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トランク一つで、異世界転移  作者: ユーリ・バリスキー
<第十五章 大図書館の恋(変)人たち>
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#15-08 閑話 脳筋令嬢の溜息




 一つ、白状しなければならない。


 嘆かわしいなどと、さも知った風なことを言っているが、かく言う私も脳筋国家の一員だ。しかも国のトップに近い侯爵家の第一子で、幼少の頃から厳しく躾けられ、その価値観は骨の髄まで染み付いている。私も立派な脳筋令嬢なのだ。


 にも拘らず今のような考え方を持つようになれたのは、リーブネスト学院への入学、そしてそこである人物と知り合えたことに起因する。


 リーブネスト学院とは、ロンドリーブ・ラビンネスト両国の間に位置する学校で、リーブネスト皇国の首都であった場所にある巨大な学校だ。


 国が分裂した当初、この地は政治的な空白地帯となっていた。というのも王城がほぼ完全に焼失し、当時首都に居た王族が全滅してしまったのだ。ある意味で、それが国が分裂した原因とも言えるだろう。


 分裂した国の正当性を主張する意味でも、首都を押さえることは重要だ。当然双方が軍を送り込んだのだが、幸か不幸か全面的に衝突できるほどの体力が当時は無かった。


 その結果、暗黙の了解で首都は緩衝地帯として、半ば放置、半ば共同統治――復興の為に人材と資金は必要だ――のような形で現状維持となった。そしてそれぞれが別の国として独立した時点で明文化され、この地は形式的には半々ずつ領有する自治領となった。


 無論武力を以って奪取すべきだという強硬論も――言うまでもないだろうが、主に我が国の側に――あったのだが、全面的な衝突となれば大きな被害が出ることは避けられない。


 旧皇都は王城こそ焼失してしまったが無事に遺った施設も多々あり、中でも大図書館と大闘技場は他国から大勢の観光客が訪れていた、リーブネスト皇国の誇りとも言えるランドマークだ。それらを犠牲にしてまで戦争を起こすとは、さしもの脳筋国家の強硬派も主張することができなかったというわけだ。


 そうして自治領となった旧皇都は、大図書館と大闘技場を中心として発展し、両施設を有効活用するという意味もあって複数の学び舎が出来た。それらの学び舎が次第に合併・統合され、最終的にリーブネスト学院として成立したのである。


 現在の我が国では、伯爵以上の爵位を持つ貴族の直系の子女は、最新の学問を学び、ラビンネスト王国側の同世代との交流を図る為、学院に入学することが義務となっている。――まあ、交流とは言っても、どちらかと言えば王国の動向を探るといった類のものだが。


 ちなみに入学は義務付けられてはいるが、卒業までは義務ではない。そこはそれ、家の事情や個々の資質の問題で出来るかどうかは分からないから。なお、私はちゃんと卒業している。騎士科を優秀な成績(・・・・・)で、である。


 そしてそこで、私はとあるラビンネスト王国民と知り合ったのである。


 出会いの印象は――今となっては大分上書きされてしまっていると思うが――お世辞にも良いとは言えなかった。まあ、後で聞いた話では、それはお互い様だったようだ。


 私はラビンネスト王国民を“理屈ばかりこねくり回すだけの、面倒臭い連中”と思っていたし、相手の方も我々のことを“なんでも力で解決しようとする、話の通じない連中”と思っていたらしい。――残念なことに、この時点ではそう的外れな評価でもなかったのだが。


 出逢って以降、私たちは事あるごとに対立した。言い訳をさせてもらうと、何も私たちは望んで衝突していたわけでは無い。どういう訳か集団行動する際や行事等のほとんど全ての機会で、私たちは同じ組になってしまうのだ。呪いか、さもなくば運命のように。


 最初の内は対立していた私たちではあるが、授業や行事はグループ全体として評価されるのだから、協力はせざるを得ない。意外に思うかもしれないが、歩み寄ったのは私の方からだった。なぜなら私は負けるのが嫌いだ。協力することで勝てるのならば、気に食わない者とでも(表面上)手を組むくらいはできるのだ。


 そうやって不承不承ながらも協力して物事に当たっていれば、嫌でもお互いに欠けている部分、そしてお互いの評価すべき部分が見えて来るものだ。それに気づいた後はそれぞれの長所を生かし、短所をフォローすることで、連戦連勝。優秀な成績で卒業することができたのである。


 なお、私は次席卒業だった。忌々しいことに、学院の評価基準がどちらかと言うとペーパーテストに偏っていることが原因であって、負けたわけでは無い。事実、実技の成績に限れば私が首席だったのだ。そう、つまり引き分け。負けたわけでは無いのだ。


 さて、学院在学中に私に婚約の話が持ち上がった。お相手は第二皇子という事だった。


 当時(現在も)皇国には三人の皇子が居て――内一人は女性だ――未だ立太子されていない。全員が次期皇王候補であり、その婚約者は将来の王妃候補ということになるわけだ。


 貴族である以上、政略結婚は義務だ。相手が誰であろうと是非もない。――と、以前の私なら素直に受け入れただろう。しかし学院で学び、それまでとは異なる価値観を知り、私は皇国の将来を憂いていた。


 そんな私であれば皇子の伴侶となり、皇国を中から変えられるのでは? とも考えたのだが、即座にそれは無理だと切って捨てた。なぜなら私は、何処まで行っても脳筋令嬢に変わりは無いからだ。


 基本的な思考が皇国的になってしまうのは、もはや反射的と言っていい。近くで王国的な意見を常に発しブレーキをかけてくれる者が居れば、それに耳を傾けることができるようになっただけで、残念ながら私自身がそういった考え方を自然にできるようになったわけでは無いのだ。


 やはり皇国の体質を変えるには、皇国の外の考え方を持つ者を入れるしかない。そう考えた私は、婚約の件を一時保留にして貰い、帰省した折に両親に直談判することに決めた。


 その結果は――


「ガハハハッ! 確かに、あの軟弱第二皇子にはラビンネストの娘くらいで、ちょうど釣り合いが取れるかもしれんな! 儂もお前をやるのはもったいないと思っておったわ」


「しかし、逆を言えば御しやすいという事でもあります。不満はあるでしょうが、あなたが主導権を握ってしまえばよいのです。ホホホホ……」


 本気だとは受け止められなかった。第二皇子に不満があって、遠回しに断りたかっただけだと思われたようだ。


 どうにも私は――というか、私の家族は、もっと言ってしまえば皇国民は全体的に、他者へ伝えることが下手で、他者の伝えたいことを汲み取る能力に欠けているような気がする。まあそれも学院入学後に気付いたことではあるのだが。


 これは余談になるが、第二皇子は皇国内に於いては細身の方で、主にパワーではなく技巧テクニックで戦うスタイルで、決して弱くは無い。しかし現在の皇国では、分厚い筋肉の鎧をまとい、パワーで相手を圧倒することがトレンドで、今一つ正当な評価をされていない。


 筋肉が付きにくいのは体質のようで、こればかりは本人の努力ではどうにもならないところがある。過去にはスピードと手数で圧倒する戦い方が人気の時代もあったので、そういう意味では不遇と言えるだろう。


 もっとも私と一対一で勝負すれば、十戦して何かの偶然が重なって皇子が一回勝てるかどうかという実力だろう。故に父上から見れば、軟弱者という評価も間違いではない。


 ――ともあれ、結局婚約は成立してしまった。断るだけの明確な理由が無かったことと、同世代に釣り合いの取れる令嬢が居なかったのだ。


 はぁ~。どうしてこうなってしまったのか。








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