#16-05 世紀の実験(と、後世の研究者は言うのかも?)
ちょっと真面目な将来の話は済んだので、残りのお仕事にとりかかりましょう。
屋敷の地下にある隠し部屋に行き、通信の魔道具を設置する。スマホでポチポチと連絡をして返信待ち――っと、すぐに来た。通話でフランと連絡を取りつつ作動確認をする。うん、大丈夫そう。
ここまでは簡単で何も問題は無い。っていうか、地脈がちゃんと繋がってるのは分かってるし、通信の魔道具自体は実用化されてる既存の技術だからね。違うのはトランクとのリンクを経由した遠く離れた浮島っていう点だけだからね。
『あの~、それこそがとんでもないことなのでありますが……』
そうかな? いや、そうなのか。通信やネットが当たり前のように普及してた世界から来た私たちの感覚だと、それこそ世界の裏側とだって瞬時に連絡を取れるのが普通だったけど、この世界はそうじゃないからね。
だから大災厄以前以後でこの世界の歴史を区切るなら、異なる精霊樹の領域間で通信が成功した初の例ってことになる。
うん、そう考えるとイイネ! やっぱり世界初とか唯一とかって、なんかテンションが上がる。
『レイナ殿、これが成功したという事は、メルヴィンチ王国とコルプニッツ王国の王城同士も通信の魔道具で繋ぐことができる、という事でありますよね?』
「うん、技術的には変わらないから可能だよ」
『……レティーシア様にそう提案しないのは、何故なのでありましょうか?』
「勧めようかとは思ったんだよ? でもそれにはいろいろと問題があるんだよ」
この通信は、私のトランクっていう私物が肝になってるシステムだ。で、このトランクは私の魂の潜在力とやらが元になってるらしいから、恐らく私の死後には使えなくなる――と、思う。少なくともそう考えておいた方が良い。
私はまだティーンエイジャーだし、魔力量的に一体いくつまで生きられるか分からないけど、不慮の事故やら何やらで死ぬ可能性はゼロじゃあ無いからね。限りなく死ににくいとは思うけど、無敵ではないのですよ。
蓬莱は私達の国だから便利に使えばいいと思うけど、他の国に勧めるのはちょっとね。――え? 五〇年くらいの契約ならどうかって? それも考えて、秀とも相談はしたんだけど、別の理由で却下せざるを得なかった。それは――
「トランクが中継基地になってる関係上、私には通信の傍受ができちゃうんだよね」
『えっ! それは本当でありますか!?』
「あくまでも技術的にはって話ね?」
魔力伝達の流れを注意深く観測してれば、二国間で通信が行われたかどうかが分かるし、それを中抜きして通信の魔道具に繋げばいいだけだからね。
もっとも実行するには、かな~りハードルが高い。というのも、トランクとリンクしている精霊樹同士――蓬莱の精霊樹も含めて――が、常時情報のやり取りをしてるんだよね。その中から通信に使われた魔力を選別して抜き出すのは骨だ。っていうか、面倒臭くてやりたくない。
やるやらないで言えばもちろんやらないけど、問題は“技術的に傍受できる”って言う点。情報漏洩なんかがあった時、疑われるのは御免被りたいからね。
『うーん……、考え過ぎなのではないかと思うのでありますが……』
「かもしれないけどね。ただ私たちの故郷では、情報漏洩で訴訟沙汰になったりとか結構あったからね」
『こ、怖い世の中でありますね……』
「あはは。その分便利な世の中ではあったねー」
最近はむしろ能動的に情報を盗みに来る方が問題になってたけど、その辺の概念はこっちの世界の人にはピンとこないだろうからね。割愛しました。
さて、通信の魔道具はオッケーだから、お次は転移――いや、転送かな? ニュアンス的に。転送魔法の方を試してみよう。蓬莱の方には既に魔法陣を設置済みだから、あとはこっちに対になる魔法陣を描けばいい――っと、これでよし。
