#15-06 嵐と共に来る
「図らずも日程が延びたな。であれば、せっかくだ、少し下の島の方も探検……いや、視察しようではないか。天候が悪くなる前に行った方が良いから、支度が整い次第向かおう!」
「殿下……。火山島の方まで視察する必要は無いでしょう。航海の中継地として利用するのは、主に出島なのですから」
「それは……アレだ。……そう! 通常の交易は飛行船ではなく船だからな。停泊するのは火山島、もしくはその近海だろう。どの程度の魔物が居るのか知っておく必要があるのだ」
なるほど。もっともらしい理由をでっち上げたね。やはりこの殿下には、どこかシンパシーを感じるものがあるね! なんて考えていたら、ビミョ~な視線が注がれてるのを複数感じられた。どこからかについては、精神安定の為に確認しない方向で。
さておき、火山島探検に行くならこちらから案内役を数名つけましょう。ついでにお弁当も持ってってくださいな。ああ、作り置きなので時間はかかりませんよ。
――と、そんな感じでリッド殿下はお伴を引き連れ、お弁当持って、火山島探検にウキウキと出かけて行った。ガイド役には久利栖とレティ、カトレアとリドリシアさんが付いた。
私たちとミクワィア商会御一行の全員が驚いたことに、なんとエリザベート殿下も探検隊に同行した。一緒に居なければストッパー役にはなれないでしょう? って、まあそれはその通りなんですけど。
レティ曰く、完璧な淑女ことエリザベート殿下は護身術に関しても完璧で、並の騎士なら一対一なら負けることは無い――勝てるのではなく――のだとか。ちなみに魔物の狩りの経験もあり、母国で開催された狩猟大会に参加したこともあると、意外や意外、アクティブな面もお持ちなよう。
まあ、とは言っても今回は、積極的に狩りをするってことは無いだろう。恐らく、エリザベート殿下を護る必要があるから、無茶なことはできないっていう効果を狙ってるのだと思う。自身の存在自体をブレーキとするわけだ。
あちらはあちらで良しとして、私たちはディナーの準備第二弾に取り掛かる。
リッド殿下に普段通りで構わないとの言質を頂いたけれども、それじゃあカツ丼とお味噌汁と小鉢サラダでいいか、とはならないよねー(苦笑)。それなりのものを用意しないとだし、人数も多いしで、やっぱり準備には時間がかかる。
「考えてみると、こっちに来てから台風とか嵐とかに見舞われたことってなかったわね。ちょっと強い雨くらいならあったけど」
「そういえばそうだね。あ、エミリーちゃん、それだとちょっとタネが多いかも。気持ち少なめにした方が上手く皮を閉じられるよ」
「そうなのですね。うーん、難しいです。お姉様たちみたいに綺麗に閉じられません」
「上手くひだを作るのにコツというか、自分なりのルーティーンができるまでは難しく感じるかもね」
「いや、でもエミリーちゃんは手際が良い方だと思うよ。単純に手の大きさの問題で、作業が難しいだけかもしれないね」
「……悪かったわね。手が大きくても出際が悪い方で」
「そんなことは思ってないさ。鈴音のも……、個性的な形で僕は好きだよ?」
「それはどーも(棒読み)。ねえ秀、知ってる? 形容詞に困った時、大抵使える便利な言葉が“個性的”なのよ?」
「いや、それはー……、うん、まあ、あははは」
「笑って誤魔化すなー!」
「「「あはははは」」」
お分かりであろう、本日のメインメニューは餃子である。イノブタやランドワイバーンやエビ――贅沢に島で採って来たイセエビ!――を使ってそれぞれタネを作り、数種類の餃子を皆で量産中。おしゃべりしながらだと、単調で延々と続く作業も結構楽しい。
餃子の他は炒飯と蟹玉で、なんとな~く中華な感じで。調味料の関係で中華で統一とはいかないのがちょっと残念なんだけどね。他は唐揚げとかサラダとかの定番メニューを何品か。
今日は家庭的な料理で良いってことなので、エミリーちゃんも料理に参戦。一生懸命な様子が和みます。着実に上達してるし、秀が手際の良さを誉めていたのも本当のことだ。
ちなみに鈴音の作業がビミョ~なのもまた本当。なにかこう、ちょっと不格好だったり、大きさにブレがあったりで、上手という評価にならない感じなんだよね。平均すると及第点にはなると思うんだけど。
まあ誰しも苦手なものあるから、あんまり追及しても仕方がない。なので話を最初に戻しましょう。
「エミリーちゃん、メルヴィンチ王国ってもしかして台風が来ないの?」
「上陸することは滅多に無いです。コルプニッツ王国側に抜けてしまう事が多いので、西部の街で被害が出たという話を耳にすることがあるくらいです」
ほほ~、なるほど。本当にエミリーちゃんはよく勉強をしている。料理中なのでナデナデしてあげられないのが残念。
シャーリーさんが補足してくれたところによると、夏に発生する台風は東の海に抜けて行くことも多いらしく、東の大陸との貿易は夏以外で行う傾向があるのだとか。
「それから今の時期は、台風のシーズンからは少しズレます。根拠のない、どちらかと言うと迷信めいた話なのですけれど、こういった季節外れに起きる台風は、何かとんでもないものを呼び寄せる……、と言われています」
声を潜め気味に、まるで怪談話をする風に語るシャーリーさんの言葉に、キッチンが不意にしんと静まり返る。
ガタガタガタッ!
