第28話 女装は不可抗力ですけどね!?
二人の様子を見て、アレクは胸を撫で下ろす。
ギーゼラが非情にエルを突き放さなくて良かったと思う。
エルは従者を信じていたし、こんな展開など望んでいなかったはずだ。これ以上、悲しそうなエルの顔なんて見たくなかった。
「い、いッ……」
だが、安心したせいか、我慢していた背中の痛みに耐え切れず、情けない声を上げてしまう。そういえば、服に血も滲んでいるようだ。
「ア、アレク、大丈夫ですか!?」
気づいたエルが慌ててアレクの隣に歩み寄る。ギーゼラは泣きながら座り込み、逃亡の意思はないようだ。
「わ、私が無理をさせてしまったのでしょうかっ? あ、あの、本当にごめんなさい……また助けて頂いて……」
「エルのせいじゃなイデデデ……ちょっと、休みたいかも」
アレクが表情を歪めながら座り込むと、エルがあたふたとして彼の身体を支える。女の子らしい柔らかな腕がアレクに触れ、体重を支えてくれた。
頼りないが、何処か力強い感覚が心地良くて、アレクは目を閉じそうになってしまう。
「アレク、寝ては駄目です」
心配になったのか、エルがアレクの頬を少しだけ叩く。この程度では死なないから大丈夫だというのに。けれども、そう告げようとして、アレクは言葉に詰まった。
エルの大切な人たちは戦争で帰ってこなかったらしい。そのせいで頑なに男を嫌って、自分の前からいなくならないでくれと願っていた。
アレクも同じようにいなくなってしまうのが怖いのかもしれない。
「大丈夫ですよ。俺は、いなくなったりしませんから」
ヘナリと情けない笑い方になってしまったが、アレクはエルを安心させようと試みる。
「約束しましたから」
エルはそんなアレクを見て、唇を震わせた。
「そうですね……約束しました。アレクは女の人の振りをする嘘つきですけど……私は信じています」
「女装は不可抗力ですけどね!?」
妙に会話がズレた気がして、アレクはガックリと肩を落とす。
けれども、優しい手つきでエルが髪を撫でてくれたのが気持ちよくて、再び瞼が重くなる。青空色の瞳を閉じて、アレクは安堵の笑みを浮かべた。
「お疲れのところ、申し訳ありません。アレク様」
今度こそ心地良く目を閉じようとしていたアレクの邪魔をしたのは誰の声か。聞き覚えのある声。いや、聞き慣れすぎて耳にタコが出来るくらいだ。
慌てて起き上がると、シャレットが困った顔で見下ろしていた。
「ああ、お洋服をこんなにしてしまって。まったく、困った人ですね。令嬢はこのように足を露出させるものではありませんよ?」
「シャレット、お前……なにしてたんだよ! っていうか、俺は令嬢じゃないし!?」
アレクは抗議の声を上げながら立ち上がろうとする。完全に傷口が開いて閉まったらしく、背中に耐え難い激痛が走り、低く呻きながら蹲ってしまう。
その様をよく観察して、シャレットはほくそ笑んだ。
「アレク様を探していたところです。間もなく、会議がはじまってしまうと聞きまして」
シャレットが懐中時計を取り出して指差した。会議は当初の予定通りの時間に行われるようだ。
「え? なんで?」
肝心のアレクがいなければ、会議ははじまらないはずだ。それとも、他の議題について話し合うのだろうか。
だが、少しも時間を延期せず、予定通りにはじまるのはおかしい。
エルも同じことを考えていたらしく、難しい表情を浮かべていた。
「確かめに行きましょう」
エルは一言発するなり、素早く立ち上がる。
なんだかんだ行動派のお姫様に、アレクもついていこうと足を踏み出す。しかし、立っているのも辛い痛みが全身を駆け巡った。
手負いで奮闘したが、ここで限界のようだ。むしろ、今までよく無茶したものだと自分でも感心する。
「やれやれ、世話の焼ける人ですね。格好つけようと、ご無理をなさるからです。身の丈という言葉をご存知ですか?」
シャレットは肩を竦めると、激痛のため硬直しているアレクの身体に触れる。そして、なんの躊躇もなく、ひょいと軽々抱き上げてしまった。お姫様抱っこで。
「な、なにしてんだよッ!」
「お嫌なら、置いていきますが?」
「それも嫌だけど、これはない!」
男に抱き上げられて嬉しいわけがあるものか。
そりゃあ、見た目はドレスを着た女にしか見えないかもしれないが、アレクはれっきとした男だ。配慮してほしいものだ。
「そうは言われましても……アレク様がドレスの裾をこんなにバッサリ切り落としてしまったせいで、背負うと中身が見えてしまいます。アレク様自身は気になさらないかもしれませんが、流石に女性物の下着が見えた状態では……」
「なにその、俺が全面的に悪いみたいな言い方!?」
とはいえ、シャレットの言うことは正論で。傍から見ると女に見えるアレクのスカートの中身が見えた状態で移動するのは、道徳的に良くない気がする。しかも、男である。
「……私も鍛えてみた方がいいでしょうか」
シャレットに抱えられたアレクを見て、エルがポツンと漏らす。
意図がよくわからないが、男らしくなってみたいということなのだろうか。そういうことにしたい。
「私もアレクのことを抱えて歩けるようになりますっ!」
エルは何故か頬を仄かに赤く染めながら、気合満々で拳を握ってみせた。その動作は非常に可愛らしくはあるのだが、どうにも解せない。
なんだか、男としての立場を奪われた気がしてならなかった。




