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寝た振り

 雨の上がった空には月が顔を出している。欠けて行く月ではあるけれど、その姿はどちらかというと丸に近い。その為、この世界は本を読むには問題ない明るさがある。

 月の光は窓から入り込み、屋敷のその部屋のソファーで眠っている人影を照らしていた。

 ソファーの近くには脱いだ靴が綺麗に並べられていている。その靴の持ち主は足を軽く曲げて横になり、薄手の毛布を掛けている。

 月の光に照らされている顔は使い魔だった。その寝顔は穏やかで少し微笑んでいるようにも見える。

 どことなく絵になりそうなその空間が揺らぎ、魔術師は現れた。その手にはビニール袋がげられている。

 魔術師は辺りを見回して使い魔の姿を確認する。

「ほう、なかなか……」

 魔術師は月の光に照らされている使い魔の顔を見て感動を覚えた。

「…………」

 寝息は静かで耳を澄まさないと聞えない。

 魔術師はテーブルに持って来たビニール袋を置くと、使い魔の寝息に誘われて近くへ歩いて行く。

 薄手の毛布は少しずれていて肩が出てしまっている。

「風邪を引いてしまうよ」

 眠っている使い魔にそう声を掛けてから、ずれている毛布を肩に掛けなおす。

「うぅ~ん」

 毛布を掛けなおされた使い魔は、寝心地を確かめる為なのか頭を少し動かした。すると、彼女の黒い髪が顔を隠してしまった。

「……ちょっと失礼するよ」

 使い魔の顔に掛かっている髪を優しく指で集めて耳に掛ける。そして再び使い魔の顔は月の光に照らされた。

「…………」

「ふむ……」

 魔術師は目を閉じている使い魔の顔をまじまじと見る。

「…………」

「かわいいものだな」

「…………」

 魔術師は微笑むと、そっと使い魔の唇に右手の人差し指を当てて、こっそり自分の指にキスをさせた。

「少し”イタズラ”をしてみようかな……」

 右手の人差し指を自分の唇に付けながらそんな台詞を並べた。

 魔術師はテーブルの所へ行き、その先にある窓のカーテンを少し閉める。カーテンに光がさえぎられて使い魔の顔の辺りは少し暗くなった。

 カーテンを閉めながら、魔術師はテーブルの上に置いてあった数冊の魔導書などが、本立てに綺麗に並べられていることにも気付いた。

 振り返って使い魔を見るとお礼を込めたまなざしを向けた。そして改めてテーブルの上をよく見ると、水筒と、かわいらしいカップが二つ置いてある。

 魔術師は月を見て口元に笑みを浮かべると、おもむろに”棒”を取り出し使い魔の口に入れる準備をした。

 準備が整うと、使い魔の方へ歩いて行く。

 狙う先の使い魔の口元は少しきつく閉じられていた。先ほどは口元に微笑を浮かべているようだったのに。

「警戒しているのかな? ただ”棒”を君の口に入れるだけのことだよ。えっと……ぐへへ!」

 怪しい笑い声を出しながら使い魔の顔の側に立つ。口を少しきつく閉じて硬い表情をしている使い魔の頭を右手で軽く撫でる。

 そして、こっそりと耳を触りそのまま首筋を軽く撫でる。すると、閉じられていた使い魔の口は少し開かれた。

 それを確認した魔術師は、左手に持っている”棒”の先を使い魔の唇に当てて、その”棒”が何なのかを確かめさせるようなことをした。

「口に入れるからね」

 魔術師は”棒”を使い魔の口に入れた。そして”棒”を通して使い魔の口の中の状態を確認して、頃合を見計らって使い魔の口から離した。

「……ん」

 使い魔ののどが動いた。そして目を開けると体を起こす。

「おは……こんばんは」

「こんばんは」

 使い魔は魔術師を見つめながら挨拶をかえした。

「美味しかった?」

「……美味しかったけど。”棒”って表現……」

「表現? ……君は何を想像したのかな?」

「最近のあなたは変態な感じだから……その……」

 使い魔は少し顔を赤らめ、うつむいて言いよどむ。

「なるほどね。それで口を少しきつく閉じたのかな」

「なんのこと?」

 使い魔はぎこちない不思議そうな顔をして尋ねた。

「ふむ……。でも、君が想像していた”棒”かもしれないのに、口を少し開けてくれたのは嬉しかったな」

「……もしかして、気付いてたの?」

