使役の続き
それに気づいたのは16歳の頃だっただろうか……確かな始まりだったかもしれない。漢字を書いていた……意識せずに書けていた漢字を書く手が途中で止まった。使わなかったから書けなくなったという感じでは無いのに、どうしても書けない。なのでその漢字を調べて確認して書いた。その感覚はまるで初めてその漢字を書く様でぎこちなかった。そして気がついた……記憶が靄にかかった様で視え難いことに。
思い出も記憶も自分の妄想で偽りのモノかもしれないと思い、実際にあったことなのか怪しいと感じる。
それでも、何事もないように振舞い続けた。それは辛いことだったので精神は擦り減り続ける。高三の中頃にクラスメートに言われた。「なんだか疲れた目をしている」と。それでも何事もないように振舞い続けた。
卒業式の日は嬉しかった。ようやく何事もないように振舞う必要がなくなると……。
何事もないように振舞うには学校を休むことも許されてはいなかった。なぜ、何事もないように振舞い続けなければと思い続けていたのだろう? 卒業式の後も変わりはしないけれど楽になった。
数年後、世界に雨を降らせるソレが教えていてくれた自由を理解した。必要だったのは自由だったのだろうか……。
魔術師の意識は緩やかにこの世界に戻ってきた。テーブルに突っ伏した形で眠っている格好のままで、辺りの様子を探る。すると、左側の近くに暖かい何かがある感覚を覚える。魔術師の隣には使い魔が同じようにテーブルに突っ伏して眠っていた。
今はまだ、丸テーブルとパイプ椅子しか無い世界で魔術師が探っていたのは使い魔の気配。すぐ隣から寝息を立てる暖かいモノに気付けば他には特に探る必要は無かった。
起さないように静かに上体を起すと突っ伏している使い魔を見る。
「確か一週間ぐらい眠ったかな……どうやら、前回の続きという感じだな」
前回の時、眠ってしまう魔術師の近くに使い魔は移動していた。それを思い出して状況を設定する。
「すぅーふぅーすぅーふぅ…………」
「よく眠っているようだな。眠っている内に少し姿の描写をしてしまおう……この使い魔は長い黒髪の若い女の姿をしている。髪は長い方が髪型をアレンジする描写がしやすいから……黒髪なのは私が日本人だからで……」
魔術師はこの使い魔の姿をいくつか描写した。姿の理由も言っているが、なんだかいい訳じみていた。この魔術師の紡ぐ物語には、よくその容姿のキャラクターが登場している。単に好みの問題なのかもしれない。
「すぅーふぅーすぅーふぅ…………」
使い魔は自分の姿のいくつかが描写されたことを知らずに眠り続けている。
「地の文! 私はシンプルな黒のジャケットを羽織っているよ」
魔術師はわたくしを使役……命じている。魔術師は自分が羽織っているジャケットを使い魔に掛けると。
眠っている相手に何かをする場合、地の文であるわたくしの見せ場でもある。そう、期待されているのだ! しかし……。
座ったまま魔術師はおもむろに羽織っているジャケットを脱ぐと、すぐ隣でテーブルに突っ伏している使い魔の背中に優しく丁寧にそれを掛けた。使い魔は変わらず寝息を立てている。そんな使い魔の髪に手を伸ばそうとした時、冷たい風が強く吹いた。
「すぅーふぅーすぅーふ……んんんん」
強く冷たい風は使い魔の前髪を揺らし、その眠りから覚まさせた。今のわたくしにあまり期待されても困るので、使い魔を起すことにした。
「まぁ、いいか」
寝ぼけ眼で顔を上げると口元を拭う。
「別に、ヨダレは垂らしてない……風が冷たい……けど……あれ? これは!」
背中に掛けられているジャケットに気付くとすぐに首を曲げて隣を見る。ジャケットを落とさないように注意しながら。
「前回は途中で眠って悪かった」
「それは気にしてないよ。ところで……あなた、こんなの着てたっけ?」
「着てたよ」
「そう言われれば、そんな気も……寝てたら忘れちゃったのかな」
「そんなところだろう」
「そっか……ねぇ、このジャケットわたしが着ててもいい?」
「いいよ。なんだかさっき冷たい風が吹いたし」
