⑨エッセイについて真剣に考えるにあたって
今回、エッセイについて真剣に考えるにあたって、私自身は、今まで掴みづらかった私の書くことに対しての芯のようなものを見えた、もしくは、針の孔のようなそんな小さな希望を見つけられた……それが収穫であったと思っています。(勿論、私自身に置いての収穫です)
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詩作品を編集して纏めようと思考したり、読者の方に向けた作品創りに対して思考し始めたり、書き終えた作品に対して、面倒をみようと(改稿しようと思い始めたり)私の中にわずかに生まれたそれら変化を私は、嬉しく思い、歓迎しています。
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具体的には、何かに対して批判を積極的に行うにあたって、データを収集するということは最低限必要な書き手としての誠意だということを、ここまで実感出来た思考は今までしたことがありませんでした。
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私は、こちらの場所で書かせて頂いて、まだほんのさわりの部分しか知らない未熟な人間です。そのことをきちんと実感できたことは、私にとって必要なことでした。
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なろう系小説のよい読者ではない私が言うべき言葉ではないのかもしれませんが、この私のエッセイを目にして、少しでも何か思う方がいらっしゃったなら、……是非、立ち止まって思考して見られて下さいませ。目の前のあなたが書かれようとしているその批判エッセイは、本当に、間違いのない視点から生まれたものでしょうか……?資料は足りていますか……?目の前のあなたは、きちんと自らの主張に根拠ある自信を持てますか……?自身の主張に何か歪みは御座いませんか……?
それらに何か不備があったとき、そこで創り出してしまった罪は、目の前のあなた自身で背負いきれるものですか……?
生意気にも申し訳御座いませんが、ここまででなろう系小説のよい読者ではない、私の最後の主張とさせて頂きます。
ここまで、目を通して頂き感謝の気持ちしかありません。
有難う御座いました。
失礼致します。
2020/09/12 23:35
完結と致します。ここまで目を通してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。
有難う御座いました。
精進致します。