「寝た振りも可愛かったよ」

「……うぅ。これもちょっと恥ずかしい」

 使い魔は薄手の毛布を掛け直された時に起きた。その時、一度目を開けたけれど、髪で隠れていて魔術師にはそれは見えていなかった。

 しかしその後、使い魔の顔をまじまじと見て、それが寝た振りであることを見極めた。

「さすがに変態……な私も、本当に眠っている君にそこまでのイタズラはしないよ」

「……えっと、口をちょっと開けたのは、唇に当てられてアイスだって気付いたからだよ!」

 使い魔は少し混乱しているらしい。口を少し開けて棒を口の中に入れやすくしたのは、それがアイスだと気付く前だった。

「大丈夫。落ち着きたまえ!」

「うぅぅ……。なんだか、わたしも変態になっちゃった感じがする。とりあえず、残りのアイスを頂戴!」

 使い魔は右手を差し出して棒アイスを要求した。

「……どうぞお召し上がりください」

 魔術師は使い魔の食べかけのアイスを少し惜しそうな表情をしながら渡した。

「ありがと。うん、美味しい!」

 美味しそうに笑顔を見せながらアイスを食べる。それを見て魔術師はテーブルの上の袋から棒アイスを取り出して、使い魔の隣に座り食べ始めた。

「アイスの間接キスも頂いてみたかった」

 その台詞を聞いて使い魔はチラリと魔術師を見て言った。

「わたしが寝た振りしてた時、人差し指にキスさせたよね?」

「私は欲深いのだよ」

 そう言って残っている自分の分の棒アイスを一気に口に入れると立ち上がり、窓の外を見に行く。

「……頭がキーンとしてたでしょ?」

「……うん。本当は頭を押さえて悶え苦しんでみたい感じだったよ」

 魔術師は使い魔の方へ振り返らずに窓の外を見ながら答えた。

「外がどうかしたの?」

「うむ。月の形がそこそこ変わっている」

「……現実の世界の時間が進んだんだね」

「そうだね。……今回の文章並べ……”棒”についての辺りをどうするか、かなり迷っていたらしい」

「何を迷っていたの?」

「迷っていたというか……。すごく微妙な感じがしていて……。夢だったということにして、少ない文章を更に削ろうかとね」

 魔術師は窓の外へ向けていた視線を下へおろし、テーブルの上を見る。見ているのは本立ての魔導書。

「……でも、夢じゃないまま進んでるよね」

「まぁ、それが現実の私の選んだ選択ということだろう!」

 そう台詞を並べると再び空の月を見た。

「……」

 外ばかり見ていて自分の方を見ない魔術師に、少し不満が湧いてきた使い魔は静かに立ち上がる。

「……」

 魔術師は地の文が読める。それでも、月を眺めている。

「棒でイタズラしたからね。お詫びに油断をプレゼントしてみるよ……と、キザっぽい台詞を並べてみたり」

「……なんていうか、カッコよくは無い気がするよ」

「やっぱりそうか!」

 立ち上がった使い魔は薄手の毛布を羽織って魔術師の背後へ近づいていた。そして、真後ろにたどり着くと、羽織っていた毛布を自分がいつも座る方の椅子に掛けた。

「これで身軽になった」

「ほう、身軽になりましたか! どんな仕返しが来るか怖いな!」

 怖いと言いながら、その口調は楽しみという感じが読み取れた。

「……えっと、あなたの体温を奪わせてもらうね」

 使い魔は、魔術師の背中を遠慮がちに抱きしめる。

「ひんやり柔らか……って、冷えすぎじゃないか!?」

「うん。ちょっと寒い」

 魔術師は自分の体温が使い魔に奪われる感覚を味わった。

「私としたことが……君が冷えているのにアイスまで食べさせてしまうとは……すまない」

「大丈夫だよ。アイス美味しかったし」

 使い魔が抱きしめる力はそれほど強くなかったので、魔術師は難なく振り返る。そして、すばやく椅子に掛けられている薄手の毛布を使い魔に羽織らせて上手く包む。

「この毛布だけではこれからの時期は足りないな……ストーブも用意せねば。とりあえず毛布的なのを持ってこよう」

「毛布より……」

 使い魔が言い終らない内に魔術師は大きめのダンボールの方へ走っていった。使い魔の『毛布より……』の先の台詞は、あなたが側にいる方が暖かいよ。……だった。もっとも、魔術師が走っていかなくても、そこまで使い魔が台詞を並べたかは微妙なところ。使い魔は意外と照れ屋だから……。

