんだで結構パーティー好きじゃない? 固っ苦しいやつはともかくとして、身内で食事会を開いたりとか、嫌じゃないでしょ? だからまあ、この子も厳かな雰囲気よりも、賑やかな方が好きなんじゃないかなーってね。
そんな話をしている内に、鈴音に秀に久利栖、レティとフラン、エミリーちゃんとシャーリーさん、それとフィディ――蓬莱首脳陣(仮称)が精霊樹の島にやってきた。
フィディを除く皆は精霊樹を育てる際に魔力を多く注いだ面々だ。精霊さんもそれが分かるのか、一人一人に飛んで行っては「よろしくね~」みたいな感じで握手――人間側は指だけど――をしている。フィディも霊獣と呼ばれる存在だからか、最初から親しみを感じているようで、同じく握手をしている。
クルミはと言うと――何故か精霊さんは頭の上に着地すると、腰に両手を当ててフンスと胸を張っていた。そしてクルミが「キシャーッ」と怒り出すと、はしゃぎながら私の方に飛んで来て背中に隠れるという。
アレかな。クルミは雑に扱ってもいい相手というか、子分というか、遊び相手というか、そういう風に感じたのかな。最初からそれが分かるとは、流石は精霊さん、侮れない――なんて。
「……それって、私たちから魔力を受け取ってるうちに、感じ取っていたっていうことなんじゃない?」
「うん、たぶんね。それに精霊樹とは一心同体みたいな関係だから、蓬莱……浮島と出島で起きたことは、大体把握してると思うよ」
ちなみにこの後、蓬莱ではクルミが頭の上や背中に精霊さんを乗せて移動している姿が、ちょくちょく目撃されることになる。精霊さんは基本飛んでるし、何なら地脈を通って瞬間移動もできるんだけど、どうやらクルミタクシーで移動するのを気に入ったみたい。なんだかんだで仲良しの二人なのでした。
こうして私が種を受け取り、コツコツ育てていた精霊樹から無事精霊が生まれた。種を受け取ってしまった責任を、私なりに感じていたから、ちょっと肩の荷が下りた感じかな。
何にしてもめでたいことだね。という訳で、この日は夜遅くまで島を挙げての大騒ぎとなったのであった。




