第六話~甘い甘い戦場へ~
「はあ……」
「ルチルさんがため息?」
丁度クエストを終えて、ギルド側に報告を終えた時だった。青い鎧と金髪が目立つ冒険者ルチルが、ため息をついていたのだ。
それを見て、エルシーはもちろんのことアルヴィオも驚いている。
なにせ、ルチルは悩むよりも行動をするタイプだ。
そしてなによりも、本人は当たり前なことをしていると言っているが、結構なお節介焼き。新人が入れば、血気多感に難しいクエストへといきなり行こうとすれば、それを止めてお説教をする。
冒険者達が喧嘩をしていれば、それを力でねじ伏せお説教をする。
実力派の冒険者だが、魔物討伐だけではなく素材採取から雑用までAランクだというのに何でもこなしていく働き者。
二人が知っている限りでは、悩んでいるような様子は一度も見たことが無い。
そんなルチルのため息姿を見てしまった。
「あの、ルチルさん? なにか悩み事でもあるんですか?」
冒険者になり立ての頃は随分とお世話になった先輩だ。
エルシーは、心配になり即座に話しかける。
「別に大したことじゃないわ。大丈夫よ。ほら、気にしないでクエストに行きなさい」
心配させまいと言葉を返すが、エルシーはルチルの隣に座りじっと見詰める。
「気になってしょうがないんです。私では、力不足かもしませんが。悩み事があるなら、話してみてください!」
「そうだよ! そうつんつんしてないでさ!」
逆隣に、ティカが座り自分のマフラーでルチルを擽る。
「別につんつんなんて」
「あなたは、少し人に何かを打ち明けるということを覚えたほうがいいと思うわ。そうじゃないと、その重荷がどんどん積もって押し潰されちゃうわよ?」
と、正面の席にミザリィが座り込み、最後には。
「そうそう。いつもお前には世話になっているんだ。たまには、俺達に悩みを打ち明けて助けれる側になってみればいいんじゃないか?」
アルヴィオも座り、小さく笑う。
「あんた達……ふっ、しょうはないわね。たまには、助けられる側になってあげるわよ」
「はい! 全力で、ルチルさんを助けます! それで、お悩みというのは?」
「実はね」
アルヴィオ達の集中攻撃に、降参したルチルが語った悩みとは。
・・・★・・・
「うっ! もう、だめ……」
「ミザリィ!? こ、こうなったら私が!!」
「エルシーさん! 無茶は禁物です! これはチーム戦。それに、まだ押し寄せてきます!!」
「……なあ、ルチル」
「なによ!! あんたも休んでいないで、自分の役割をちゃんと果たしなさい!!」
「いや、だってこれって」
アルヴィオ達は、ルチルの悩みを聞いてとある場所で戦っていた。
最初聞いた時は、驚愕したものだ。
いや、今でも驚愕はしている。
なにせ、今いる戦場は。
「追加入りまーす。三段チョコケーキでーす」
「きたわね! さあ、アルヴィオ! 食べなさい!! 後、二つなんだから!」
ケーキ屋。
普段は、普通にケーキを買っては店内で優雅にそれを食したりする場所。しかし、ある一定の時期になるとそこは戦場と化すらしい。
それが今。
この店にある全てのケーキを食した者達に、賞金と謎の包まれた追加商品。それを手に入れるため、戦士達はここへと集結する、とルチルは語っていた。
ケーキの種類は、三十種類。
他にも世界中には何十種類ものケーキが存在しているが、この店で扱っているのは三十種類まで。他にもケーキ屋があり、こことは違うケーキを売っているが……そこは戦場にはならない。
この店だからこそ、戦場になっている。
ちなみに参加人数は最高で四人までで、ケーキにも限りがあり、参加する戦士達は応募した者達から店で選ぶらしい。
「あらあら、頑張りますねぇ。さすが、ルチルちゃんが集めてきた清栄さん達ですねー」
現れたのは、薄い金色の長髪が似合うおっとりとした女性。
服を着ていてもわかるほどの張りがあり大きな胸に、可愛らしいエプロンを身につけくすっと笑う。
