第二話~エルシーの罪~
エルシーは夢を見ていた。
それは、忘れもしない。自分が犯した最大の罪……。
今から五年前の話だ。
兄のアルヴィオとエルシーは、とある山奥にある村で暮らしていた。人口はそれほど多くはなかったが、自然豊かな村で、動物達とも仲良くなり、なによりも家族がいるから寂しくはなかった。
兄であるアルヴィオは戦いという才能に恵まれた存在だった。
村でも、いや世界でも絶対通用するほどの強さを持っていたのだ。若干五歳で、中型の魔物を一人で倒したのは村で騒がれたほど。
兄がこうなら妹も? と期待されていたが……エルシーにはそんな才能はなかった。
才能がある者が兄だとどうしても比べられてしまう。だが、アルヴィオは気にするなと。お前は、お前にしかできないことをやればいい。
お前が笑顔で居る限り、俺はどこまでも強くなれる。
そんなアルヴィオの言葉に、エルシーは自信が出てきた。兄がもっと強くなれるように、自分は笑顔を絶やさず、自分にできることをやっていこう。
家事全般や、勉強などにその頃から力を入れた。戦闘ではだめでも、それ以外だったら。
そして、五年前の罪を犯した日。
いつものように、アルヴィオは村の周りを見回っていた。最近は、魔物も活発化しているようで、いつも以上に朝早くに出ていた。
頑張っているアルヴィオを支えるためエルシーも負けじと朝早くから食材を取りに森へとやってきてきたのだが……。
「なんだろう?」
鉄同士が激しくぶつかり合う音に、木々が次々に倒されていく音など多くの音が森中に響いていた。
まさか、アルヴィオが?
応援したい。
でも、戦い中に自分が出て行ったら絶対邪魔になる。どうしようと悩んでいると。
「わわっ!?」
目の前に木々が、計り知れない衝撃により薙ぎ倒され、そこに姿を現したのは見たことのない装備を身に纏ったアルヴィオだった。
エルシーにもわかる。
苦戦しているようだ。ずっと兄は最強だと思ってたエルシーにとっては、苦戦しているアルヴィオを見るのはどうしても許せなかった。
だから、軽薄な行動をとってしまったのだ……。
「が、頑張れ!! 兄さん!!!」
「エルシー!? どうして、こんなところに!?」
一瞬。
一瞬だけ、視線を外してしまったアルヴィオ。その隙を、戦っていた相手は見逃しはしなかった。不気味なオーラを、アルヴィオへ。
ではなく、エルシーへと放ったのだ。
「え? あ、あぁ……!」
動けなかった。今まで、魔物と一度も戦ったことがなかったエルシーにとっては戦の恐怖などこれっぽっちも知らない。
更に、アルヴィオですら苦戦していた敵の攻撃だ。
まだ十歳の少女が、簡単に動けるはずもない。
その攻撃をまともに受けてしまったエルシーは軽く吹き飛ばされてしまう。
「しまった!? エルシー!!!」
アルヴィオの声が聞こえる。
だけど、意識が遠のいていく。
「この野郎!!!」
怒り狂うアルヴィオ。
その後一体どうなったのかはよく覚えていない。だが、エルシーは理解していた。
(あぁ……私、このまま……死んじゃうんだ……)
もはや痛みという感覚がない。いったい、自分がどんな状態なのかわからない。それでも、命が尽きていくのは理解できた。
「―――ルシー! おい!!」
消えゆく意識の中で、アルヴィオの声が聞こえる。
涙目の顔が見える。
もう……一緒に居られなくなってしまう。あの時、何もせずすぐ逃げていればこんなことには。
そんな後悔をしながら、エルシーは。
「待っていろ! 今、俺が……!!」
温かい。
とても温かく、力強いものが流れ込んでくる。失われようとしていた命が、徐々に回復していく。そのおかげもあって、意識がはっきりとしてきたエルシーの視界には必死に自分の体に魔力を流し込んでいるアルヴィオの姿が映った。