掛けられていたジャケットに腕を通すと袖に手が少し隠れている。
「ちょっと肌寒いね。季節は秋か冬なの?」
「首も冷えるし、秋あたりが今は描写しやすそうだ」
「ふーん、じゃあ、秋なんだね!」
「秋だよ」
季節は秋に設定され、冷たい風は秋風になって吹いた。その風は使い魔の前髪を再び揺らした。
「前髪? ……あー、わたし……長い黒髪。あっやだ! 後ろの髪がジャケットの中だ!!」
自分の長い髪に気付かずにジャケットを着ていたので、後ろの髪を外に出していなかった。使い魔は並べられている文章から自分の容姿のいくつかを確認する。
「長い髪はダメだったかな?」
「……そんなことは無いけど。なんだか不意をつかれたと言うか……教えてくれればいいのに」
「すまない、私も至らぬところがあった」
魔術師はひょっとして地の文に期待をしていた? のかもしれない。このお話では登場人物も地の文が見えて読める設定。
「ええっと、今回は前回の続きの設定なんだね……前回って、どんなお話してたっけ?」
「正直、眠かったからよく覚えていないんだよ。読み直せばいいけど、リアル感を出すならこのままがいい気もする」
「題名が”使役の続き”だし、使役について文字を並べればいいんじゃない? っと、もう2000文字超えてる!」
「今回も3000文字を目指そう! 前回は途中で眠ってしまったけど。使役か……それについては今回もすでに少し文字を並べている。地の文の使役について……微妙だけど」
使い魔は今回並べられている文章を読み直した。
「地の文さんも頑張ってるね!」
「そうだね。最初このお話は、会話文だけで並べられるはずだったけど、地の文も使われるようになってきている。私の使役する力が増したのかもしれない!」
「きっとそうだよ! 練習すれば上達するんだね!」
「そういうことにしておこう。地の文を召喚する呪文も、君を召喚するのと同じ感じでやったら上手くいっている気がする」
「召喚……ああ、確かこうして会話をしていることが召喚の呪文なんだっけ? 呼び出す呪文とは違うんだね」
「あれは、あれで意味はあるんだけどね……確か」
「どんな意味があるの?」
「なんとなく意味があるんだよ」
「なんとなく……ふーん、そうなんだ」
首を傾げながら腕を組んで眉間に皺を寄せる。ちなみに魔術師と使い魔は丸テーブルの所でパイプ椅子に座っている。
「まだ地の文の描写力が弱いな。それは、私の使役する力が弱いことも意味している……」
「でも、わたし達が椅子に座ってお話してるのを、地の文さんが描写してくれたからわかるよ」
使い魔が地の文に気を使ってくれたけど、とってつけたような描写だ。
「どうやら、現実の私が少し疲れてきているらしい」
「そうなの?」
「ああ。使役について色々考えていたけれど。上手く言葉に出来なくなっている」
魔術師にも疲れが出てきている。それに伴い、使い魔と地の文も文字数が減ってくる。
「文字数が少ないのは……まぁ、いいか。でも、わたしは元気だよ! 文字数だって本当はたくさん言えるんだからね! 後100文字くらいを、わたしだけで並べてみようか?」
「大丈夫だよ! あと少しで3000文字だから」
「そう? でも、3000文字並べてから誤字を探せる?」
「一度は読み直すよ。それに誤字があっても練習だから忘れないようにそのままにする! 何回か前の時にもあったけど、そのままだし」
「直さなくていいの?」
「教訓として残しておく。読み直した時、未熟だった自分を嚙みしめるためにね」
「……そう」
「まぁ、ものは言いようかな! ということで3000文字を思いの外超えてしまった。今回はこの辺で終わりにしよう」
「うん。ジャケット暖かかったよ」
使い魔はジャケットを脱ぐと魔術師に返した。
「今回もありがとう。いい練習になったよ」
「どういたしまして! じゃあね!! 地の文さんもお疲れ様!」
使い魔の気配は消え、魔術師も文字を並べるのを終わりにする。地の文は今回の最後の文字を並べた……お疲れ様です。