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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十五章 大図書館の恋(変)人たち>
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#15-12 脳筋令嬢の方針




 いずれにせよ、ヒロインちゃんはこれまで生きてくる中で、自分の特異性――異常性と言い換えてもいい――に気付くことはできたはず。仮にそれが無理だったとしても、男爵家に引き取られた後の令嬢教育で、社交における常識・マナーは身に付けていてしかるべきだ。それが出来ていない点に関して、弁解の余地は無い。


 皇子+側近ズに関してはもっと酷い。ちょっと可愛いからって、男爵令嬢如きにことごとく籠絡されるとは情けない。というか、政略結婚を個人的感情だけで反故にするなんて有り得ないでしょ。それを覆すだけの利点があるってなら話は別だけど、それも無いしね。私が思うに、ヒロインちゃん以上に彼らの責任は重大だろう。


 それらを踏まえた上で、じゃあ皇家はこの事態をどうやって収拾するつもりなのか。ジェニファーさんのお考えは?


「私も含めた婚約者、及びその家との関係修復は、もはや不可能と言っていい。これまででさえそうだったのに、私の暗殺未遂だからな」


 ジェニファーさんの淡々とした話し方は、自分の暗殺未遂すらも突き放した感じで、ある種の凄みすら感じさせる。これは彼女個人の性格なのか、それとも皇国の女性貴族が全般的にそうなのか? うーん、なかなか興味深い。


「皇家の解体に動くか?」


「……いいえ、リスクの方が大きいですからそれは無いでしょう。恐らく私の暗殺未遂に関しては表沙汰にしない代わりに、皇家から毟り取れるだけ毟り取るのではないかと」


「表沙汰にしないとすると、当事者たちの処遇はどうする?」


 リッド殿下の問いかけに、ジェニファーさんはテーブルの上で両手を組み合わせ、数秒考える。


「今回、彼らと婚約者たちを一時的に引き離したのは、皇家からのいわば最後通牒です。それを理解せず、このような暴挙に出たのですから、皇家は完全に彼らを切り捨てるでしょう」


 恐らく皇家も彼らとヒロインちゃんを引き離すのは、もはや諦めてるのではないか。むしろこれ以上の面倒事を起こされるよりは、纏めてどこかに押し込めてしまった方が楽だと考えるのではないだろうか?


 具体的には、第二皇子には一代限りの爵位を与えて、辺境の未開地を領地として与えて開拓を命じる。側近とヒロインちゃんはそれに同行させ、全員領地の外へ出るのを禁じる。要は体のいい流刑である。――ジェニファーさんはそんな推測を語った。


 でもそれじゃ、本人たちは案外楽しく過ごせるかもしれないけど、その点について婚約者さんたちはいいのかな? もの凄い苦労をさせないと、溜飲が下がらないんじゃない?


「正直に言えば、そういう感情もある。散々迷惑をかけられたのだから、相応に痛い目に遭って貰わねば割に合わないな、とね。しかし本当に辺境の開拓をすることになれば皇都育ちの彼らには十分大変だろうし、賠償と補填は皇家に責任を持ってやって貰う。……まあ、その辺りで手打ちにしておくのが良いだろう。あまりやり過ぎても逆恨みされてしまうしね」


 肩を竦めて微笑むジェニファーさんが、茶目っ気があってカワイイ。こ、これがギャップ萌えというやつなのか。


 当人がそれで良いなら、とやかく言うことでもないか。それにしてもやっぱり、ジェニファーさんは今の状況を歓迎しているように見える。まあ皇位の継承争いなんて面倒臭そうだし、勝っても負けても後が大変だ。そういう意味では、分からなくも無いけど――うーん、なんだろう? そういうのとも違う感じが……


「怜那? どうかした?」


 そういえば婚約者(候補)がいた令嬢っていう意味では、舞依も同じ立場だった。ま、まあ舞依は寝盗られちゃったヒロインなんだけど(汗)。ハイ、犯人は私です。


 私よりも舞依の方が、ジェニファーさんの心の機微を理解できるかもしれない。後で二人きりになった時に訊いてみよう。


「ちょっとね、後で話すよ。……っと、じゃあ秀?」


 ジェニファーさんの供述――っていうと、なんか容疑者っぽくて印象が悪いね。ええと、事情聴取――でも同じか。ともかく、置かれた状況については分かった。問題はこの後の方針をどうするか、だね。


 秀は「分かった」と一つ頷くと、真剣な表情でジェニファーさんに改めで向き合った。


「状況については理解しました。僕らとしては協力するのは吝かではないのですが、ジェニファーさんはどのような方針を考えていますか?」


「方針と言われても……、現状で打てる手は何も無いからな……」


「そうでもありませんよ。例えば、ジェニファーさんが乗っていた船に送り届けることも、先回りしてご実家に送り届けることもできます。反対に、ここに身を潜めて貰って、僕らで皇国に偵察に向かうという手もありますね」


「何!? 船を先回り? そんなことが……」


「可能です。やろうと思えば今日中に皇国に送り届けることもできます。方法については……、恐らく口で説明しても分からないと思うので、後でお見せします。まあ、だいぶ非常識な方法なので……」


 非常識とは失礼な! 神様謹製のありがた~いアイテムだというのに。――って、なんで皆してウンウン頷いてるのかな?


