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1話 二人の関係

『放課後、真っ先に体育館裏に来てください。』



「また、か…」



江崎桜侍えざきおうじはその手紙の内容に溜め息を吐いた。


差出人は書かれていないが生徒会副会長親衛隊隊長からであることはわかりきっている。


何故なら毎日同じような内容で呼び出されているからである。


桜侍は生徒会副会長と書記の双子とは幼馴染みでたまに遊ばれているのだが、どうも副会長親衛隊隊長はそれが気に食わないらしい。


手紙に応じる度にくどくどと『僕らの格好良い副会長様』を語り、『江崎の平凡な容姿は副会長に合わない』と告げて副会長と何故か書記との付き合いを止めろと言うのだ。


桜侍としてはいくら意地悪な幼馴染みでも嫌いではないのだ、『はい、そうですか』とその通りにする気はない。


だから正直、毎度面倒なのである。


普通はそう思うのなら手紙を無視すれば良いだろう。


しかし桜侍には悲しいことに副会長親衛隊隊長に頼まなければならないことがあったのだ。



「でも今度こそは、あ、あのことを記憶から抹消してもらわないと…!」



桜侍は意気込みながら何度目なのかももうわからない待ち合わせに応じるべく体育館裏に向かった。


桜侍が気にしているあのこと、とは最初の呼び出しの時のことである。


呼び出される理由がわからなかった桜侍はそれに素直に応じたのだが、待ち合わせ場所に着く手前で右足が自分の左足に引っかかって何もないところで転んでしまったのだ。


普段から幼馴染みたちに『ドジっ子』とからかわれているので気を付けていたのだが、歩きながら呼び出し相手や内容について考えていたことで注意力がいつもよりも散漫していたらしい。


ちなみに桜侍はお高くとまっている格好付け無表情平凡と陰口を言われているが、ドジを踏まないように真剣に行動をしているところが周りにはそう見えてしまっているだけである。



