頬への技掛け
雨が降っている。
姿を半分ほど現している月は雲の向こう。雨を降らす雲を通り、地に届く光は弱い。
屋敷の窓から外を眺める魔術師の目には、弱い月の光に照らされる水溜りの波紋が映っていた。
「自分の並べた文章を”色々”読んでみたけれど……誤字が多いな」
魔術師は台詞を並べると椅子から立ち上がり、開いている窓を閉めた。そして、テーブルの上に無造作に置かれている魔導書を丁寧に重ねて窓側の中央に置き直す。
「このファイルは……とりあえず魔導書に立てかけることにしよう。……よし! 片付いた」
テーブルの上を片付けると椅子に座り直し、隣の椅子に置いてある籠をテーブルの上に置いた。その籠にはお菓子が色々入っている。
「……飲み物を持ってくるのを忘れた」
そう台詞を並べた時、背後に使い魔の気配が現れた。それに気付いた魔術師は立ち上がり、テーブルを背にする位置に移動する。テーブルと魔術師の間の空間は、人が一人立つには少し狭い。
「……」
気配だけで姿を現していない使い魔は、魔術師の意図を探りながら移動して解答の準備を終えた。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
魔術師が振り向くと、そこにはテーブルに腰掛けた使い魔がいた。
「これが正解?」
「うん、正解! 人が一人立つには少し狭い……けど、座った状態の足なら十分なスペースがあるからね」
「わーい!」
喜んでいる使い魔は、以前この格好から”お姫様抱っこ”という技を掛けられたことを思い出していた。
「この状態から他の技も掛けられるのだよ?」
「そうなの?」
「ちょっと両肩を失礼するね」
魔術師は宣言してから両手をそれぞれ使い魔の肩に置いた。
「えっと……え?」
真剣そうな顔で見つめられながら、使い魔はこの状態から掛けられるであろう技を想像する。
「……どんな技を想像したのかな?」
「……」
使い魔は答えずに目を閉じて少しあごを上げた。その動作から使い魔が想像した掛けられる技の答えを見つけた魔術師だったが、彼が掛けようとした技は別のものだった。
「……」
「……」
目を閉じている使い魔は地の文を読むのもやめて、これからの状況にすべてを任せている。
「えーと。とりあえずそのまま目を閉じたまま聞いてくれるかな?」
「はい」
目を閉じたまま穏やかな表情で返事をする。
「私が持っていた解答は、君が想像しているのとは違うものだったよ」
「そう……なんだ。間違えちゃった……。ちょっと恥ずかしいな。……もう、目を開けてもいい?」
「まだ、ダメ」
「うー……」
不満そうな声色で短いうめき声を出す。
「目を閉じてる君の顔を見ていたら、君が想像した技を少し掛けたくなってしまった。……少し掛けるね!」
「……」
使い魔は何も言わず、魔術師の技を受けた。
「もう……目を開けてもいいよ」
「うん……」
目を開けた使い魔は技を受けた自分の左頬に手を当てた。
「私が持っていた解答は”押し倒し”という技だった……まぁ、掛けるにはテーブルの上の魔導書が邪魔だなと真面目そうな顔をして考えてみたり……」
魔術師は照れ隠しでテーブルに座っている使い魔に再び背を向けた。
「押し倒し……。魔導書が置いていなかったら掛けた?」
「さぁね」
使い魔の問いに惚けて答える。その真意を地の文が並べることも魔術師に禁止された。
「ふーん」
使い魔は気の無いような台詞を並べてからテーブルから降りた。魔術師とテーブルの間の隙間は狭かったけれど、強引にそこに割り込む。そして場所を空けようとする魔術師を左手で捕獲する。
「この密着感……嬉しいけど。ひょっとして何か技を掛けるつもりか!」
「そうだよ。どんな技かはお楽しみ!」
「なんだか拒否権は無さそうな感じだ……」
魔術師は抵抗せずに技を受けることにした。
「まずは、右手であなたの右肩をトントンする」
台詞を並べながら魔術師の肩を叩く。そこから魔術師は頬に人差し指を突き刺されることを覚悟した。
「あえて受けようじゃないか!」
そう台詞を並べて右に振り向くと、右頬に人差し指ではなく、柔らかい何かが触れた。