「これがあると良い感じかな……」

 大き目のダンボールから幾つか選び出して戻ってくる。

「毛布は一枚あれば大丈夫じゃない?」

 一枚の毛布で一緒に包まることを使い魔は気に入っているらしい。

「薄手の毛布を普通の毛布に変えるだけのことさ。薄手の毛布はひざ掛けに使うといい」

 大き目のダンボールから持って来た幾つかの物をソファーに置き、使い魔を包んでいる薄手の毛布を脱がす。

「脱がすって描写……微妙にエッチかも」

 使い魔は地の文を読んで台詞を並べた。実はいい表現が見つからなくて”脱がす”という言葉を使って、使い魔の装備から薄手の毛布を外しただけなのだが……。

「一緒に、君の着ているカーディガンとワンピースも脱がしてしまおうか……」

「本気じゃないのが声の感じから解るよ?」

「ばれたか! まぁ、風邪を引いてしまうからね」

 肩をすくめた魔術師は、使い魔を椅子に座らせた。そして、ソファーのところへ行くと。クッションを手にして戻ってくる。そして座っている使い魔のお腹の辺りに置く。

「こんなのあったんだ」

 使い魔はクッションを抱きしめて微笑んだ。

「まぁ、お腹を冷やさないようにとね。では、次にこの薄手の毛布はひざ掛けにどうぞ」

「うん!」

 言われた通りにすると、使い魔の体温が少しずつ上がってくる。しかし、背中の方が寒い。

「よし、仕上げは普通の毛布だ!」

 魔術師はソファーから毛布を持ってくると、背後から使い魔に掛けた。

「……確かにこっちの毛布の方が暖かいかも」

「うむ。とりあえずこれで完成だ!」

 魔術師は一人で納得してうなづいた。

「まだ完成じゃないよ?」

「なんと!? 私としたことが至らぬところがありましたか! ……まぁ、これでも寒いことには変わりは無いか……」

「そうじゃなくて」

 使い魔は魔術師が座る側の毛布を広げた。使い魔にとっての完成は、魔術師が一緒に毛布に包まることも含まれる。

「そうか……私も暖房器具の役割を果たすとしよう」

 魔術師は使い魔の隣の椅子に座り、一緒に毛布に包まった。

「では……わたしが持って来た紅茶をいれるね」

 使い魔はテーブルの上に置いてある水筒とカップ2つを手元に置き、紅茶を注ぐ。

「ほほう、では、私も持って来たビニール袋からお菓子を出そう」

「アイスだけじゃなかったんだ!」

「うむ。煎餅せんべいも持って来た。煎餅か……手でこの文字を書けるだろうか」

「……お煎餅も美味しいよね」

 使い魔はとりあえず、手で書けるかどうかについてはスルーした。

「バリバリいってみますか!」

「……紅茶をどうぞ」

 使い魔はどこと無く上品な感じに魔術師へ紅茶を進めた。

「ども」

 進められるままに魔術師は紅茶を一口飲む。湯気は出ているけれど、熱すぎるということはない。

「時間が経ったから、ちょっと冷めちゃったかな……魔法瓶だけど」

「魔法が解けかかっているのか!」

「そうなの?」

「……そうなのかな?」

「……」

「……えっと、お煎餅を貰うね」

 微妙な感じの空気を変えるべく、使い魔は煎餅を一口食べる。あまり音を立てないように気を付けながら。

「お上品ですな! ここは気の利いたBGMがあるとベストだな。まぁ、無いのだけど……」

 魔術師も煎餅を一口食べる。使い魔にあわせて音をあまり立てないように気を付けながら……。

「ちょっと暖かくなってきた」

「温まってきたか。よかった。……そうそう、本立て。ありがとう! 魔導書も良い感じに納まってる」

「ふふっ! わたしもよかった!! 勝手にしちゃったから怒られるか心配だったの」

 安心した使い魔は紅茶の入ったカップを両手で持って一口飲んだ。

