#15-19 脳筋令嬢の青春
主に大災厄前の神殿の役割や仕事、特に祝福に関連する事柄――当時の結婚観や祝福を受けたものの生活などに関しても――について調べたい。
私たちの目的を聞いたハインリヒさんは、
ポク ポク ポク チーン!
みたいな感じで、ちょっとだけ考えた後で「だったらあそこかな」と、私たちを連れて図書館塔のとある一角に案内してくれた。幸いなことに大図書館では神殿関連の本は、一つの分類(大項目)としてまとめられていて、恐らく宗教に相当する項目なんだと思う。
大項目はさらに細かい項目に分けて分類されてるのは、日本と同じだね。合理的で探すのには便利でいい――んだけど、何せ総数がものすごい。目的の本を探すだけでも一苦労だね、これは。とてもじゃないけど一日二日の滞在で調べ切れるとは思えない。
っていうか、興味を引かれる本がそこかしこにあって、寄り道せずに(本来の)目的の本だけを探せる自信が無い。それはもう、全くと言っていいほどね!
「怜那、自信を持って言う事じゃないと思うよ?」
「お、お姉様……」「キュウキュウ(ウンウン)」
そ、そんな呆れたような目で見ないでってば。好奇心と探求心は私の行動原理なんだから、これはもう仕方が無いことなのです。
「ハハハ、まあ気持ちは分かるよ。調べ物をしている時に限って、何かこう……琴線に触れる本を見つけてしまうものなんだよねぇ……」
「ええ、そうなんですよ。なんですかね、アレは。調べ物の為に感覚を研ぎ澄ませているからこそ、別のものも見つけてしまうというか……」
「集中しているからこその弊害か……。急ぎの仕事をしている時に限って、そういう事が起きてしまうから悩ましいんだよね」
私とハインリヒさんが共感していると、ジェニファーさんが大きな溜息を吐いた。
「変なところで意気投合するな、全く。琴線に触れる本を見つけるところまでは良いが、その時すぐに読む必要は無いだろう。そういうのは単なる逃避と言うんだ」
「「ゴメンナサイ」」
それも分かってるんだけどね。いわゆるテスト前に部屋の掃除や模様替えをしてしまうという、例のアレ。まあ今回の場合は、本命の調べもの自体が急ぎの用事ってわけじゃあ無いから、寄り道にも問題は無い――ハズ。
「……コホン。さておき、このエリアの本はだれでも自由に閲覧できるけど、大災厄以前の貴重な本の一部は、別の場所に保管されていて一般公開はされていないんだ」
残念だけど、それはそうだよね。さてどうしたものか。ここの本だけでも調べ物はできそうだけど……。
え? 短期受講生資格? それを取得して一時的に学院生になれば、貴重な本の閲覧もできると。ただ稀覯本と呼ばれるものは、教授レベルにならないと閲覧はできない――って、まあそれに関しては仕方が無い。いざとなればコッソリ忍び込めば――ゲフンゲフン、ナンデモアリマセンよ?
短期受講生資格とやらは試験とかは無く、学院関係者の推薦と受講料を支払えば取得できるとのこと。なお、別に講義に出る必要は無い。で、ハインリヒさんとジェニファーさんが推薦してくれるとのこと。
ちなみにジェニファーさんが学院関係者なのは、ガンドルド侯爵家が学院に出資しているから。皇国と王国の侯爵以上の貴族家は、もれなく学院の出資者なのだとか。
そういう事なら舞依と一緒に資格を取得しておこうかな。座標も分かったし、トランク飛行船を使えば浮島から通えるしね。腰を据えて調べるとしよう。あ、エミリーちゃんとシャーリーさんは資格を取得しませんでした。商会支部のお仕事とお勉強があるからね。そうちょくちょくお休みするわけにはいかないのです。
そんなわけで今日のところは、資格取得の申請と軽く下調べ――どこにどんな本があるのかをざっと確認とか――をして図書館塔を後にした。
で、余った時間は、外壁と塔の間の迷路地区(俗称)を探検して回った。いやー、アレは本当に迷路だったね。塔や橋っていう目印はあるけど、ちょっと間違っただけで思わぬ遠回りをすることになる。オリエンテーリングとかしたら面白いかも。
宿に戻ると、鈴音と秀と久利栖がちょっとぐったりしていた。なんでもレティとフランに護衛を兼ねて付き合ったらしいんだけど、二人の好奇心にかな~り振り回されたんだとか。それはそれは、お疲れ様でした。
明けて翌日。大図書館の調べ物の方は時間を掛けて通いですることにしたから、今日は私たちも観光をすることにした。という訳で私たちは街歩きを、反対に鈴音たちは大図書館を見に行ってみるとのこと、
