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247 ペルシェトはご存知なのだ


 ペルシェトはクラディスの容態確認が終わると、ベットから体を起こして寒さへの耐性を得る魔法をかけると背中におぶった。

 

「アンちゃんは話を全部聞かずに帰っていったけど……連れて帰ってくれたら良かったのになぁ」


 ふぁ、と息を空に向かって吐く。白い息。獣人は体温が高いから、他の種族よりも白い息が出るって言われたことがある。ほんとかな。どうなんだろ。

 クラディスの宿舎までの道のりをとぼとぼと歩きながら、苦しそうな声を出すクラディスに「ばかちんめ」と軽めに叱咤をした。


「オヌシは下手っぴじゃねぇ〜生きるのが。全てを背負って、全部に百パーセントの力で取り組んでたら体なんかすぐ壊れちゃうよ。その小さな小さな体が可哀想さ」


 その頑張りはずっと側で見てきていた。

 あのナグモさんの訓練に必死に食らいつきながら、ちゃんと勉強会に出席。自分の時間なんて無かったんじゃないかと思えるほどに毎日予定が入りっぱなしの毎日。


(わたしなら、耐えられないな)


 ご飯がいくら美味しくても、自分の時間がなかったら耐えられない。

 亜人種ってそういうもんだと思う。仕事は仕事、趣味は趣味。仕事で溜め込んだことは、趣味で吐き出さないと溜まっていく一方だ。

 それを溜め込んでいくと……クラディスのようになる。


 降りてきた尻を上げるために少し体を持ち上げた。

 久々の肉体労働だ。クラディスが軽いからまだ助かった。そうしているとクラディスが住まう宿舎へと着いた。


「たしか、アンちゃんと新しいアルマちゃん……? と一緒に住んでるんだっけ……」


 聞いていた部屋の前まで来ると、中から凄い物音とアンの怒る声と聞いたことの無い女児の声が聞こえた。


「……?」


 何をやっているんだ? と思いながら、ドアノブに手をかけてクルっと回すと鍵が空いていることに気付く。

 不思議に思い、そのままドアを引くとアンの声が聞こえてきた。


「――お前がこの世界に来てるかもしれないと言った兄、平野明人は……私のあるじ、クラディス・ヘイ・アルジェント、その人だ」


 その言葉を聞いて目をