#14-14 想定外のことは起こるもので
八月もそろそろ終わり。日本ならまだまだ残暑が厳しくて、九月の半ばまで真夏並みに暑いって年もあったけど、こっちの世界は八月の下旬にもなれば暑さは一段落って感じ。この分なら九月には過ごしやすくなるんじゃないかな。
え? 浮島には季節なんてあんまり関係ないじゃないって? ところが意外とそうでもないんだよね。今は精霊樹の加護で地上に近い環境が保持されてるから、テーブルマウンテン上は割と季節感がある。日差しの強さは変わらないしね。
精霊樹と言えば、加護は相変わらずテーブルマウンテン上に限られてるけど、地脈の方は一番太いのが浮島の上下左右の四隅まで伸びた。隅々まで縦横無尽に巡らせるのはまだ先だけど、順調順調。お陰で大峡谷地帯から移植した自然が、勢いを増してる。そのうち浮島の左側が完全に森になるかも?
浮島左右の平野部は町(居住地)にするつもりだから、あんまり森が拡がらないようにした方が良いかな? それとも一旦拡がるままに任せてしまって、左側は森にしてしまうか。――うん、秀に決めてもらおう(←丸投げ)。
文官として働いてくれることになった――ゆくゆくは住人になる予定――五人は、割とすぐに順応してくれた。若いって素晴らしい。いや、リスフィスちゃんを除いて私たちより年上なんだけどね。
気軽に街に出ることもできないし、仕事時間以外は暇じゃない? って訊いてみたところ、今のところは案外そうでもないのだとか。というのも、意外と暇つぶしには事欠かないらしい。
ファルストとライブスとカトレアの三人は、時間が空くと鍛錬や模擬戦をしていることが多い。ちなみに実力は拮抗している。騎士団に混ざって鍛錬していただけあって、技術的にはライブスが上だ。ただファルストとカトレアは獣人特有の身体能力があるからね。
たま~にそこにクルミが混じってるけど――うん、クルミが本当に強くなっててビックリ。最初に対戦した時、三人の心が折れそうになってたし。
気は優しくて力持ちのドウールは、暇があれば文献を読み漁っている。それって仕事の延長線上じゃないって思うけど、主に歴史関係のもので仕事とは別なのだとか。神聖魔導王国は謎に包まれたまま滅びてしまったから、とても興味深いらしい。
リスフィスちゃんは色々やっていて神出鬼没。本を読んでいることもあれば、舞依や秀に料理を教わっていることもあり、キャニオンデビルを追いかけていたり、エミリーちゃんと一緒にシャーリーさんに礼儀作法を教わってたりする。
軽く聞いた話だと実家では腫れ物扱いで、あまりやりたいことを言えるような状況ではなかったらしい。食事や教育は十分で、虐待やネグレクトでは無かったみたいだけど。だから浮島では気が楽で、毎日が楽しいと言っていた。――表情ではよく分からなかったけど。
楽しんでくれているようなら良かった。とはいえ、何も不満が無いとも思えない。福利厚生の充実は、現代に於いては雇用主の義務と言っても過言ではない。ウチは某ブラック書房とは違うのだよ、ワハハハ。――あれ? 正式名称ってブラ……じゃなくてバラ……なんだったっけ? ま、いっか。
というわけだから、何か不満があったらゆうてみなさいな。言ってしまった後で「贅沢なこと言ってんじゃねぇーっ!(バチーンッ)」なんてことにはならないからさ!