「だ、誰も見てないよな…?」



頬をうっすらと染めながら、起き上がれば良いのにそのままの体勢で周りを見回した。


すると直ぐ近くの待ち合わせ場所辺りに人が三人横に並んでいて桜侍に視線を向けていた。


転んだ時に派手な音がしたのだ、近くにいたのならそれは当然だろう。


おまけにその内の真ん中にいる子とバッチリ目が合ってしまった。


見られていた、とその瞬間に気付いた桜侍の顔色はユデダコ状態だ。



「い、今見たこと、わわわ忘れろよっ」



恥ずかしすぎて語尾が上擦ってしまっている。


対して困ったことに桜侍の言葉に相手側は反応がない。


真ん中の子はそうでもないような気がするのだが、両脇の男は呆然と桜侍を見つめたままである。


正しく穴があったら入りたい状況だ。


妙な空気にどうしよう、と状況を再確認してやっと自分の格好を思い出した桜侍は慌てて起き上がった。


その間に真ん中の子は両脇にいる男共の鳩尾に肘鉄を一度に食らわし、身体に付いた砂を懸命に払う桜侍に向かってにっこりと笑った。



「これで多分この人たちは忘れたんじゃない?」


「へ?」



声をかけられてそちらを見れば、桜侍にとっては気付けば男たちが地に崩れ落ちている状況である。


桜侍は数秒目をパチクリさせると首を傾げながらも口を開いた。



「そうなのか、忘れたなら良か…ってちょっと待て、俺。ええと、君も勿論忘れたよな?」


「僕?僕はね、しぃーっかり覚えてるよ」


「ええええ、そっそれは困るって!」



そう叫ぶと今更遅いに決まっているのに桜侍は慌てて両手で少年の目を隠した。



「こっこれでききき消えたよな、そうだよな…?」


「んーん。むしろくっきり残ったかな」


「何ー!?また晴兄はるにいに騙された…!」



そして桜侍の望む展開になっていないことを知ると、悔しそうに地団駄を踏んだ。


先程の行動をするとお前がドジった記憶が相手から消えるぞ、と晴兄こと葛西晴路かさいはるみちに教えられていたからだ。


晴路は桜侍をからかうのが好きらしく普通は直ぐにそれだとわかる嘘をよく教えて騙すのだから、信じる桜侍も桜侍であるが。


そんな桜侍は変なところで純粋なのかもしれない。


…高校受験を乗り越え、授業でも内容をきちんと理解できているのだから、只の馬鹿ではなくそうだと信じたい。



「そんなことよりぃ、葛西様ご兄弟に近付くのは止めなよね!葛西様ご兄弟は――」



悔しさが抜けて今度は信じた自分の駄目さに落ち込む桜侍に、少年はそう切り出した。


重大なのにそんなこと、と言われてムッとするがその後に続く内容を律儀にもきちんと聞いていると、事実とは異なることばかりで責められていることに気付いた。


少年は桜侍が嫌がる葛西兄弟に近付き、二人が優しいことをいいことに無理矢理付き合わせて振り回していると言うのだ。


いつも絡んでくるのは葛西兄弟からで、桜侍自身はなるべく会わないように努力しているのにだ。


無論桜侍が振り回されているだけで、その逆などとんでもない。


だが反論ができない。


少年の話は途切れなく続き、口を挟むタイミングがなかったからだ。



「ってことだからね、わかった?これは警告だから!」



『警告』という言葉を聞いてようやく呼び出された理由がこれを伝えるためだったのだと桜侍は気付いたのだが、それが捨て台詞だったのか少年はそのまま去っていったので既に目の前にはいなかった。


だが、それがわかったところで桜侍にはどうしようもないことなのだから困る。


そう考えるとこの場にまだ少年がいれば、そのままそれを伝えて火に油を注ぐようなことになっていただろうからいなくて良かったかも、と思っていると肝心なことを思い出した。



「さ…さっきのこと、忘れてもらってなかった!」



やっぱり全然良くない、と首を振る。


おまけに再度頼もうにも少年の名前やクラスを知らないのだ、捜し出すのは絶望的である。


どうすれば、と桜侍は視線を落とした。


すると自然と未だに伸びている男たちが目に入ったのだった。



「あ、コイツらのことすっかり忘れてたけど、何かあったのか?……待てよ、急に倒れたってことはひょっとして何かの病気じゃないか!?だとしたら、大変だ!気付かなくごめん!!と、とりあえず養護教諭を呼んでくるからな!」



桜侍一人では一人ずつでも運べそうにないのだ、それ以外は方法はないだろう。


全速力でその言葉通りに行動した。


数分後に連れてきた養護教諭に看てもらうと、暫く安静にしていれば大丈夫とのことだった。


それを聞いて桜侍はホッとした。


そういえば男たちが倒れた時に少年は心配してない様子だったのだ、特に問題がないことがわかっていたのだろう。


そう思うと緊急事態だと必死に駆け回った自身が急に恥ずかしくなった。


少年が男たちを置いて行ってしまったのはきっと桜侍に怒り心頭だったからだ、と男たちに心の中で謝りながら養護教諭と二人で保健室に運んだ。


そして後のことを養護教諭に頼むと、大事に至らなくて良かったとウキウキしながら桜侍はそのまま帰っていった。


だから翌朝まですっかり悩みの種のことなど忘れていた。


しかしそれは大したことではなく、寧ろ一晩悩み続けることは無用だったのだから良かったのかもしれない。


桜侍は少年こと副会長親衛隊隊長にほぼ毎日のように呼び出されるようになったからだ。


それは葛西兄弟との接触が増えたということを意味するのではなく、『今日、お二人と目が合ってたでしょ?』といった事実無根の理由が多かった。


桜侍自身はすれ違ったということさえ気付いていないのだ、理不尽である。


きっと今日もそんな理由で呼び出されたのだろう、と思っているうちに待ち合わせ場所に着いた。


副会長親衛隊隊長は既にそこにいた。



「遅いよ!」



ぷりぷりと桜侍を叱る声はいつもより機嫌が悪そうだ。


それを証明するかのように桜侍にずいと詰め寄り、顔を真っ赤にして間近で睨み付けてくる。



「真っ先に来てって書いたのにどこかに寄ったりしたでしょ?理由を言いなよ。でも絶対に許さないんだから」


「え、ええと…」



そんな状態ではさらに言えない、実は手紙を読む前に図書室に行っていたことなど。


おまけに周りに誰もいないからとぼうっとしていたら小さな本棚にもたれかかってしまい、幸にも不幸にもそのタイミングで葛西兄弟が入ってきて、それごと倒れてしまったところをバッチリ見られてからかわれていたなどと。


