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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十五章 大図書館の恋(変)人たち>
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#15-21 脳天気令嬢と(不)愉快な仲間たち(視点によって印象が変わります)




「変な魔法を使ってるのは真ん中の小柄な女性だね。っていうか、女一人に取り囲むように男が数人って、過保護にされてるお嬢様かな?」


「どんな魔法なのでありますか?」


「ちょっと距離があり過ぎて分からないなー。変っていうのは、なんか規則性の無いタイミングで、弱いけど範囲だけは広い魔法を使ってるからなんだけど……、あ、今また使った」


「確かに、変わった使い方でありますね……。一体どういった効果の魔法なのでありましょうか……」


 だよね。気付かせないように徐々に浸透させていく魔法だとすると、質の悪い魔法のような気もするけど――


「なんかそんな雰囲気でもないか。なんというかこう……、可愛いけど何も考えて無さそうというか、アホっぽいというか、悪意が無いというより悪意を知らずに生きて来たというか……」


「ちょ、怜那、そんな言い方は……」


「口が過ぎたかな? いやでもそんな感じなんだって。舞依も見てみなよ?」


「え? うーん、ああ、この人? た、確かにその……、ちょっと脳天気そうではあるけど……」


 ほらー。別に殊更悪く言ったわけじゃあなくって、あくまでフラットな評価なんだって。え? でも言い方ってものがある? それは失礼。


「レイナ殿、ちょっと私にもその人物を見せてもらってもいいだろうか?」


「ええ、どうぞ……?」


 なんだろう、ジェニファーさんだけじゃなくお友達の皆さんも微妙な表情だね。“もしかしたら”と“まさかそんな”が混じったような感じ?


 望遠の魔法を覗き込んでいたジェニファーさんが大きく溜息を吐いた。


「まさかとは思ったが……。彼女が件の男爵令嬢だ。間違いない」


「え゛っ!? ってことは、周りを取り囲んでるフードの一団は……」


「……まあ、そういうこと、だろうな」


 第二皇子と側近たちってことか。ヒロインちゃんと闘技大会観戦旅行(・・)――トランク飛行船でもなければ、皇都との日帰り往復は無理――とは大胆というか、良いご身分だね。第二皇子たちへの評価を更に数段落したのは、私だけじゃないだろう。まあ、既に地に墜ちるどころか、地下深くにめり込んでる評価だけど。


 それにしても彼女がヒロインちゃんなのか。変な話、妙にストンと納得できてしまった。な~んかちょっと雰囲気が変? 異常? 上手い表現が見つからないけど、とにかく普通じゃあない。


 一見するとゆるふわで可愛らしい、年齢を考えるともうちょっと落ち着いてても良さそうだけど、そのくらいなら個性の範囲内だろう。ただ周囲に高い身分の男どもを侍らせて、しかも彼らは一応目立たないようにしているにも拘らず、彼女はな~んにも気にする様子が無い。ごく当たり前のようにその状況で楽しんでいる。


 とんでもない強メンタルなのか、はたまた空気が全く読めないのか。いずれにしても物語のヒロインにのみ許されるムーブっていう感じがする。


「って、彼らは今頃、謹慎と再教育されてるはずなのでは?」


 ジェニファーさんとお友達が目と目で会話――言葉を交わす必要も無かったんだろう――すると、何とも言えない感じの苦笑を浮かべる。


「そのはずなのだが……、まあ、ここ最近の出鱈目具合からすれば、強引に抜け出すくらいはやらかすだろうな」


「そうですわね。むしろ素性を隠そうとしているだけマシかもしれませんわ」


「私はむしろ、彼らを引き止められなかったことで罰せられるかもしれない者に同乗するね」


 そしてジェニファーさんは小声で「私を始末したと思い込んで、何の障害も無くなったとタガが外れたのかもしれない」と付け加えた。なるほどね、それは有り得る。ちゃんと確認してない辺り、詰めが甘いけど。