――どしたの、皆? え? そんな前フリみたいなことを言ったら、言い出し難くなるだろうって? いやいや、流石に冗談って分かるでしょ。今時そんな上司がいたら、コンプライアンスがどーのこーのであっと言う間に出世コースから脱落だからね。
「ええっと、そういう上司も少なくないと言いますか……」
「自分が派遣された部署でも、まあまあ居ましたね、そういう方も」
文官補佐をしていた二人が若干目を逸らし気味に言う。そ、そっか、王城内は昭和的風潮なのか。二人とも、大変だったね(ホロリ)。
あー、でも考えてみれば身分差が絶対的な社会だもんね。身分差に役職の上下関係も積み重なったら、そりゃあ下の者は逆らえないって話だ。身分と役職が捻じれ状態になっても、それはそれでやり難そうだし。階級社会の弊害かな。
さておき、私たちにそういう遠慮は無用だから。取り敢えず言うだけ言ってみてよ。
「いえ、本当に特に不満なことは……。あ、ただ強いて言えばちょっと不便なところと言いますか、それも今すぐってわけではないですけれど」
ふむふむ、なるほど。こまごまとした日用品や雑貨などを扱うお店が欲しいと。
今のところ普通に生活する分には寮に引っ越す際持ち込んでいるもので当面不足は無いし、服や靴なんかは必要になれば休みの日に王都へ買い出しに行けばいい。ただ日用品は案外無くなるまで気付かないものだし、かと言ってその為だけに飛行船に乗って買い出しというのは手間だと。
それは確かにそうだよね。言われるまで気付かなかったのは、その手の物は私のトランク内にストックがあるから。特に日本から持ち込んだシャンプーやら化粧水やらティッシュペーパーやらの消耗品は、スロットの機能で増やしてほぼ無尽蔵に使える。そのせいで頭から抜け落ちていたみたい。
何にしても早速対応しましょう。今後も必要になるものだし、躊躇する理由がどこにもないしね。
「取り敢えずの対応としては、城内に購買部を作ればいいんじゃないかな。小さいコンビニみたいな感じで」
「それはいいけれど……、店番はどうするの?」
「今のところはセルフで構わないさ。代金を入れる貯金箱みたいなのを置いておけばいいよ」
「そらセルフっちゅうか、田舎の無人販売所方式やな」
「そうとも言うね」
「とすると、後は設置する場所ね。利便性を考えると寮の近くが良いのかしら?」
でも五人だけじゃなく、鈴音たちも使う機会はあるでしょ? 私はトランクをいつでも使えるから、あんまり無さそうだけど。将来的に人が増えることも考えるなら、庁舎に設置する方が良いんじゃない?
今回はプレオープンのようなもの? ああ、そうか。正式に人員も配置した購買部は、いずれ作るってことね。じゃあ今回は五人にとって一番便利な場所で――
っと、忘れるところだった。探知魔法に浮島に近づいてくるフィディの反応で思い出した。ナイスタイミング。
「ちょっと決定は待って。フィディが連れて来る人達の希望も聞いておいた方が良いでしょ? 丁度今帰ってくるから、聞いてからにしよ……あれ?」
おかしいな? もうあれから半月ほどは経つし、てっきり米作りと酒造りの人材も連れて来るのかと思ってたけど、フィディ一人(一体)しかいない。何かのアクシデントで来れなくなっちゃったのかな? ともかく話を聞いてみないとね。
ちなみに新人五人はフィディを紹介した時、最初こそ「ドラゴン!?」と恐れ慄いたけれど、すぐに割と普通に接する――もちろん上位の者に対する態度でね――ようになった。なんだか私とフィディを見比べて深く頷いてたんだけど、アレは何だったんだろう?
程なくしてフィディが到着。人間形態に変身しつつテラスに軽やかに着地し、両手でバーンと窓を開け放った。
「今帰ったのじゃ! ぬ? お茶会かの? 我にもお茶と茶菓子を用意するのじゃ!」
お茶会じゃなくて一応会議なんだけどね。まあそれはいいとして。
フィディの席に用意されたお茶を一口飲み、本日のおやつであるミルクレープを一口分切り分けてパクリと。
「美味いのじゃ! やはり料理も菓子もここに勝るところは世界中探しても無いの。世辞では無いぞ? 我が言うのだから、間違いないのじゃ」
「それはどうも。……ところで、フィディ一人なのですか?」
「む、そうじゃった」
フィディは一旦フォークをテーブルに置くと、神妙な表情で切り出した。
「人材を紹介する件なのじゃが、想定外の事が起きてしまっての……」
「来られなくなってしまったんですか?」
だったら残念だけど、フィディは首を横に振る。
「いや、むしろ逆なのじゃ。そろそろ頃合いかと思うて訪ねてみると、妾が要請した本人だけでなく、同行を希望する者が十数名おったのじゃ。それも頼んだ両方じゃから、合計で三〇名ほどに膨れ上がっておる。流石にこの人数となると、お主らに相談もせずに連れて来る訳にはいかんじゃろう。ゆえに一旦保留として、帰って来たのじゃ」
確かにその人数となると、ちょっとした集団だもんね。スペースはあるけど、受け入れるにしても準備が居る。
それにしても、一体なんでそんなことに?




