第29話 偽物君の出番はここまでさ?
会議は謁見の間にて行われる。
アレクたちは事実を確認しようと、急いで謁見の間へ向かった。
相変わらず、シャレットはアレクを抱えたままだが、文句は言えない。むしろ、楽が出来るので得したと考えることにする。というか、そう考えないとやっていられない。
「…………!」
だが、先を急ぐアレクたちの前に濃紺の軍服をまとった兵士たちが現れる。王国騎士団の者たちだ。ここで捕まると厄介なことになってしまう。
「どうしよう」
「強行突破ですか?」
うろたえるアレクに対して、エルは鼻息荒く意気込んでいる。エルがこんなに行動的な性格だとは思っていなかった。なんだか、怖い。
とはいえ、現状を打開する必要がある。もしかすると、会議を予定通り行おうとしたのは、アレクを誘い込むための罠だったのだろうか。そんなことも頭を過ぎった。
シャレットがアレクを下して、片手でナイフを取り出そうとする。しかし、その前に兵士たちは自ら得物を下げてしまった。
どういうことだと訝しく思っていると、兵士の一人が頭を下げる。
「エアハルト殿下からのご指示です。こちらへどうぞ」
エアハルト?
思わずエルを振り返ると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。どうやら、本物のエアハルトの指示のようだ。
「どういうことなんだよ」
「さあ、私にはわかりませんね。エアハルト殿下に出し抜かれていないことを祈るばかりです」
そうだ。エアハルトが反対派に寝返っている可能性を全く考慮していなかった。そもそも、エルを身代わりに立てたのはエアハルトだ。最初から囮にするつもりだったとしたら……。
しかし、エルの前でそんなことは言えなかった。少しだけ表情を曇らせるエルの横顔を見据えて、アレクは不安を感じる。
「行きましょう」
やがて、エルが決断して宣言した。彼女は迷いない足取りで、兵士たちの案内に従った。アレクたちも彼女に続いて歩く。
三人が通されたのは、玉座の袖だった。
丁度、国王が座についたところで、会議の開始が宣言されていた。
部屋の隅に隠れて、アレクたちは息を潜める。
「このたびは、会議のためにご足労頂き、誠に感謝致します。遠方より遥々お越し頂いた方々もおりましょう」
宰相が挨拶をすると、長机に並んだ貴族たちが立ち上がり、一礼する。この中に、反対派の貴族も混ざっていると思うと、アレクは自然と好意的な目を向けることは出来なかった。
「今回は諸々の議題へ移る前に、火急的速やかに話し合うことがございます」
宰相が宣言しても、貴族たちは顔を見合わせることなく、淡々と時を待っている。
議題を知らない者はいない。
更にこの中には、それを首謀した者もいるのだ。
「僕の命を狙った犯人が捕まったとか」
突如響き渡った声に、広間が静まる。
驚いて声のする方へ視線を向けると、ここにはいる予定のなかった人物が立っていた。王宮騎士団長の紅いマントが揺れ、夜を宿した黒髪がしなやかに跳ねる。
エルとそっくりな容姿――エアハルト王子だ。
「報告では、花嫁の姿に扮したルリスの暗殺者だと聞いているが、それは本当ですか?」
エアハルトは、まるで何気ない談笑をするように笑うと、広間の中心へ歩み出た。その様子を見守りながら、アレクは出来るだけ見つからないように身を乗り出す。
「捕まえた令嬢を調べたところ、男であったそうです。これから、この場で証明してみせましょう」
立ち上がったのは、今回の議題を提出した貴族だろう。
グリューネに来た初日、アレクの陰口を叩いていた貴族の中に、こんな男がいた。確か、シュヴァイツァー伯爵だったか。
様子を見るに恐らく、事件に一枚噛んでいる。そんなことはわかり切っているが、今のままでは覆せない。
「僕の婚約者が男だって? 本当にそうだったら、僕も笑いものですね。男など、娶れるはずもないでしょう?」
貴族たちを嘲笑うように、エアハルトは肩を竦めて笑ってみせた。含みのある笑い方だ。
「では、本人に入室して頂きましょう」
一方の貴族も自信満々に言い放ち、扉を見遣る。それと同時に、両開きの大きな扉がゆっくりと、音を立てた。
アレク本人は、ここにいる。議会がはじまるはずがない。偽物を用意するにしても、アドリアンヌの顔は皆に知られてしまっている。エルが不安そうにアレクに視線を送ってきた。
だが、広間に現れた人物を見て、アレクもエルも驚きを隠せなかった。
「アドリアンヌ・ド・ベルモンドです」
燃えるような黄金の髪が光を跳ね返し、青空色の瞳が優しげな微笑を描く。
名前を呼ばれて顔を上げた人物――本物のアドリアンヌは薄く笑うと、優雅に一礼した。
「わたくしが女であると、証明すればよろしいのかしら?」
アドリアンヌは少し恥じらう振りをしながら、大きく開いた胸元を見せつけるように扇子を閉じた。
誰もが男とは思えない美貌に目を奪われる。いや、あれは間違いなく本物のアドリアンヌなので、そもそも男ではないのだが。
一瞬、エアハルトがこちらを振り返って笑ったような気がした。
ここで、本物のアドリアンヌを出すとは思わなかった。まるで、最初からこの事態を見越していたかのような対応に、アレクは舌を巻いてしまう。
花嫁が実は男の暗殺者だったという、あちら側の言い分は通らなくなる。反対派の計画は、エアハルトによって完全に潰されてしまったのだ。
「安心出来そうですね」
胸を撫で下ろしてエルを見遣る。
すると、彼女は兄の手腕に見惚れて眼をキラキラと輝かせていた。そして、「やっぱり、ハルはすごいです。伝説の魔法使いですから、当然ですけれど!」などと呟いている。もう突っ込むのが疲れた。
「せっかく良い格好をしようとしたのに、結局は美味しいところを殿下たちに持って行かれたということですね。アレク様」
「な、なにッ……」
締め括るように笑ったシャレットの一言が、アレクの胸に痛烈に突き刺さった。