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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十六章 蓬莱諸島>
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#16-03 くる年




 お祭り最終日の前夜のこと。公邸のキッチンと食堂に私たち日本人組とクルミ、レティとフラン、ワットソン夫妻、エミリーちゃんとシャーリーさんが集合していた。現在公邸に住んでいる主要メンバー全員――じゃなかった。フィディは昼間っからお酒を飲んで、今はもうグースカ眠りこけているからね。


 あと特に何をするわけでも無いけど、ネコちゃん(キャニオンデビル)がレティの隣の椅子に丸くなっている。なぜかこんな風にみんなで集まるタイミングに、ふらりと姿を現すんだよね。かと言って餌を貰いに来るってわけでも無い。忘れられないようにしてるのかな? 興味深い行動だね。


 さておき、何をしているのかと言うと――


「お蕎麦はもう茹で上がるよー」


「おつゆの準備も大丈夫」


「全員分の天ぷらもできてるよ」


 年越し蕎麦を頂くのです! 本当なら新年の前日であるお祭りの最終日に頂きたいところなんだけど、最終日は色々予定があって忙しそうだからね。


 何を隠そう、私はお蕎麦が好き。って、この話は前にしたっけ。こっちに来てから結構蕎麦を打つ機会があって、今や私の蕎麦打ちはプロ並み。――ゴメンナサイ、ちょっと言い過ぎました。でも秀のお墨付きをもらうレベルには到達しています。大したものだ(←自画自賛)。


 なんでかって言うと理由は単純で、こっちの世界ではお蕎麦が市販されていないから。蕎麦の実は売ってるんだけど、ガレットとか蕎麦がきみたいにして食べるのが一般的で、麺にして食べる習慣は無いんだよね。


 つまりお蕎麦を食べたきゃ、自分で打つ以外に無いのです。それで上達したってわけね。ちなみにうどんの方も上達している。


 そんな感じでレベルアップした年越し蕎麦が完成! 海老天二本の豪華仕様です! お好みで七味唐辛子っぽいミックススパイスをどうぞ。


 では、いただきまーす。


「あー、年末って感じがするねー。今年の年末は忙しかったけど、平和で良かった良かった」


「そうね。……去年の今頃王宮にお邪魔してたのが、なんだかずっと前の事のような気がするわ」


「ああ、確かに。去年は去年で大変だったけど、今年もいろいろあったものねぇ……」


「まったくね。コルプニッツ王国に行き、呪われた大陸に行き、浮島を持って来て、ロンドリーブ皇国と大図書館に行って……。大雑把に挙げてもこれだけのことがあるからね」


「日本に居た頃で考えてみると、年に三~四回海外に行って長期滞在しとるようなもんやからな。ジャパニーズビジネスマンもびっくりや」


「……なんでわざわざジャパニーズ限定なのよ?」


「むか~し、ドリンク剤のCMでそういうのがあったんよ。二四時間戦えますか? ゆうてな」


「いや、戦っちゃダメでしょ! 普通に労働基準法違反じゃないの」


「あはは。いやいや、鈴音。それは寝る間も惜しんで仕事をしてた、当時の世相を大袈裟に喩えたものだから」


「まあそうでしょうけど、当時はブラック企業だらけだったってことよね……。すごい時代だわ」


「あの~。ブラック企業とは、なんのことでありましょうか?」


 フラン、それはねー、これこれこういう感じの会社の事を言うんだよ。そういえば以前ブラッ――もとい、バンラント書房の皆さんに説明したね。アレももう一年以上前の事かぁ。本当に随分前の事のように感じるね。


 シェットさんとティーニさんは元気にしてるかな。趣味の時間を取れてると良いんだけど。まあ双子ちゃんも立場的にヤンチャできなくなっただろうから、想定外の事に振り回されることは無くなったはず。


 え? その分、公式なスケジュールがぎっちり詰まってるんじゃないかって? うーん、その、まあ、王族の護衛なんだし、大変なのはもう諦めるしかないんじゃないかな、うん。


 そういえば双子ちゃんともご無沙汰だ。たまには会いに行きたいとは思うんだけど、ふらりと遊びに行けるようなところでもないし、さて、どうしたものか。


「お祭りが終わったら、レティは実家に帰るのよね?」


「ちょい待ち! 鈴音さぁ~ん、『実家に帰る』っちゅうフレーズは心臓に悪いから、止めてくれへん?」


「あら失礼、当然わざと(・・・)よ」


「うがー! タチが悪い!」


「「「あはははは」」」


「ハハハ……。まあ、ともかくレティは一旦里帰りってことだね」


「はい、新年の挨拶に。少し前に、たまには元気な顔を見せに来るように、と便りが来たことですし」


 まあ実際には蓬莱の現状他、ここ最近あった諸々に関する報告なんかも兼ねてるんだろう。連絡は取り合ってても、直接話さないと印象が伝わらないこともあるしね。


 ちなみに私と舞依は送り迎えで一緒に王都に行く予定になってる。飛行船で王宮に送り届けた後、私たちは王都の拠点に行って年末にしなかった大掃除をして、あと通信の魔道具の設置をする予定。


