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第15話 俺だって、それなりに!

 

 

 

 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 ここは、いったい?

 考えているうちに視界が鮮明に晴れていき、意識が徐々に浮き上がった。


「アレク様」

 安堵するシャレットの顔を見て、アレクはようやく、ここが自室だと気がつく。

「シャレット……エルは? 彼女は無事なのか?」

 アレクはエルの姿を探して起き上がろうとした。しかし、背中に激痛が走って、悶えるように寝台へ落ちてしまう。

「エルフリーデ殿下や他の王族にお怪我はありません」

「そっか、よかった……」

 シャレットの言葉に安堵して、アレクは思わず笑みを零す。


 あのとき、天井でなにかが光っていることに気がついた。

 嫌な予感がして声を上げた途端にシャンデリアが落ち、そのままエルを突き飛ばしたのだ。

 気がついていなければ、エルもアレクも一緒に下敷きになっていたかもしれない。そう思うと、背筋が凍った。


「アレク様」

 シャレットが神妙な面持ちで寝台の横に跪く。何事かと思って目を見張ると、シャレットはそのまま深く頭を垂れた。

「ちょ……なにやってんだよ、お前らしくない」

「お許しください。またアレク様をお守り出来ませんでした」

「シャレット?」

「医師によると、お背中に受けた傷は一生残るそうです。私が仕えていながら、アレク様を庇うことすら出来ませんでした。申し訳ありません」

 いつも軽口を叩く生意気な従者ではなく、従順な執事。

 崇高で神聖なものを見る眼差しを向けられて、アレクはどうしたらいいのかわからなくなる。調子が狂って仕方がない。


「お前が気にすることないって。俺が勝手に飛び込んだわけだし」

「それでも、アレク様に傷を負わせたのは、私の責です。かくなる上は、私はもう一度執事修行に――」

「いや、お前どんだけ特技増やす気なの!? これ以上、要らないだろ!? 傷って言ったって、背中だし? 顔とかは、ちょっと嫌だけどさ……女じゃないんだから、別に気にしないよ。むしろ、勲章? 傷の男とか、渋くてカッコイイだろっ。なんか、強そうだし」

 アレクは明るく振舞ってみせながら、身体を起こした。洒落にならない激痛が背中を走り、傷の大きさを悟る。

 自分が勝手に飛び込んで負った傷だ。シャレットに責任があるわけではない。アレクには、彼を責める理由がなかった。


 シャレットには感謝している。

 いつも、アレクの助けになってくれるし、使用人でありながら、友人のような真似事にも付き合ってくれた。いや、友人として接しても良い距離を保ってくれている。

 幼い頃は世継ぎになれないという理由で、友達も取り巻きも寄りつかなかった。皆、兄にばかり取り入ろうとして、アレクの相手など誰もしなかったのだ。おまけに、双子の姉が社交界で幅を利かせていたせいで、同じ顔のアレクはとんだ風評被害を被ったこともある。


 誰からも期待されないし、誰からも必要とされない。

 今は騎士団仲間や社交界仲間もそれなりにいるが、幼いアレクを支えてくれたのはシャレットだったと思う。剣術を最初に教えてくれたのも、彼だ。

 幼い頃、長兄との勝負に勝てたら、正式に騎士となるための勉学を積んでも良いという許可を取り付けていた。そして、見事勝利出来たのは、シャレットが相手をしてくれていたからだろう。


「大丈夫だよ。お前って、意外と心配性なんだな。それより、喉渇いたんだけど。お茶でも入れてくれる?」

 暗い話はおしまいだ。そういう意味を込めて、アレクはわざとらしく笑いながら飲み物を要求してみせる。

 シャレットは、しばらく不安そうにアレクを見上げていたが、やがて、スッと立ち上がって微笑した。

「お身体が休まるように、ハーブティーをご用意しましょう」

「砂糖も入れてくれよな」

「……アレク様はお子様味覚であらせられますからね」

「やっぱり、嫌味言われるムカつくな」

 軽口を叩いて笑い合う。


 直後、部屋の扉を叩く音がした。

 見舞いの者だろうか。シャレットが扉を開けて、相手を確認しようとする。

 だが、扉を開けた瞬間、訪問者はシャレットの制止を無視して、躊躇なく室内に足を踏み入れた。


「退いてくれないか。僕が婚約者を見舞いに来たって、なにも問題ないだろう?」

 戸惑うシャレットの肩を押し退けた人物を見て、アレクは微笑した。

 夜の色を宿した漆黒の黒髪に、黄昏色の瞳。王宮騎士団長の軍服に身を包んだ姿は、紛れもなくエルだった。

 怪物だの、食われるだの、散々な言われようだったが、なんだかんだ言って彼女が見舞いに来てくれた。

 それだけで、心の奥が温かくなって、嬉しく思える。


「エル……」

「どうも、初めまして。アレクシール君」

「へ?」

 初めまして?