「ふっ。この子達は、この【オーファン】の期待の新人達。あ、一人だけ違うのがいるけど。まあそんなことはどうでもいいわ。覚悟しなさい、母さん!!」
「今は、店長と呼んで欲しいですねぇ、ルチルちゃん」
ここは、ルチルの実家。
そう、ルチルはケーキ屋の娘だったのだ。だからこそ、本当は四人までなのだが特別枠としてルチルの参加も認められた。
ルチルの母親であるルミエ・エフェアルタは、オーファンで知らない人などいないと言われているケーキ職人。
そのケーキを食すために、大陸中から客が押し寄せてくるほど。だが、ルチルはケーキ屋になろうとはせず父親と同じく冒険者の道を選んだ。
料理は人並み程度にはできるのだが、それ以上に戦いの才能に溢れていた。
昔から、喧嘩っ早く、男勝りな性格もさることながら、ケーキを作るよりも魔物を倒したり、体を動かしていたほうが向いていたのだ。
そんなルチルだが、この時期になると必ずこの戦場へとやってくる。今日までは、一人で戦っていたのだがやはり限界というものがある。
いくら、クエストや特訓などで動き、普通の人よりも食べれるとはいえ、ここまでの甘いものを食べていれば気分も悪くなったり、腹も自然と膨れてくる。
なので、毎回途中でリタイヤしていたのだが……。
「ちょっと! アルヴィオ! そんなちまちま食べていないでもっとこう大口で行きなさい! 男でしょうが! たまには、だらだらしてないで男らしいところ見せてみなさい!!」
口元をクリームだらけにしながら、ルチルはちまちま食べているアルヴィオに対し説教をする。そうは言っても、残りのメニューを見る限りホールケーキがひとつ残っているんだが……と頭を掻く。
「くっ! ど、どうやら私も限界、のよう、です……後は、たの」
「エルシー!! よくやったわね、エルシー。ゆっくり休んでなさい」
ケーキが突き刺さったフォークを握り締め、エルシーが次に倒れる。
「……やるか」
妹が倒れた。あのエルシーがだ。エルシーが倒れる姿など、力を分け与えてから見たことがない。いつも、強く、気丈に振る舞い、笑顔でアルヴィオを養ってくれていた。
そんなエルシーの姿を見て、アルヴィオはきっと目つきが変わる。まずは、エルシーが残したケーキを食べ、追加されたチョコケーキを。
「やってやる!!」
一気にホール食い。
その姿は、いつものアルヴィオではない。いや、指輪をはめていないので力を解放したわけではないのだが……それでも、のほほーんとしているアルヴィオから一変やる気に満ちたアルヴィオへとなった。
その姿を見て、ルチルはふっと小さく笑う。
「やればできるじゃない!! ティカ! あんたもまだやれるわね!」
「も、もちろん! まだまだいけるよー!!」
ティカはよく食べるほうだ。しかし、ここまでホールケーキを一人で三つも食べている。よく食べると言っても限界というものが人間にはある。
笑顔を見せるが、どう見てもきつそうだ。
ルチルもルチルで、そろそろ入りきらなくなってきている。
「ぐっ!」
手が止まってしまった。
まだいける。そう思っていたのに、止まってしまった。隣に座っているティカを見るも、すでに倒れている。
(ここまで来て……後、ホール一個なのに!)
「……なあ、ひとつ聞いていいか」
すでに、一人ホールケーキをひとつ平らげていたアルヴィオが突然問いかけてくる。
「お前にとって、この先にある商品っていうのはそれほどいいものなのか?」
「……ええ、そうよ」
「そう、か」
それだけを聞いて、アルヴィオは最後のホールケーキをルチルから奪い取り、口の中へと次々に放り込んでいく。
「あ、あんた」
「言っただろ? たまには助けられる側になってみろって。ここは……俺に任せろぉ!!」
アルヴィオは食べた。食べて、食べて……ついに。
「ふっ」
平らげた。最後のケーキを平らげた瞬間、ルミエはちりんちりんっとベルを鳴らし、戦の終わりを告げた……。




