#16-13 誕生(前編)
温泉島も取り敢えずは完成した。取り敢えずっていうのは、どう運用していくかがまだ決まって無いからね。もし商業的な運用をするなら、従業員用の設備がいるし、シャトルバス(飛行船)も必要になる。色々準備が必要だ。利用料金の設定も考えないとだしね。
ま、そもそも人手が足りない現状では、無理な話。なので当面は私たちしか使わないものだから、城の外風呂みたいな位置づけかな。考えてみれば個人所有の温泉露天風呂なんて贅沢な話だよね。
馬も持ってた御子紫家ですら、温泉は持ってなかったし――たぶん。いや、御子紫家ならもしや? 舞依は知ってる? 御子紫家では無いけど、知り合いが温泉を掘る計画を立ててたことがあったような? って、本当に居るんだ、そんな人。とんでもない金持ちの考えることは理解できないねー。
エミリーちゃん号の乗組員の慣熟訓練もそろそろ大丈夫だろうってことで、最終訓練を兼ねた実地研修として先日ノウアイラへ向けて出港した。まあ滅多なことで沈むような船じゃあ無いし、たぶん大丈夫だろう。
これで物資・人員の輸送にかかる時間が、大幅に短縮できるはず。ミクワィア商会との連絡も密にできるようになるしね。娘ラブな会頭さんも安心だろう。
あ、そうそう、放っておくと“エミリーちゃん号”で飛行船の名前が定着してしまいそうってことで、新造飛行船命名会議が開催された。
いや、私たちは別にそれでも良かったんだけどね~。エミリーちゃんがリーダーシップを取って、有無を言わせない感じだったものだから。支部長さんの資質の片鱗が見えた――のかも?
結構時間のかかった国の名前とは違って、こっちは割とアッサリ“蓬莱丸”と決まった。飛行船はあくまでエミリー商会に貸し出してる形だから、国(予定)を象徴する船ってことで蓬莱の名を冠したってわけね。丸をつけたのは――なんとなく?
ちなみに対抗馬としては、大和、武蔵、さん〇らわぁ、インディペンデンス、木馬、大天使、マク〇ス、タル〇ロス――と、まあイロイロ出ることは出たけど、なんかどれもネタ臭がするってことでボツ! あと元ネタがあるのって、割と沈んでるのが多いし、縁起も悪そうだからね。
最終候補として残ったのは蓬莱丸とブルードラゴン(もしくは青竜号)の二つで、後者の由来はもちろんフィディの素材を大量投入したから。フィディの鱗に覆われた綺麗な船体だし、強者たるドラゴンにあやかったネーミングは、こっちの世界では割とポピュラーってことだったし、それもいいんじゃないかと。ただ――
「なんかそれはちょっと小っ恥ずかしいのじゃ」
と言って、同じ理由でネーミングを拒否してたエミリーちゃんと結託してしまったのでした。
そんなこんなで飛行船の名称は蓬莱丸となった。――ただ決めておいてなんだけど、もう既にエミリーちゃん号が通称で定着しちゃった感はあるんだよね。まあそのうち慣れるでしょう(←どっちに?)。
そうこうしている内にカレンダーは二月になった。日本に居た頃なら、街はバレンタイン関連で浮ついたムードになる頃だね。
――考えてみると、私と舞依はお互いに所謂本命チョコを贈ったことって無いんだよね。まあその、さり気ない特別感は出してたけど、あくまでも友チョコ。
気持ちを確かめ合ってからは、その前にこっちに飛ばされちゃったし。まあ“友達”であることを約束しちゃってたから、次のバレンタインは嬉しくもあり、切なくもありな複雑なものになっただろうけどね。
去年の今頃は、メルヴィンチ王都の拠点に移ったばかりでバタバタしてたからすっかり忘れてたし。っていうか、この世界ってどこかにチョコ(カカオ)はあるのかな? 今度、精霊樹の情報を深く探ってみよう。
チョコはともかく、ケーキとかクッキーとかお菓子は作れるし、城の女子組を誘って何かやるのも良いよね。バレンタインパーティーみたいな感じでさ。たまにはそんな浮ついたイベントもいいでしょう。
だからという訳では無いと思うんだけど――このところ何か妙に落ち着かない。ソワソワするというか、ワクワクするというか、高揚感と少しの不安がない交ぜになったような不思議な感覚。
え? 私は何時も落ち着きが無いだろうって? うーん、まあ半分くらいは正解。行動としてはその通り。ええとつまり、いつも何か好奇心や探求心を刺激されるものにまっしぐらだから、他人からは落ち着いていないように見えるだろうなってことね。
今回はそういうのとは違って、内面の――心の話ね。なんだろうなぁ~、この感じ。いやな感じでは全然無いんだけど、原因不明っていうのが落ち着かない。
こういう時は――舞依のふかふかといい匂いに癒されよう。ムギュリ。
今日も舞依の素肌はとても滑らかで、触るととても心地良い。するっと指を滑らせると、艶めかしい声が耳を擽るのもたまらない。以前からそうだったけど、温泉に入るようになってから手触りがさらにランクアップしたね。美肌の効能アリ、かな?
うん、やっぱり舞依と肌と肌で触れ合うと気持ちが落ち着く。いや、高揚もするから、落ち着くはちょっと違うか。安心する……が、一番ふさわしい表現かな。ここが私の心の在処なんだって思える。舞依にとっても私がそうであったらいいな。
って、アレ? 舞依、今夜はノリノリ? スイッチ入っちゃった? ちょ、待っ……待てない? そ、そう? ううん、そういう舞依も好きだけど、なんか全然そういう雰囲気とか前触れが無かったっていうか。好きなら良いよね……って、アッ――
…………
……
ふぁ~~、びっくりした。舞依ったら急なんだから、も~。
ま、たまには攻守交代もいいよね。普段は清楚で控え目な舞依が、ケダモノに豹変するのもまた乙というもの。
「う~ん、さすがにケダモノって言われるのはちょっと……」
「ふふっ。ケダモノと言っても、舞依は可愛い猫ちゃんかな」
攻める側なのに猫ちゃんとはこれ如何に――なんて(笑)。
「それにしても……、もしかして舞依も何か気持ちが落ち着かなかったりする?」
「うん、そう! 胸がざわざわするというか、ドキドキするというか……。嬉しさと不安が混ざったような不思議な感じが……。怜那もそう?」
「うん。二人共ってことは偶然じゃなさそうだよね。……あっ、まさか……」
「何か分かった?」
「舞依に赤ちゃんができた、とか?」
「でーきーまーせーんっ! もう、怜那ったら……。それは結婚して祝福を受けた後なら、って話でしょ?」
ゴメンナサイ、ちょっとふざけました。二人共で、さっきまでしてたことから連想しちゃってね。
ま、冗談はさておき。
うーん、それ以外で二人に共通の事となると、何があるかな?
――と、その時。
トクンッ!
胸の奥で鼓動に似た何かが跳ねた。意識してたから分かった。これは私自身の鼓動じゃない。もちろん舞依のでも。これは私たちに知らせるシグナルだ。つまり――
「舞依」「怜那」
目を合わせて互いに頷く。舞依も感じ取ったんだね。そっか、いよいよだね。