 少し芝居がかった動作で一礼するエルを見て、アレクは困惑の表情を浮かべた。その顔を見て、相手が詰まらなさそうに肩を竦めてみせる。


「妹がお世話になったね。兄として、礼を言わせて頂くよ」

「……兄? じゃあ、あなたは……」

 思わず大声を上げそうになるアレクを鎮めるように、エルの兄――本物のエアハルトは唇の前で人差し指を立てた。

「いやあ、驚いた。本当にアディと瓜二つなんだなぁ。これは、僕らも顔負けだ。僕も女装出来る気がしてきたよ」

 褒めているんだか、貶しているんだかわからない声を上げながら、エアハルトは断りもなく寝台の横に置かれた椅子に腰掛けた。

 そして、興味深そうにアレクの顔を覗き込んでくる。


「あの、殿下」

 間近で見据えられて、アレクはたじろいだ。

 まとう雰囲気は確かに違うが、顔はほとんどエルと同じである。それがすぐそこにあると思うと、気まずくて仕方がない。

「僕はそんなにエルと似ているかい?」

「……似ています」

 控えめに言うと、エアハルトはパッと表情を明るくして笑った。座る位置を椅子から寝台の上へ移し、ますます顔を近くに寄せる。

「そうだろうね。でなきゃ、代わりなんて頼めないさ。良かったら、妹だと思っていろいろ練習してもらっても構わないよ。一応、恩人だしな」

「れ、練習って、なにを!?」

「君は見るからに童貞じゃないか。あー見えて、妹はかなりの恥ずかしがり屋なんだ。上手くリードしないと落ちないよ?」

「そんな心配される覚えはありませんから! っていうか、見るからに童貞とか失礼な! 俺だって、ちゃんと、ですね。人並みに、ですね。いや、人並み前後には……中の下……いや、下の上……うぅ。いやいや、その、つまりですね」

 悲しいことに、これまでの人生をいくら振り返ったところで、それに該当しそうな経験はなかった。

 要するに、図星を突かれたわけだ。


「エアハルト殿下。アレク様のことを知っていらっしゃるということは、エルフリーデ殿下から事情をお聞きになったのでしょうか?」

 なにも言えなくなったアレクの代わりにシャレットが口を挟んだ。エアハルトは邪魔されて気分を害したのか、足を組みながら頷いた。

「まあ、そういうことにしておくよ」

「これから、どうなさるおつもりです。アレク様のことを、陛下に進言なさるおつもりですか」

 シャレットの言葉に、アレクはギョッと目を剥いた。

 そうだ。エアハルトが帰ってきたのならば、エルと入れ替わっている必要はない。自分の事を隠す必要がなくなったということは、アレクのことを黙っている理由もないということだ。

 しかし、エアハルトは軽く笑うと、首を横に振った。


「いいや、話さないね。僕は今、手が離せない仕事をしている。君らにも、まだ働いてもらわなければ」

「手が離せない仕事? ……まさか、エル様に言ったように魔法使いの修行じゃないですよね?」

「ほう。やっぱり、僕の妹は可愛らしいなぁ。お兄ちゃんの言葉を、こんなに信じていてくれているなんて。今度は、勇者と一緒に邪悪な魔女を倒した武勇伝でも作って聞かせてやるか。喜んで聞く姿が目に浮かぶよ。これが、とても可愛いんだ」

 やっぱり、嘘だったのかよ!

 兄妹揃って信じやすい天然だったらどうしようと思ったが、兄の方は分別があるらしい。

 自分の妹に率先して嘘を吹き込むとは。しかも、かなり楽しんでいるようだ。

 もしかすると、エルの信じやすい天然っぷりは、この兄のせいではないか? そんなことまで疑いはじめてしまった。同時に、こんな男に姉は嫁ぐ予定なのかと思うと、複雑になる。

 いや、アドリアンヌは案外、こういった男がタイプか? 以前は品のある令嬢を気どっていたが、最近は社交界でも本性を見せて高笑いしているらしい。

 満面の笑みで、「わたくしより美しい者なんて、何処にもいなくてよ?」と言っているのを見たときは戦慄した。あのときの顔は間違いなく本気だった。

 意外とエアハルトと気が合うのではないか?