それに晴路にはその時にぶつけたところを撫でられていた。


特にこのことを言ってしまえば目の前の少年は激怒するだろう。


晴路こそが彼が敬愛する副会長なのだから。


だからといって嘘も言えず、桜侍はモゴモゴと言葉を濁すだけだった。



「言えないの?僕の言うことを聞かずに葛西様ご兄弟に近付いて、おまけに晴路様には頭を撫でられてたくせに!」


「え、数分前のことなのに何で撫でられたことを知って…?ままままさか、予知夢でも!?」


「そんなわけないでしょ。たまたま僕のクラスが早く終わったからちょっとその辺りをブラブラしてたら見ちゃったんだよ!」



やはりこのことは怒涛のような怒りを感じるようで、反吐が出そうというよりも地面に叩き出しそうな勢いだ。


また抹消してほしい記憶が増えたと心の中で号泣しつつも、その様子に弱った桜侍は何とか機嫌を直してもらえるように努めた。



「お、落ち着いてほしいなー、なんて。やっぱ、俺じゃ駄目だよな、副会長親衛隊隊長さ…」

「第一それも何!?長いったらありゃしないよ!」


「え?」


「僕の呼び名だよ、よ・び・な!」



確かに途中で舌を噛みそうになる程長いが、そこを指摘されると桜侍は困った。


まさか嫌われているのに名字呼びを要求されるとは思わなかったのだ。


こうなればそうしない理由を正直に言うしかない。


意を決して口を開いた。



「だって俺、副会長親衛隊隊長さんの名前知らないし」

「はぁ!?」



すると予想通り耳をつんざくような鋭い声が返ってきた。


覚悟はしていたが塞いでいたわけではないのだ、耳がキンキンする。



「てっ、手紙に書いてないし自己紹介とかもしてないし…仕方ないだろ?」



口を濁しながらもようやっと桜侍がそう言うと、一瞬の後に副会長親衛隊隊長の表情から不機嫌さが嘘のように消えて笑みが浮かび上がった。


何だかよくわからないが、一安心のようだ。



「………そっか、そういえばそうだったよね。じゃあ、今から自己紹介し合おうか」


「え?」



だが心を落ち着かせる暇なく続いて予想外のことを言われて動揺させられる。


自己紹介など今更だ。



「えじゃないよ。帰りながらだから、足も動かすんだよ。ほら早く」



そう思う自分がおかしいのかと戸惑う桜侍の左手首を掴むと、副会長親衛隊隊長は校門へと足を進めた。



「言い出したのは僕だから、僕からするね。僕の名前は鶴里楓つるざとふう。知っての通り、生徒会副会長親衛隊隊長だよ。うーんと、好きなものは小動物で…たまに生徒会書記親衛隊隊長が飼ってるハムスターとかを見せてもらってる。あと、嫌いなものはか弱い女みたいに悲劇のヒロイン振った根っからなよっちい男。そういう子、生徒会副会長親衛隊では入隊拒否してるんだよね。以後お見知りおきを」


「は、はぁ…」



確かに初めて知ったことが多いが、以後どころか平日はほぼ毎日のように顔を合わせているのだ、どう返事して良いのかわからず気の抜けた声で返すしかなかった。


いつもならそれについて怒るだろうに、楓はにこにこしている。


そして何故か期待を込めた眼差しで桜侍を見つめた。



「ほらほら、次どうぞ」


「え、けど、急に言われても何を言えば良いのか…」


「僕が言ったのと同じような感じで良いからさぁ」



それに対して困り果てながら見つめ返すと、楓にそう促されてしまった。


どうも逃れることはできないようだ。


桜侍は心の戸惑いを少しでも落ち着かせるために視線を下に落とした。


そして覚悟を決めてゆっくりと顔を上げると、楓に倣ってモソモソと自己紹介を始めた。



「お、俺の名前は江崎桜侍。名前が顔に似合わないとかメルヘンチックとか言われるけど、俺としては結構字面は気に入ってる。役職、役職は……き、教室の壁?好きなものは、ええと、その、ぬ、ぬい、ぐるみで。嫌いなものは…お、おお化け、かな」