「だめ、だよ……そんな、ことしたら……兄さんが」
・・・★・・・
「……またあの夢」
目が覚めると、そこはハウス内の寝室だった。むくりと身を起こし、左隣を見ると気持ちよさそうに眠っているアルヴィオの寝顔が見えた。
くすっと笑いながら、エルシーはクローゼットへと歩み寄っていく。
そのまま真っ白なパジャマを脱ぎ、動きやすい部屋着に着替えていく。
(あの日から、私は強くなった。でも、代わりに兄さんが弱くなって……)
未だに気持ちよく眠っているアルヴィオを起こさないように、エルシーは寝室から出てく。
(弱くなった、だけじゃない。なんだか、気が抜けたようにふんわりとした性格になって……)
階段を下りて、洗面所で水を流す。
その流れる水をじっと見詰めながらエルシーはぎゅっと手に力を入れる。オーファンで冒険者になろうと思ったのも、罪滅ぼし。
兄との約束を果たすため。
自分のせいで、弱くなった分、自分が強くなって見せると。
「ふう……。さて、今日の朝食は何にしようかな」
昔から磨いてきた家事能力に加えて、アルヴィオから授かった力。今でこそ、完璧超人や期待の新人冒険者と言われているが、全然嬉しくはなかった。
あの日がなければ、今の自分はいない。
「おはよぉ、エルシー」
「あれ? 今日は早いんだね、兄さん。まだ朝食はできてないよ」
朝食を作っている間に、珍しくアルヴィオが一人で起きてきた。いつもは朝食が出来てから、起こしに行かないと起きないのに。
「いやぁ、なんだか。今日は、やるぞー! て感じなんだよな」
「ふふ。兄さん、かっこいい!」
「だろー」
気合が入っているようだが、そう見えない。
でも、それが今のアルヴィオ。
力のほとんどをエルシーに分け与えてしまったせいで、普段は初心者にも馬鹿にされるほど。
(だけど。それでも、兄さんは強い。ほんの僅かな時間だけでも……)
とある条件を果たせば、兄の中に残っている力を目覚めさせることが出来る。それを開放すれば、今の自分など相手にならないほど強くなれる。
その代わりに、力を使い果たせば身動きが取れなくなってしまうのが難点だが。
「それじゃ、朝食が出来る前に。顔を洗ってきて兄さん。すぐできるから」
「はいよー」
朝食の準備ができたエルシーは、端末をチェックし始める。
ギルドへと訪れずとも、端末で今日はいったいどんなクエストがあるのかをチェックすることができるのだ。それにより、やりたい依頼がなければギルドへと訪れない冒険者も少なくはない。
「今日は、魔物討伐のクエストが八件に。採取のクエストが七件。その他の雑用が十二件か」
その他の雑用とは、屋根の修理や猫探し、畑の仕事の手伝いなどが主だ。初心者は、大体この辺りから初めて、徐々に魔物討伐へと移行していく。
冒険者は、ただ魔物を倒すだけじゃない。素材を採取したり、街の人達のために雑用もこなしたりもすることで、信用を得て、初めて冒険者と呼ばれる。
中には、魔物討伐だけを生業とする者達もいるが。エルシー達も最初は雑用から順当のこなしていき今のランクまで駆け上がったのだ。
「お? 今日は、なんかいいクエストあったか?」
顔を洗い着替えてきたアルヴィオが顔を覗かせる。
「今日は、採取クエストに行ってみようかと思うんだけど。どうかな?」
「採取か。それだったら、俺得意だぞ。任せてくれ!」
「うん、頼りにしてるよ兄さん。それじゃあ、体力つけるために朝食をしっかり食べないとだね」
「おう」
いくら償おうとも、簡単に自分の罪が消えるわけじゃないことは理解している。それでも、強くなりあの時のアルヴィオまで辿り着けば……少しは。
毎日そう思いながら、エルシーは冒険者としてアルヴィオと共に生活をし続けていく。