「で、その仕事っていうのは、なにをなさっているんですか?」

「ん? ああ、秘密だ」

 問いに対して、エアハルトははぐらかすように笑ってみせた。

「君は、このままアディの代わりを務めればいい。父上や他の者には、知られたくないのだろう?」

「そうですけど……せめて、なにが起こってるのかくらい教えてくださいよ」

「今の君に知られては困ることだよ」

「どういうことですか?」

 エアハルトはそれ以上、なにも言わないまま立ち上がり、部屋を去ろうとする。彼は去り際にアレクを立ち止まると、エルと同じ黄昏色の少しだけ笑みを浮かべた。


 考えてみれば妙だ。

 一度目は王宮、二度目は警備の行き届いた大聖堂。

 部外者が、わざわざこんな場所で王子の命を狙うだろうか? そもそも、どうして王子なのだろう。

 大聖堂のときは、他の王族もいた。けれども、シャンデリアは狙い澄ましたようにエルとアレクの真上に落ち、他の王族には怪我一つなかった。

 グリューネ王室は特に複雑な世継ぎ問題を抱えているわけではない。それよりも、政治的手腕を揮い、革新的な政策や外交を打ち出している国王を暗殺しようとする動きの方が自然に思える。

 だが、そうはしていない。飽くまでも、狙うのは王子だ。

 エルとエアハルトの入れ替わりに気づいた何者かの仕業だろうか。それならば、本物のエアハルトを狙わなければ意味がない。

 考えても、わからなかった。


「背中は痛むかい? いつ頃、歩けるようになる」

「え、まぁ……無茶をすれば、すぐにでも」

「そうか。では、気が向いたら、月の妖精に会いに行ってくれないか?」

 月の妖精? なんのことだかわからず、アレクは首を傾げた。

「もう一度、礼を言うよ。妹を救ってくれてありがとう。これからも、是非よろしく頼むよ」

 それだけ告げると、エアハルトは颯爽と部屋を出た。

 本物の王子が去った後で、アレクは疲れて寝台にへたり込む。


「なんだ? あの人、なにしに来たんだ!?」

「私にもわかりかねます」

 なにがしたかったのかイマイチよくわからないエアハルトの言動を顧みて、アレクは抗議にも似た声を上げた。シャレットも困ったように眉を寄せていたが、アレクを落ち着かせようとハーブティーを差し出した。

「月の妖精って、なにさ?」

 アレクは爽やかなペパーミントの香りで心を落ち着かせようとするが、劇的な効果はないようだ。熱いお茶をチョボチョボ舐めるようにすすりながら、アレクはシャレットを見上げた。


「詩的な意味を持っているのなら、私にはなんのことかわかりませんね。こんなことなら、詩人にも弟子入りしておけば良かった」

「お前に弟子入りしてない職業があったのかっ!」

「それは、ありますよ。アレク様は私をなんだと思っているのですか? まさか、エルフリーデ殿下に毒されて、ついに救いようのない天然属性までお持ちになったのですか? 私は、ただの執事ですよ」

「いや、どう見てもただの執事じゃないから」

「そうですか? このくらいは普通だと、父や祖父にも躾けられてきたのですが」

 執事の常識ってなんなのだろう……そう言えば、エルについているメイドも大剣を振り回すなど、常人離れした行動をしていた気がする。

 もしかして、俺の常識が間違ってるの? でも、こんなのが大勢いたら、いっそ、使用人で軍隊作っちまった方が有益だぞ!? 近頃の使用人事情はどうなっているのかわからず、アレクは首が痛くなるまで傾げてしまった。


「まぁ、詩的な意味を含まず、ストレートに考えるなら簡単ですが」

「え、なにかわかったの?」

 単純に聞き返すと、シャレットは憐れみをたっぷり含んだ瞳でアレクを見た。また馬鹿にされていると気づき、アレクはばつが悪くなって視線を逸らす。

「アレク様は男であらせられますから、知らなくて当然かもしれませんね」

「そんなこと、毛ほども思ってないだろっ。めちゃくちゃ馬鹿にしてるだろっ!」

「滅相もない。ただ少しだけ、とてもとてもとてもとても不憫に思っただけですよ」

「少しどころか、めちゃくちゃ馬鹿にしてるんじゃないか」

 アレクはむくれながら、唇を曲げてやる。すると、隣でシャレットが小さな声を上げて噴き出した。

「今度はなんだよ?」

「いえ、すみません……いつも通り、元気なアレク様でしたので、少々安心しただけです」

 シャレットの笑みがあまりに優しげだったので、アレクは言葉を返すことが出来なかった。今度は馬鹿にされているわけではないが、何処かむず痒い。


 まったく、シャレットはよくわからない奴だ。

 しかし、嫌いではない。

 複雑な気持ちで恥ずかしさを覚えながら、アレクは思いっきり寝返りを打った。

 直後に激痛が走って悶絶している姿をシャレットに失笑されてしまったことは、言うまでもない。

 

 

 


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