ツッコミ所があったり後半は声が上擦った上に小さくなったりもしたが、本人は大真面目に自己紹介を終えたつもりだ。


本当に思っている通りのことを言ったので全て真実である。



「ねぇ、宜しくは?」


「よ、よよよ宜しく」


「うん、宜しくね!」



そう、だからこそ宜しくしたいとは思っていない桜侍は、ついその文句を忘れてしまっていたのだ。


指摘されて慌てて付け足し、再度楓の機嫌をちらりと確認する。


すると今度は何故かとても幸せそうな笑みを返された。


やはり奇妙だ。


だからついドキリとしてしまったのは、その意外性に釣られたせいであろう。


またよくよく考えてみれば、その表情の理由は葛西兄弟が近くを通っていたからなのかもしれない。


ここは桜侍だけでなく二人の通学路でもあるのだ、桜侍が気付かなかっただけでいてもおかしくはない。


そして楓が桜侍に宜しくする理由は葛西兄弟に関連していると思われる。


それらの答えに辿り着くと、桜侍は複雑な気分になった。


今まで純粋に桜侍と仲良くなりたくて声をかけてきた人が少なかったのだ、それはこのことに思い至る度に感じる。


楓はわざわざ親衛隊だと強調して接してくるので騙されたという悲しみがないはずなのだが、どうしてかとても痛いような気がした。



「あーあ、もう着いちゃった。じゃあ、またね」



うじうじとしている間に別れて帰る道に着いてしまっていて、楓がそう告げる。


物思いを振り払って桜侍はそれに反射的に応えた。



「ああ、うん、じゃ、じゃあ…」


「何、その元気のカケラもない挨拶」



だが呼び名に引き続き今までと変わらない別れの挨拶にまで指摘が入ってしまった。


戸惑いが含まれているせいもあるだろうが、確かにいつも声からして疲れ切っているとわかるのだ、その通りではある。



「そんなに元気がないように聞こえるのか…?」


「うん、ほら、例えば僕の名前を入れたり、僕の名前を入れたりしないと」



しかし楓の例はどう考えてもそれとは無関係のように思える。


何かが噛み合わないと感じつつも桜侍はさらに助言を仰いだ。



「ほ、他は?」


「そりゃ、僕の名前を入れたりするんだよ!」


「…ええと」



とか、と言っておいて結局全部全く同じ選択肢しかない。


ある意味同じ意味の似たものを並べられるよりも強烈である。


どうやらそれ以外はお断りのようだ。



「じゃ、じゃあな、鶴里先輩」


「誰が名字って言ったの?」



だから桜侍は望みに沿うように言い直したはずであるのに、何故か怒られてしまった。


名字でない名前と言えばめいしかない。


桜侍はそれに気付いた瞬間、思わず身体を震わせた。


名で呼んでいるところを人に見られてしまえば、確実に今よりも多くの人の反感を買ってしまう。


葛西兄弟程ではないが楓だって人気者なのだ。


これはきっと新手の嫌がらせに違いない。


嫌いな相手に名で呼ばれるのは苦痛だろうに、捨て身とは大したものだ。


しかしとやかく考えても仕方ない。


桜侍はそれに従うしかないからだ。


楓の不機嫌を恐れているからではなく、何故か晴路によって大勢の前でお仕置きという名のスキンシップを図られるためだ。


どこで情報を得たのか全くわからないが、少し前に楓の要望を誤魔化したら酷い目に合った。


面白いこと以外に自ら動こうとしない晴路がそんなことをするのだから、桜侍は密かに楓は彼と両想いなのではないかと睨んでいる。


それを察したところで桜侍の苦難が軽くなるはずもなく、これも束の間の現実逃避にしかならないが。



「黙り込んでどうしたの?他はって聞いておいて無視するなんて生意気だね。後三秒で怒るよ!」


「わわわわ、ま、待ってくれ」


「うん、待ってあげてるんだから早くしなよ」