「ふむ……伏線? っぽいのを一つ回収しておくか。このファイル……」

「えっと、あなたが魔導書……魂を本に模写している……様な考え方をするのに影響を与えたかもしれないお話が書かれているんだっけ?」

 使い魔は曖昧な記憶を呼び起こしつつ尋ねた。

「そんな感じだね。昔読んだお話の一部分だよ」

「どんなお話?」

「読んだ感想はとても悲しかった。影響を受けたのかなと思うことは、そのお話の中の少女が言っていたこと……」

「……」

 使い魔は静かに話を聞いている。

「その少女は体が弱くて、もうすぐ死ぬ運命だった。そのことを、そのお話の主人公に言う場面での台詞……”私が死んでしまうのは、ただ読みかけの本が途中で閉じられてしまうだけのこと”という感じのことを言っていた。正確には言葉のニュアンスが違う気がするけど」

「……死ぬのを受け入れていたのかな?」

「最初はそうだったっぽいけど、そのお話の主人公と親しくなるにつれて、死ぬのが怖くなってしまっていたよ」

「……」

「まぁ、読みかけの本という感じが、私の考え方に微妙に影響を受けたかなって思ったというだけのことだけどね」

「そうなんだ。……それで、その少女はその後どうなったの?」

「……まぁ、最後は主人公の背中に背負われながら息を引き取ったよ。星空を見に行く途中で……」

「……途中で」

「息を引き取る前に主人公に言いたいことがあったけれど、これも言おうとしたけれど最後まで言えないまま……。前から言いたかったけれど怖くて言えなかったそうだ」

「……なんだろう」

「その少女の口からその言葉を知ることは無かったけれど、その後、その少女が時間を置いて届くようにしていたメッセージが届いて知ることになる」

「……」

 使い魔は黙って魔術師が語るのを待つ。

「その少女が主人公に言いたかったことは……大好きです……という言葉。メッセージの内容にはその言葉を主人公に伝えて、その答えを怖いけど知りたいという一文もあった。本当は主人公と一緒にそのメッセージを読みたかった……というようなことも含まれていた」

「……なんだか悲しいね」

 使い魔は感情移入したのか目が潤んでいた。

「なんとなく、命の大切さを学んだよ」

 そう台詞を並べてから、魔術師はカップの紅茶を飲み干した。

「その子には幸せになって欲しかったね」

「そうだね。救いは、主人公に背負われたまま息を引き取った時の顔が幸せそうだったことだったかな」

「……」

「さて、今回はこの辺で終わりにしよう」

「うん。えっと……あのね…………なんでもない!」

「ひょっとして、何か言いたいことでも?」

「なんでもないよ! ああ、そうそう、今回は少し文字数が多めだね」

「確かに……6000文字位か」

「紅茶が残っちゃった……」

 使い魔は水筒を軽く振って中身の量を確認する。

「では、残りを飲み終えてから帰ることにしよう」

「そういう終わり方なの?」

「うむ。さて、紅茶を入れてください!」

 魔術師は空のカップを使い魔に差し出す。差し出されたカップに紅茶を注ぎ、自分のカップにも使い魔は紅茶を注いだ。

「水筒の紅茶がちょうど無くなったよ!」

「では、今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」

「どういたしまして!」

「うむ、乾杯」

「ふふっ! 乾杯」

 紅茶とお菓子を楽しんでからそれぞれ帰って行った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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