Ex.第7話 討伐隊から
ある日、盗賊団の野営地は、あまりにも呆気なく、そして容赦なく破られた。
最初に異変に気づいたのは、あの「ノロマ」と呼ばれていた年配の男だった。
夜の冷えた空気を裂くように、掠れた声が響く。
「――討伐隊だ!」
その一声で、場の空気が変わる。
火の周りでだらけていた連中が一斉に跳ね起き、剣を掴み、槍を手に取る。
怒号と足音が混ざり合い、静けさは一瞬で砕け散った。
私――石は、イシッコのポケットの中で、その緊張をそのまま受け取っていた。
布越しに伝わる鼓動が、いつもより速い。
視線の先。
ノロマはもう、討伐隊の先頭に立つ若い男の前へと押し出されていた。
……本当に、一瞬だった。
剣が閃く。
鈍い音。
それだけで終わる。
ノロマの首が、あっさりと胴から離れ、地面に転がった。
あまりにも軽い。
あまりにも、簡単すぎる。
「盗賊団なんて、皆殺しだ!」
若い男が叫ぶ。
その声は強く響いたけれど――どこか空っぽだった。
覚悟というより、自分を無理やり奮い立たせている感じ。
見ているだけで、分かる。
すぐに盗賊の首領が怒鳴る。
「相手は寄せ集めだ! 数で潰せ!」
その言葉通りだった。
討伐隊は十人ほど。装備もばらばら。動きも揃っていない。
対して、盗賊は二十人以上はいる。
数も、経験も、全部が違う。
最初にぶつかった瞬間、勝負はもう決まっていた。
討伐隊達は剣の振り方が甘い。
間合いが遠い。
踏み込みが遅い。
一人、また一人と、倒れていく。
悲鳴。怒号。血の気配。
でもそれら全部が、どこか現実味がない。
――ああ、これ、駄目なやつだ。可哀想に。
そんなふうに、妙に冷静に思ってしまう自分がいるのが、ちょっと嫌だった。
やがて、生き残った討伐隊の若い男が膝をついた。
血まみれで、涙まで浮かべている。
「頼む……助けてくれ……」
さっきまでの威勢はどこにもない。
ただの、怯えた若者の声だった。
「俺は……男爵の三男だ……!」
必死に言葉を重ねる。
命を繋ぐために、必死で価値を差し出す。
「人質にすれば金になる……だから……」
盗賊の首領は、顎に手を当てて考える。
ほんの一瞬だけ、迷う素振り。
その、ほんの一瞬。
――そのときだった。
ポケットの中で、ぐっと力がこもる。
イシッコが、動いた。
私は何もできない。
でも、その決意だけは、はっきり分かった。
彼女は、ぼろぼろの剣を握りしめていた。
そして、イシッコの脳裏に一瞬だけノロマの顔が浮かんだ。
迷いなく背後に回り込む。
そして――
突いた。
鈍い手応え。
でも浅い。致命傷じゃない。
「いってぇ!」
青年が振り返る。
怒りと恐怖が混ざった顔。
でも、その次の瞬間。
首領の剣が横から振り抜かれて――すべてが終わった。
首が落ちる。
音もなく。
静かに。
戦いは、それで終わった。
イシッコの手が震えている。
小刻みに。止めようとしても止まらない震え。
初めて、誰かを傷つけた。
それだけじゃない。
――守りたかった人が、殺された。
あのノロマのお爺さん。
唯一、彼女にちょっとだけ優しかった人。
それが全部、あの震えに詰まっている。
首領が近づいてくる。
乱暴に頭を掴んで、ぐしゃぐしゃと撫でる。
「やるじゃねえか」
笑っている。
軽い。軽すぎる。
「交渉とか面倒だしな。助かったぜ」
褒めているつもりなんだろう。
……でも、それがどれだけ薄っぺらいか、分かってしまう。
イシッコは、何も言わなかった。
ただ、ノロマの亡骸の前に立ち尽くす。
そして、ポケットの中で――私を、強く握りしめる。
痛いくらいに。
でも、その痛みは、たぶん彼女の方がずっと強い。
私は何もできない。
声も出せない。
手も伸ばせない。
ただ、こうして握られて、受け止めるだけ。
……でも。
せめて。
この震えだけは、全部受け止めてあげたいと思った。
石のくせに。
ほんと、図々しい話なんだけどね。
それでも――
今の私は、そう思ってしまったのだった。