楓はその言葉と共に桜侍の左袖口の端を掴んだ。


これ以上引き伸ばすな、と無言でさらに制圧されているような気分になる。


三度目の正直になるよう祈りつつ、桜侍は焦りながらも再度言い直した。



「じ、じゃあな…ふ、ふふふふっ!」


「それじゃあ、笑い声だよ。はっきり言いなよね」


「ふっふふ楓先輩」


「うーん……声が小さいし何だかまだ笑い声っぽくて微妙だけど、僕ってば優しい子だから今はそれで良いよ」



やっと満足してもらえたらしく、遂に許しを得ることができた。


異様に力が入っていた左袖口も同時に解放される。



「えへ、じゃあね、桜侍!」


「え…?」



そして楓は何の前触れもなく再度挨拶すると、てっけてけと足早に去っていった。


それはあっという間だったのか呆然としている時間が長かったのか、気付けば楓の姿が視界にはなかった。


その瞬間やっと桜侍は解放感に満たされた。


考え事をしていたせいか振り返ってみればいつもより一緒にいた時間が短かったような気がした。


その代わりやけに奇怪な言動が多かったので、気疲れはあまり変わりなかったが。


その短さに首を傾げながらも良かった、と桜侍は安堵する。


何しろ一緒にいるときは嫌がらせのネタでも探しているのか妙に楓の視線が痛いのだ。


気分が軽くなった桜侍は、るんるんと鼻歌を歌い出しそうな勢いで家の中に入っていった。


しかしいつもの如く、しばらくしてからまた記憶を抹消してほしいと訴え忘れたことに気付いて嘆くのは変わりなかったが。


ずっとこの調子では、呼び出しに応じなくても良くなるのはいつになるやら。






◇◆◇◆◇






「何なんだよ、くそ!」



一方、楓は帰宅後に一日を振り返って嫉妬心を吐露していた。


学校や帰宅途中ではできずに我慢していたのだ、その分威力を増して派手に自室にある物に当たり散らかしている。


我慢した理由はその時につい男前な言葉遣いになってしまうから、というわけではない。



「馴れ馴れしく、おまけに俺の桜侍の頭を撫でやがって!」



そう、楓は桜侍に嫉妬していたわけではなく葛西兄弟にしていたのだ。


特に桜侍に対してやたらとスキンシップの多い晴路は今や目の敵である。


だが学校やその帰り道で葛西兄弟の悪口を言うわけにはいかない。


誰かに聞かれてしまって副会長親衛隊から追い出されば、桜侍に会う理由が無くなってしまうからだ。


勿論最初は本当に葛西兄弟のことが、特に晴路のことが大好きで桜侍のことは大嫌いだった。


しかし初めての呼び出しの時に桜侍がドジって恥ずかしがる様子を見て身体中が燃えたぎったのだ。


そして思ったのだ、『こんな表情を他の奴に見せたくない』と。


からかった時の反応が可愛くて、ゾクゾクして仕方がなかった。


同時に桜侍を支配したいとも思った。


自分は真正のネコだと思っていたのだ、楓は自身の中で突然目覚めた凶暴な獣に最初は困惑した。


そして暫くは桜侍への感情を間違いだと否定し続けた。


しかし今は受け入れ、喰らいつきたいという想いを程々に発散させて押し倒す事態は免れている。


ただ素直に『会いたい』と言えないのは単なる天の邪鬼なのか、プライドが邪魔をするのか。



「けどやっと名前で呼んでもらえたんだ。今はまだこれだけでも、いつかは責任を取らせて俺しか見えなくさせてやるからな」



低く低くそう呟くと、名を呼ばれた瞬間を脳内でリフレインさせ満足げに微笑んだ。


実は今日のことを踏まえても、楓は二人の関係を友達未満と認識していない。


こちらも先が思いやられる。


二人の関係が今と違ったものに変貌するのは、もう少し後のことになりそうである。

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