一旦トランクの中に入ってと。こうすると外界から隔離されるから精霊樹(蓬莱の)とのコンタクトが取りやすくなるのです。
精霊樹ちゃーん。――うん、そうそう、転送の魔法陣を設置したから相互の接続をね。え? もうやっておいた? おー、ありがとー。じゃあどのくらいの負荷がかかるのか、テストしてみるね。最初は――紙切れ一枚でいいかな。
トランクの外に出てメモ用紙を一枚ちぎり、“転送実験”と書いて魔法陣の真ん中に置く。
「フラン、転送実験行くよー」
『了解であります!』
魔法陣、起動! おっ、魔法陣が一瞬光ったと思ったらメモ用紙が消えて無くなった。これで蓬莱の方に届いてれば成功なんだけど……。
『来たーっ!! 来たであります! レイナ殿、実験成功でありますっ!』
おー、それは良かった。ってか、フランのテンション高い。こうなるとしばらく放置するしかないから、今のうちにもう一度トランクに入ってと。
それで地脈にかかる負荷はどのくらいだったのかな? ふむふむ、なるほど、大体想定した通りと。トランクでリンクしている部分――つまりメルヴィンチ王国と蓬莱との間――は距離を無視できるから、実質的な転送距離は割と短いからね。
もちろん個人の魔力でどうにかしようと思ったら大変だけど、地脈の魔力を拝借すれば大丈夫。蓬莱の精霊樹はまだまだ若木だからちょっと負担が大きいけど、そう頻繁にやり取りするわけでも無いからね。
よし、これでシステムの方は仕上がった。電話――じゃなくて通信ボックスの方はどうしようかな? 考えてみれば屋敷の鍵を預けちゃえばいいだけのような気も――いや、それはやっぱり不用心か。ココって一応隠し部屋だし。
『あの……、レイナ殿』
「うん? どうかした、フラン?」
『これは現代魔法史に残る、記念すべき実験だったのでありますよ』
「……あ、ありがとう?」
一応、そうは言っておいたけど、なんかフランの様子がおかしい。まあ何時もちょっとおかしなところはあるけど、そういうのとはちょっと違う感じ。
『それなのに……で、あります。何故っ! こんなおざなりにちぎった紙切れに、テキトーに走り書きしたメモを使ったのでありますか!? 或いはコレこそが、歴史の証拠として保管されるかもしれないというのにっ!』
お、おー……。フランが何やら熱く語っている。要するにフランは、歴史的偉業(?)にはそれ相応の様式美を整えるべきだと、そう主張しているんだろう。
けどそういうのを気にするのは、ちょっと意外かも。フランは研究そのものが大好きなタイプで、結果に付随する褒賞とか勲章とかには興味の無いタイプかと思ってた。
『そうでありますね。勲章などにはあまり興味は無いのであります。ただ、歴史に名を残す、尊敬している先人は数多く居ますので、出来れば自分もそうありたいとは思っているのであります』
「あー、なるほどね、そっちの方か」
業績と共に歴史に名を残すのと、業績を評価されて富と名声を得るでは、似ているようで微妙に違う。同一線上にあるけど向いてる方向が違うとでもいうべきか。
それはさておき。
「まあそういう歴史的な実験だって、たぶん予備的な実験は既に済ませておいて、成功する確証を得た上で証人を大勢集めて実行するんじゃない? 要するにセレモニーね。そういうのはまた今度、レティとかエミリーちゃんとかも集めて皆でやればいいよ。予備実験はもう済ませたからね」
『レイナ殿……、それはなんというか、事実なのかもでありますが、夢が無いといいますか、身も蓋も無いのでありますよ……』
あっはっは。まー、あくまで私の想像だけど、現実なんてそんなもんでしょ。成功するかどうかも分からない“世紀の実験”に、そうそう毎度大勢の人が付き合ってくれるわけも無し。
いずれにせよ、これで通信と転送についてはオッケー。小屋をちゃちゃっと作ったら、あとは舞依とのんびりデートでも楽しんで、レティの帰りを待つとしましょ。