 それはさておき、ヒロインちゃんの魔法の正体が気になる。もしかしたらヒロインちゃんのヒロインちゃん足る所以がそこにあるのかもしれない。


 という訳で、ちょっと行ってきます。フランも一緒に行こうか。魔法の分析なら適任でしょ。うん、舞依たちはここで待機してて。


 フランと一緒にコソコソと移動する。認識阻害のアイテムを起動して、念の為に対魔法防御も展開してと。


「魔法防御でありますか?」


「何をしてるのか分からないから、念の為にね」


「もしかしてレイナ殿は、彼女が何らかの魔法を使って、他者を操っていると考えているのでありますか?」


「そうは思って無い。というか話を聞く限り、意図的に何かを企むような人物には思えなくない?」


「……確かに、失礼ながらそこまで考えが回る御仁では無さそうであります」


 そそ。だから彼女には先天的に何か特殊な魔法の資質があって、それを無意識に、悪く言えば考え無しに発動しているんじゃないか――って予想してる。


 そんな推測を話しつつ、やって来ました目的地。ターゲットの一団から三段前に空いてる座席があったからそこに着いて、魔法が飛んでくるのを待ち構える。


 分析中…… 分析中……


「フラン、これってやっぱり……」


「恐らくそうでありましょう。そして媒介となっているのは……」


「アレ、だね。とは言っても弱い魔法に違いは無いから、警戒する必要は無さそうだけど」


「しかし、そうなると別の疑問があるのでありますが?」


「うん。まあそれに関しては皆のところに戻ってから話そっか」


「了解であります。ではさっさとズラかるのであります」


「オッケー。撤収~」


 魔法の正体を掴んだ私とフランは、スタコラとこの場を離れ元の席へと戻って来た。


 ただいまー。うん、大丈夫大丈夫、私とフランは何ともないよ? 魔法がどういう効果のあるものかもバッチリ分析も出来たし。


「それで、彼女は一体どういう魔法を使っていたというのだろうか?」


 うーん、それがねぇ……、なんとも。


 私とフランが何とも言えない苦い表情になっているのに、皆が首を傾げる。


「まあ、なんて言うか、一言で言えばアレは“笑顔の魔法”だね」


「「「……はぁ?」」」


 いや、だからね。そんな“何言っちゃってんのこの人”みたいな表情を向けないでくれまいか? 


「怜那さぁ~ん。そんな使い古されたアイドルソングの歌詞みたいなこと言われても、全然おもろないで?」


「言われると思った。私だってこんなアホなこと言いたくないけど、手っ取り早く一言で表現するとそうなっちゃうんだって」


「怜那、魔法のネーミングは置いておいて、具体的な効果について説明して?」


了解。えーっと、私らメンバーはキャニオンデビルについて説明する必要は無いよね。ジェニファーさんたちは――知らない? やっぱりマイナーな魔物なのか。


 皆さん浮島の城に居ついてたネコのことを覚えてますよね? アレです、アレがキャニオンデビル。そう、実は魔物なんですよ。で、その生態っていうのが、まあなかなかの曲者というか魔性というか、コレコレこういう感じらしいんです。


 あはは、まあそういう表情かおになっちゃいますよね。で、キャニオンデビルは匂いを媒介に嗅覚に作用して、好意を得る魔法を使っているんです。


「ヒロインちゃんの使ってる魔法は、それに近い感じなんです。彼女の場合は視覚情報……光が媒介なんですけど、ハッキリ言って全く制御できてません。笑った時に無意識的に発動しています。良く笑う人みたいですし、無意識だから微笑むくらいでも発動するかもですから、まあ使いまくってますね」


「それで“笑顔の魔法”……」


「ちなみに注意深く観察していても分からないくらい、ほんのり僅かに光も放っているのであります」


 割とどうでもいい情報だけど、笑顔で発動――つまり媒介となる光は顔から放射されるから、魔法の効果範囲は基本正面方向になる。背後に回り込めば効かないってことね。あと視覚情報に作用するから、目を瞑るだけで効果は激減――それだけで完全に(ゼロ)にはならない――する。


 もっとも彼女の場合は発動が無意識で、タイミングも持続時間もまるで読めないから、その方法で避けるのは難しいだろうけど。笑わせなければいいって? いや、それが笑った時には確実に発動してるのが分かったってだけで、他のタイミングで発動しないってわけでも無いからね。


「話を纏めると、殿下たちが悉く彼女に籠絡されてしまったのは、その魔法が原因という事か……」


 ジェニファーさんが困惑した感じで零す。お友達さんたちも似たような表情をしているんだけど――


「いいえ、それはちょっと違う……かもですね」








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