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サカナ部の暇潰し’nシーサイド  作者: カカカ
第一章
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第十話 釣りなのです~トトキ vs チヌ~4

 巨大チヌの口内へと飲み込まれていく釣り針。

 口に入った瞬間にチヌの顔色が変わります。

 釣り糸の浮力や釣り針の感触に違和感を覚えたのでしょう。


 が、もう遅いです。


 脊髄反射的に吐き出そうとしているようですが、私は間髪入れずに竿を振り上げます。

 竿が大きくたわむ事で発生したバネの力が、釣り糸を伝ってチヌの口元へと。


―――ッグン!!!


 針が深々と差し込まれました。


「よしっ!」


 完璧なアワセです。

 と同時に危機的状況を察したチヌが釣り針を外そうと上下左右に泳ぎ回ります。


「くっ!」


 巨大チヌの強烈な引きによって、糸切れ防止の機構であるドラグが働いてリールが逆回転。

 ギャリギャリ!と釣り糸が送り出されます。

 バケモノみたいな引きです。いえ、サイズから考えれば間違いなくバケモノです。


 少しでも遠くへと逃げるため、流れの速い沖へ向けて魚雷の如くはしるチヌ。

 すかさず進行方向より少し右側へと竿を傾けます。

 チヌの引きに逆らわない様に進行方向を捻じ曲げるのです。


 少しでも手元が狂えば糸が切れる、そう直感させる程の凶悪な引き。

 紙一重で進行方向の捻じ曲げに成功。ドラグ機構が停止。

 しかし安心する隙は与えてくれません。

 沖への逃亡を諦めたと同時に、尾びれを跳ね上げました。海底へと潜り込むモーションです。


 もしも『瞳』が無ければ後手に回ることになったでしょう。

 ですが、そうはさせじと全力でリールを巻きます。


 海面方向へと急に引っ張られて体勢を崩し、無防備になったチヌが0.5メートルほど引き上げられる。


 直ぐさま立て直して縦横無尽に泳ぎ回りますが、それらの動きも手に取るように分かります。

 だって、えていますから。


 チヌの動きに合わせて竿を傾け、進行方向と真逆になることを完全回避。

 如何に機敏な動きで方向変換しようとも、糸に不要な負荷を与えさせはしません。


 今のところ優勢。

 ですが、時間がかかる程に糸へのダメージが蓄積します。

 本当なら竿だけでなく身体のバネもフル活用してダメージを軽減しつつ、もっと苛烈に糸を巻き取りたいところなのですが。これほどの大物を相手に実行すれば、こちらの体勢が崩されてしまうのです。

 体重の軽いこの身を口惜しく思いながらも膝を軽く曲げて重心を落とし、竿のグリップ底部を腰に押し当て続けます。


 などと思っていた矢先、突如としてスピードを上げるチヌ。


「っ!?」


 あの強烈な泳ぎでもまだ全力ではなかった!!…あ、対応が遅れた。

 私の誘導から逃れた巨大チヌに、動きの主導権を握られてしまう。

 糸に少し乱暴な力がかかる。

 ドラグ機構がまたしてもギャリギャリと逆回転。


「くっ!」


 もっとドラグ機構を緩めて糸を出してしまうべきか、そんな弱気が頭を過ぎりましたがそれではジリ貧です。それに、力のかかり始めが一番ダメージの大きい瞬間なのに、今更臆して糸を出してどうするというのか。


 そんな半秒にも満たない逡巡の間に、チヌは海藻の群生地へと一目散。

 そんな場所に入り込まれれば、障害物との接触で糸切れのリスクが跳ね上がります。


「っ!」


 手を止めている暇なんてありません。

 焦る気持ちを無理に抑え込まず、むしろ認めて同調してゆく。あくまでも穏やか、泰然自若。

 無駄な力を抜いた私に応じて、時間さえも緩やかになっていく感覚。


 うん、大丈夫。

 私の『瞳』には、前進しようと藻掻もがくチヌの動きが、ちゃんと視えています。


 どれほど真っ直ぐに進んでいても、絶えず重心は変動を続けます。

 そこに一瞬の隙がある。

 そのタイミングが如何にシビアであっても、それが分の悪い賭けであっても、これが間違いなく最適解。

 なら、やり遂げてみせます。


「…」


 泡と渦を巻きながら、尾びれをしならせる巨大チヌ。

 左右に振られるそれをしかと捉えて、タイミングを見計らう。

 あの巨体が持つ運動エネルギーを一気に捻じ曲げるならば、それ相応の力で相手を引っ張らなくてはならない。


 大丈夫、もう少しで引き揚げられる距離まで来てる。ここで多少強引にでも決めてしまうのが一番糸切れしにくい。

 そう言い聞かせながら、左右に暴れる尾びれと頭を眺め続ける。

 右、左、右、左……


「……、……、……!」


 今!

 臆することなく竿を斜め上に振りきるっ。


―――ぐるん!


 バランスを崩されたチヌが勢いよく転回。陸地側へと無理やり頭を向けさせられ、


―――ギュン!


 違う!手応えが軽い!!


「まさか……」


 こちらの呼吸に合わせて、自ら振り向いた!?いえ、そんなはずは……

 真実はどうあれ、釣り糸に引かれる力を利用して急加速した巨大チヌ。

 地上の私に向かって高速接近します。


「っ?!」


 マズイです。

 私の足元にあるのはゴツゴツとした岩の壁。

 幾つもの黒岩が積み重なって成り立っているそれは、当然のように多くの隙間が存在しています。

 そんな所に逃げ込まれれば、糸を傷付けずに引き上げることなど、ほぼ不可能になってしまうのです!


 とにかくリールを巻きながら、必死で最適解を再計算。


 …。

 ……だめ。


 …。

 ……これもだめ。


 …。

 ……。

 ………これなら、

 …………やっぱりだめ。危険すぎる。


 解への道筋が組み上がっては崩れ去る。

 そうする間にもチヌは近付いてくる。


「くぅっ!」


 一体全体、どうしたらいいのっ!!


 いけないと分かっていても穏やかではいられない。心拍数は高まり、呼吸は浅く、喉が干上がり、視界がぐるぐると管を巻く。

 精神が抗うことを許されず、焦りと苛立ちに支配されてゆく。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう!




 追い詰められて自滅しそうな私の耳に、それは届きました。


「トトキさん、何があろうともわたくしが貴女をサポートし尽くしますわ!」


 ですから、貴女はわたくしを信じて全てを出し尽くしなさい。


 その言葉は私の中に染み入って、凝り固まっていた精神をゆっくりと解きほぐしてゆく。


 そうでした。

 怯む必要なんて無いのです。

 限界に挑んだ結果、この身が藻屑となりそうな状況になっても。

 称美ちゃんと花森さんなら何とかしてくれます。


「うん」


 やろう。

 チヌを釣り上げる。

 それ以外は全て考慮しない。


 リスクもしがらみも、何もかもを置き去りにして。

 本当の最適解へとひた走るのです!



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