 ついでに転移魔法のテストもしておこうかな。神様にお願いした地脈の件は、既に通ってることを確認している。感触としてはたぶん手紙とかの小物なら、転移させることができると思うんだよね。


 他にも醤油開発関係の状況を確認に行ったり、王都でのんびりデートをしたりと、こまごまとやることはある。


「そうなったら王都と浮島での連絡が取りやすくなるね。将来的には管理人を置いて、蓬莱の大使館みたいな感じに運用できるようにしたいところだけど……」


「でも今はまだ無理よ。浮島も出島もまだまだ人手不足だし、先ずはこっちを優先でしょう?」


「っちゅうことは、折角魔道具を設置しても埃を被るんとちゃうか?」


「その点に関しては、考えていることがあるのよね、怜那?」


「うん。暫定的な対処って感じだけどね」


 門を入ったところに小屋――ほら、守衛さんが詰めてるような小さいのがあるでしょ? ああいうのを作って、そこにも魔道具を設置しようかなって。で、王家とミクワィア家には門とその小屋の鍵を預けておいて、必要に応じて使って貰うのはどうかな?


「つまりアレやな。電話ボックスみたいな感じや」


「珍しくピッタリな表現だね。久利栖に二〇ポイント進呈~」


「ピッタリと言いつつ、ビミョ~なポイントやなぁ……」


「あっはっは。ちなみに転移が成功したらポストも設置する予定ね」


 転移陣は例の地下の隠し部屋に設置する予定だから、投函口から管を通して転移陣を仕込んだ箱に繋げておく。手紙を入れたら転移陣の上に落ちる仕組みね。で、一日に一~二回転移魔法を起動させる。これで一方通行だけど、ほぼタイムラグなしに手紙を受け取ることができる。


「それはなかなか便利になりそうだね。怜那さんと舞依さんだけで作業は大丈夫なのかい?」


「このくらいなら問題無いよ。魔道具の調達っていうか製作はもう出来てるし、こっち側で調整が必要な場合はフランが居るしね」


「ずずずっ……。任せて欲しいのであります!」


 うん、任せた。――関係無いけど、フランも箸を使うのが上手くなったなー。お蕎麦すすって食べるのが様になっている。ちなみにレティは生粋のお姫様だから、音を立ててすするのは苦手のようで、静かにお口に運んでいる。


「あのさ、レティ。無理が無いようならって話なんだけど……」


「はい、なんでしょうか?」


 今のところ、レティは王宮に帰ったら二日ほどかけて家族と団欒したり用事をこなしたりすることになっている。で、帰りは一旦私たちの拠点で合流して、蓬莱に帰還する予定ね。


 もし差し支えなければなんだけど、拠点で合流する際に、双子ちゃんたちに遊びに来てもらうことはできないかなーって思ってね。可能なら鈴音たちも、トランクを利用した瞬間移動ワープで拠点に来てもらうし、久しぶりに皆で再会できるんだけど――どうかな?


「急な話だし、スケジュールも詰まってるだろうから難しいとは思うんだけど……」


「いいえ、大丈夫だと思います。……実は私からお願いしようかと思っていたので、先に仰って頂けてむしろ良かったです」


「そうなの?」


 ――ふむふむ、なるほどね。王宮からの便りに、双子ちゃんからの手紙もほぼ毎回入ってて、また遊びに行きたい、ついでに美味しくて珍しいものも食べたいと訴えられていたと。王宮に一旦帰ることは伝わってるはずだから、恐らく頑張ってスケジュールに空きを作っているに違いないと、レティは推測している。


 そういう事なら、こっちもそのつもりでおもてなしの準備を進めておきましょう。といってもまあ、秀と舞依に料理とお菓子の準備を頼むくらいかな。一週間くらいのまとまった休みが取れて蓬莱こっちまで来れるようなら、いろんな遊びを準備できそうなんだけどね。急いで温泉もオープンさせるし。


 まあ王子様と王女様だし、そう簡単にはいかないよね。え? レティはって? レティの場合は蓬莱に居ること自体が、仕事みたいなものだからね。言ってみればメルヴィンチ王国の大使なわけだし。――今のところは。


 ともあれ、年明け早々の予定はそんな感じになりそう。来年もいい年になりますように!








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