強い風でも吹いたのか不意に窓が音を立て、思わず全員の視線がそちらに向いた。なんとな~く不吉な予感が漂う。舞依とエミリーちゃんがススッと一歩ずつ、両側から私の方に近づいて来た。
「ま……、まあ今回は大丈夫なんじゃない? なにしろ既にとんでもないものは来ちゃってるし」
「確かに。大国の王太子御一行がふらりと訪ねて来るのは、十分とんでもないことだね」
だよねー、と力の無い笑い声で不穏な空気が霧散する。今頃火山島でリッド殿下がくしゃみをしているかもね。
――と、この時はこれで話が流れてしまい、すっかり安心しちゃってたんだよね。
火山島探検チームは三時頃に無事帰還。特に問題は無かったようで良かっ――え? 問題はあった? リッド殿下が自分専用の騎獣にするのだと言って、ランドワイバーンを生け捕りにしようとして、説得が大変だったと。あー、それはなんというか、お疲れ様です。
その後は本来の予定である、浮島をご案内。そしてリッド殿下のご希望通りに普段の食卓と同じ感じ――メニューはいつもより豪華――で夕食を。いつもの、とは言っても、人数も多いし宴会って感じになってたけどね。
夕食後は昨夜できなかった男女別での社交っぽいことをやってみた。レティもエリザベート殿下と久しぶりで嬉しかったみたい。シャルロットに「お姉様たちばかりズルい!」と言われそうねと二人で笑っていた。
そんな感じで、外の荒れ模様を他所に、和気藹々とした楽しい夜でした。めでたしめでたし。
…………
――と、なればよかったんだけど、ね。
翌朝、朝食を終えたところでファルストから報告が上がって来た。
思ってたよりも風雨が強かったので、リスフィスを除く文官四人で二台の軽トラに分乗し、島の様子を見て来て貰ってたんだよね。あくまでも念のために。なおリスフィスが除外なのは、戦闘にも力仕事にも向かないから。適材適所。無理をすることはありません。
で、その内容っていうのが、島に漂着していた若い女性が一名いて救助(収容)してきたというから、さあ大変。身なりや容姿からそれなりの身分がある思われ、呼吸はあるけど、意識不明だそうだ。
大急ぎで城の客室の一つに運び込み、女性陣でざっと体の様子を確認して打撲や傷の類は魔法で治療しておく。
「これで取り敢えずは大丈夫。後は目覚めてから事情を聴いて……だけど、これで記憶喪失だったらもう出来過ぎだよねー。間違いなく事件の入り口だ」
「怜那」「不謹慎よ」
舞依と鈴音のジト目が突き刺さる。うん、事故に遭った彼女のことを考えれば、さすがに不謹慎過ぎたね。反省しましょう。
「ゴメンナサイ。……ってレティ、どうしたの? まじまじと見つめて」
「いえ、その、この面差しにどこか見覚えがある気がして……。と言っても、この方と直接面識は無いと思うのですけれど」
「という事は絵を見たとかかしら? いずれにしてもレティがそう言うなら、間違いなく貴族のご令嬢よね」
「はい、それは間違いないと思います。衣服に紋章の刺繍がありましたから。特徴からロンドリーブ皇国の上位貴族だとは分かるのですけれど、私ではそれ以上は……、勉強不足ですね。恐らくリズ姉様とリッド殿下なら、家名まで分かるのではないかと」
それじゃあお二人に協力を仰ぎましょう。意識の無い女性の顔をリッド殿下に見てもらうのはどうかとも思ったんだけど、緊急事態だからということで大目に見てもらおう。身元が分かれば、それ相応の対応ができるしね。
早速、お二人に来てもらい――流石に状況が状況なので、リッド殿下も静かに部屋に入って来た――確認してもらうと、
「ガンドルド侯爵令嬢っ!? っと、失礼した、思わず大きな声が」
「いいえ、殿下。私も驚いて声を挙げそうになってしまいました。一体何故こんなことに……」
意外とあっさり身元が判明した。
それにしても侯爵令嬢とは……。そんな地位の人が、そうそう沈むような船に乗るとも思えない。どうにも厄介事の気配が漂ってる気がするのは、たぶん気の所為じゃあないだろう。
――なんですか、皆さんその目は? もー、だから私が意図してるわけじゃないんだってば!