あ、そういえばフィディは、私たちがそろそろ寝ようかと思っていた頃に帰って来た。当然――と言ったらアレだけど、酔っぱらっていました(笑)。楽しそうな表情だったから、旧知の友達といいお酒を飲んだんだろう。良かったね。で、今日は私たちと一緒に街歩きすることになった。大図書館にはあんまり興味が無いみたい。
街歩きは思いの外楽しかった。聞いていた通りあちこちに屋台が並んでて、手軽に食べられるものを片手にブラブラと。
研究発表や展示もちょっとだけ覗いてみた。論文的なのはよく分からなかったけど、発掘・発見された物や模型なんかの展示は結構見て面白いものもあったからね。個人的にお薦めなのは、魔道具関係の小さい研究室。何の役に立つのかは作った当人すら分からない、妙なアイテムがあってね。
お昼ご飯も屋台で軽く済ませた。王国側の郷土料理で、ちょっと汁気のある焼きそば? まぜそばに近いのかな? そんな感じの麺料理。味付けはシンプルな塩味で、具材も野菜となんだかよく分からないクズ肉。チープもしくはジャンクな料理って感じ。ただ安くて腹が膨れるから、学生には想い出の味なのだとか。
味はともかくとして、麺はちょっと気になるんだよね。パスタ・うどん・そばのどれでもない、中華麺とよく似た食感だった。うーん、原料と製法が気になる。お土産に買って行こうかな。
そしてやって来ました大闘技場! いやー、近くに来ただけでも熱気を感じるね。――大会出場者の熱気だけじゃなく、賭けに参加する人の熱気もあるかもだけど。
大闘技場はたぶん誰もが想像するだろう外観――ローマのコロッセオ的な感じだった。ただ円形ではなく、長方形の短辺に半円をくっ付けたような形状ね。――誰ですか? 競馬場っぽいなんて思った人は? まあそれも正解だけど、ここは陸上競技場みたいだと言っておきましょう。
鈴音たちのグループと合流して大闘技場の中へ。人の数も多いけど、客席もメチャクチャ多いから、場所取りは割と簡単。
「おん? スタジアムが水浸しやん?」
「というか、水を張ってプールにしてるみたいだね。もしかして、今日は海戦をやるんですか?」
「その通り。闘技大会の花形競技の一つだ。もう一つは無論、その年の学院最強を決める無差別個人戦だな」
無差別個人戦とは、性別・年齢・体重・武器・魔法・道具などほとんどの制限が無い大会らしい。強いて言えば個人戦なので、騎獣の持ち込みはできないくらい。騎獣を使用する大会はまた別にあるそうな。
「この大会は学生がチームを組んで出場し、船を作るのも含めて総合力が試される競技だ。上位に食い込むチームは大抵、年明けと同時にもう準備にとりかかる。つまり通年で行うプロジェクトなのだ。大会が終わっても解散せずに、卒業で抜けたメンバーを補充して翌年も挑戦するチームもあって、かれこれ十年以上の歴史のあるところもある」
ふむふむ、なるほど。参加チームは私たちの感覚で言うところの、部活とかサークルみたいなものなのかな? なんとな~く、琵琶湖で手作り人力飛行機とグライダーを飛ばす某コンテストに挑戦するチームが頭に浮かんだ。
うーん、楽しそうだね。学院生だったら、是非参加したいところだ。もっとも、私たち日本人組が参加したら、遠距離からの魔法――私ならトランクハンマー――で片が付いちゃうから、競技にならないか。残念!
「そういうノウハウの蓄積があるところは、やはり手堅いく強い。しかし一方で奇抜なアイディアと戦術で、新たな流行の型を作るのはルーキーが多い。どちらも見どころがあって面白いのだ」
「なるほど……。というか、ジェニファーさん、なんかめっちゃテンション高い?」
「うん? ま、まあ、そうだな。学院時代を思い出して、どうしてもな……」
「フフフ、ジェニファーは一からチームを作って二年連続で出場し、二年目には準決勝まで進出したんですのよ」
ジェニファーさんのお友達が、ちょっとニヨニヨした感じで言う。
「あ、もしかしてハインリヒさんも同じチームだったとか?」
「うむ。アイツは戦闘はからきしで、臨機応変なタイプでも無いから用兵の才も無いが、豊富な知識と分析力はあるからな。作戦スタッフとして戦略を担当していたのだ」
腕を組んでウンウンと頷きながら友人について語るジェニファーさんは、どこか誇らしげだ。
ジェニファーさんにとってこの大会は、まさに学院時代の象徴みたいなものなんだろうね。