「細かいことは考えず、大きな方針を決めればよかろう。暗殺未遂を盾に皇家から毟り取るつもりならば、実家に生存を知らせるのは既定の路線であろう? であれば、密かに実家に戻るか、堂々と帰るのか。その辺りを決めればよいのではないか」


「なるほど。そうですね……、では――」


 私たちの助力で可能な事、不可能な事を確認しつつ、差し当たっての方針は決まった。先ずは一刻も早く実家に帰還する。両親に暗殺未遂に関して報告し、詳しい対応を協議する。海難事故としての報告が皇家から届く前に決めておくことが重要だ。


 船の方に無事を知らせたい人――侍女とかメイドとか護衛とか――は居ないのかな? 居ない? 一人も? ふむふむ、今回の視察という名の旅行には、ガンドルド侯爵家からは自分一人だけだったと。学院は寮生活で、身の回りのことは一人でできるようになっていたし、夜会やお茶会などのドレスや侍女が必要な社交は予定に入ってなかったから連れて行かなかったのか。


 お付きの者、現地の案内役などは皇家が手配してくれたもので、実行犯もその中にいたと。全員が皇子の手の者とは思わないが、場合によっては既に口封じに事故を装って殺されている可能性もある。いずれにせよわざわざ知らせる必要は無い。


 方針は了解です。じゃあ善は急げってことで、今日の夜に出発して明日の明け方に到着する感じの予定でいきましょう。なるべく人目に付かない方が良いからね。飛行船の本体は透明にできるからあんまり目立たないとは思うけど、まあ念のために。


 ――と、そんな感じに予定は決まった。特に準備も必要無いし、夕食まで時間も空くから、のんびりお茶でもしながら浮島ココについての詳しい説明などを、と思ったら、ジェニファーさんがとんでもない――いや、ある意味で実にらしい(・・・)のか――ことをのたまった。


「ふむ……、それまでの時間が空くな。どうだろう? もしよければだが、一つ私と手合わせして貰えないだろうか? シュウ殿とクリス殿は、かなりできる(・・・)のだろう? レイナ殿は……、なんというか、私では計り知れないのだが……」


「ほう、それは面白い! 私も参加しようではないか!」


 って、リッド殿下まで乗らないで下さい!


 というか、自分で気づいてないのかもしれないですけど、まだ顔色があんまり良くないですよ? 夜から忙しくなるんだし、今は体力を温存しておいて下さい。


「む、むう……、残念だが仕方ないか……。確かに貴殿の言う通り、万全の状態でないと楽しめないしな。またの機会を楽しみにするとしよう」


 いや、あの、別に私は調子を整えてからやりましょうなんて、一言も言ってないんですけどね。


 それにしても話し合いの最中はとても理性的かつ論理的で、身体ボディこそ仕上がってるけど()筋ではないよね、なんて思ってたんだけど。皇国人の本質みたいなものが垣間見えたね。男女問わず貴族は全員そんな感じなのかな? うーん、ちょっと暑苦し――ゲフンゲフン、血気盛んだね。


 あ、リッド殿下はエリザベート殿下が止めてくれました。というか、事情の確認もできたので浮島を出発することになりました。ちょっと予定が伸びちゃってたしね。お土産にイノブタのベーコン・ソーセージ・生ハムのセットをどうぞ。――なんかお歳暮みたいだから、箱を用意しておけばよかったかも。気に入ったら、取引に来てくれると嬉しいです。では、皆様お気を付けてー。


 それからちょっと慌ただしかったけど、ミクワィア商会御一行様もノウアイラまでサクッと送り届けて来た。ジェニファーさん絡みでバタバタしそうな予感がするし、今のタイミングを逃すと長期間浮島に滞在することになりそうだったからね。


 え? 結構楽しいしエミリーちゃんと一緒に居られるから、それでも構わない? いやいや、会頭さんなんだからお仕事があるでしょう。まあこれからは定期的に取引もあるでしょうし、連絡も取りやすくなるんですから。あんまりゴネると、ご婦人方に呆れられますよ?








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