閑話 二大貴族の一人
「あの人、めちゃめちゃお兄ちゃんっぽかったな」
さっきまでいた団長の顔を思い浮かべ、そんなことを考える。
でも、アイリスさんがお兄ちゃんなら何か言うだろうし。
うーむ。どうなんだろう。
ソバ先生に聞いてみても分からないだろうし、お団子元帥に聞いてもなぁ。
「……アンちゃんに聞きに行きたいけど……どこにいるかわからないし」
「なんだい? アンタ、あの分血の暗黒森人がどこにいるか知らないのかい?」
「オ」私は隣を歩く先生を見上げた。「知ってるの!? ソバ先生」
「知ってるよ、知ってるとも。私もその話には噛んでるからね」
「……えっ、歯型とかついてるとか、そういう?」
汚いなあ〜、と肘で小突こうとして頭をひっぱたかれた。痛いっ。
「馬鹿と会話をするのは疲れるから、やめようかね」
「うそうそー! うそぴょーん! ぴょん! 嘘だってば〜。先輩も……先輩じゃないや。先生も大げさだなあ〜。ジョークだよ、アルマジョーク! ね! 私、かしこいよ!」
わあ、なんでそんな目で見てくるのさ。怖いよう。
「……彼女は今、私の知り合いのトコにいるのさ。ハートレイっていうんだけど」
「はーとれい? 可愛い名前だ」
「やっぱり、アンタとは会話しないよ」
「え〜、なんでええ!? 会話しようよお!」
結局、ソバ先生はその後どれだけ聞いても応えてくれなかった。
訓練場を使って訓練をしていても口を開いてくれなかった。
もー……お兄ちゃんに聞くしか無いかぁ……。
(でも、全然、お家に帰れてないもんなぁ……ぐすん)
部活の合宿が永遠と続いてるみたいなもんだよぉ、これ。
頭おかしくなっちゃうって。
「あー……お兄ちゃんのご飯食べたいなあ」
ひんやりとした訓練場にうつ伏せで倒れながら、私は泣き言を呟いた。
ふぇ、辛い。お兄ちゃんに甘やかされたいよ、全く。
「あるじ……今、何してるんだろう」
わたしは給仕服に身を包んだまま、せっこらと掃除をしていた。
掃除は苦手ではない。教えてもらったから。だけど、他人の家の掃除は嫌だ。
箒を握ったままブンッと振るった。
(わたしが監査庁なんかに捕まるから……いや、元はといえば……あのクソチビだ。なにか知っててやったろう)
師匠ヅラしやがって。
お前はわたしの師匠なんかじゃない。
ただ、わたしよりも強いだけの赤髪ロンゲ小便チビカス。
わたしはお前を認めてはいないからな。
「ご主人が心配かい?」
──バキッと箒が折れたタイミングで後ろから声がかかった。
あと、コイツもだ。
「大丈夫だよ。すぐに会える」
「……わたしはお前も認めてはいないからな」
「手厳しいな。昔からの顔なじみではないか」
「一度キリだ。お前と会ったのは……ハートレイ」
わたしの今いる屋敷の主。
いや、屋敷だけではなくここら一帯の領地の領主。
グレイス・フェスケイト・ハートレイ。
「二大貴族には良い思い出がないんでな」
そう、コイツはここデュアラル王国の二大貴族。
公爵家で多くの派閥を持つ『武官派』のハートレイ公爵。
わたしがロバート公爵の屋敷にいた時に、一度だけ会ったことがある。
あの時よりは老いているが……ロバートとは比べ物にならんな。
(…………老いてもなお、わたしよりも強いか)
全身から滲み出る煌に、わたしは拒むように目を細める。
ロバートや監査庁から逃れるために『ハートレイ家』預けられると聞いた時、驚いた。王城のどこかかと思っていたら……まさかもう一つ方の二大貴族だとは思ってもみなかったのだ。
ハートレイ家と王族との関係は良好も良好。
たしかにここなら手出しはされんだろう。
だが、それでも、それでもだ。
「はやくクラディス様に合わせろ、クソジジイ」
折れた箒を向ける。すると、先端が消し飛んだ。
「不躾だな。ご主人は一人の従者も躾けることができないのかな?」
「──……っ」
鞘から剣が消え、ハートレイの手に収まっている。
いつの間に抜いたんだよ。見えなかった……。
「ハッハッハ! まだまだよ。若い若い!」
抜き身の剣を鞘にしまい込んで、かつかつと通り過ぎていく。
その後姿に唾を吐き捨てるように「けっ」と悪態をつく。
(でも、ここにいるのが最善なのには変わりない)
あるじが来るまでの辛抱だ。
長くて、長い辛抱になりそうだ。
「はあ……あるじ……はやくお会いしたいです」
折れた箒──木の枝みたいなもんだが──を拾い上げ、給仕の教育係の所に持っていくことにした。
轟轟と怒られた。ここの人は声がデカい。あと、ここの飯は味が薄い。薄すぎる。
上品と味の薄いを一緒くたにしてるんだろう。きっとそうだ。そのはずだ。
「……ごはん」
あるじのできたてほかほかのご飯が恋しい。
それも少しではない。一杯食べたい。
「……会いたいなあ…………」
わたしがいない間に変な虫が着いていないだろうか。それも心配だ。
アルマがいるから大丈夫か? いや、アイツは信用ないな。
……もう、こんなことをしてる場合じゃないっていうのに。