「おかえし……仕返し? だよ」
技を掛け終えた使い魔は顔を赤らめて下を向いてしまった。自分でもやりすぎたと思っているらしい。
「なぜだろう……更に追加攻撃を受けた気がする」
使い魔が顔を上げて自分の顔を見る前に、魔術師は強引に使い魔の背後に回り込み、両肩に手を置いて、使い魔を押しながら歩き出す。
「……引いた?」
「いや、そんなことはない。ただ、君の唇が柔らかくて……。うむ、うん。とりあえず、お座りたまえ」
使い魔を椅子に座らせてから、一度強く目をつぶって、照れた表情を普段の感じに戻してから隣の椅子に座った。
「あなたは左頬に技を掛けたから、わたしは右頬にしてみたよ。バランス良いでしょ?」
「……そうだね」
お互い技を受けた方の頬に手を当てる。そして、同じ行動をした相手を見て目が合う。
「わたし達……痛い?」
「痛いね」
お互い同じ痛みを共有して絆とやらが深まった……。と、地の文が上手い文章を並べたつもりになる。
「えっと、お菓子を食べよう!」
「うむ。……ああ、飲み物を持ってくるの忘れたんだった」
「ごめん、わたしも持って来てない」
お菓子を目の前に飲み物が無い。籠の中のお菓子は、クッキー系や甘いものが多い。
「まぁ、飲み物が無くても食べれるさ」
「そうだよね!」
魔術師はあえてクッキーの袋を開けた。あけた袋にはクッキーが二枚入っている。その一枚を使い魔に渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
クッキーは地味に二人の口の中の水分を奪う。
「そうそう、自分で並べた文章を”色々”読んだよ」
「色々に””を付けてるね」
「今までの、このお話以外のも読んだからね。現実の世界にあった昔の日記っぽいのも……」
「昔の日記?」
「”あの頃”と呼ばれる頃のね……誤字脱字が多かった。その中に……そうだな。言葉を変えつつ言うと、昔この世界で起こっていた戦いについても書かれていた所があった」
「この世界の昔……」
使い魔は窓の外を見る。そこには雨が降っている夜の世界があった。
「現実の私は以前にその日記を読んで、戦っていたソレの名を思い出した」
「ソレの名前は?」
「それはまだ秘密。まぁ、それほど珍しい名前じゃない。私の認識ではそれは神の一つ」
「神様なの!?」
「まぁ、そんなところかな。現実の私がソレの名前を思い出したという事は、ソレの封印が解かれたということになる。その化身がこの世界のどこかに既にいるかも」
と、いう感じに伏線が張られた。
魔術師も窓の外を見る。雨音を聞いていると、その中にソレの化身の足音が聞える気がしてしまう。
「もし、ソレの化身が来たら……大丈夫かな」
使い魔は少し不安そうに尋ねる。
「あの頃とは違って、今の私は魔術師だから大丈夫!」
「良かった!」
「今の私が欲深なのはソレに対する免疫なのかもしれない……ひょっとしたらね」
なんとなく思いついたことを魔術師は台詞にした。
「そういえば、あなたは自分が欲深だって言うけど本当にそうなの? お菓子も独り占めにしたりしないし……」
使い魔は籠のお菓子を見ながら言う。
「欲にも色々あるのだよ。例えば……お菓子を美味しそうに食べる君を見て満たされる欲もある」
「ふーん。……あ、でも、わたしはそんなに食いしん坊じゃないからね!」
なんとなく魔術師の欲が、物質的というより精神的な感じのモノの方が強いなのだろうと使い魔は感じ取った。
「さて、今回はこれくらいで終わりにしよう。次は飲み物を用意しなくては」
「それは、わたしに任せて!」
「そうか。では、君に任せよう。私はお菓子の補充の役をしてみよう」
そう台詞を並べて魔術師は立ち上がる。それに合わせて使い魔も立ち上がった。
「今回は少し室温が高かったね」
「そういえば、そうだね。では、また次回に。文章並べを手伝ってくれて、ありがとう!」
「どういたしまして!」
使い魔は自分の右頬に手を当てて笑顔を浮かべて帰る。魔術師はそれを見て使い魔の唇の感触を思い出す。そして、くすぐったそうな表情を浮かべて帰った。
と、いう感じに今回を終わりにしよう。




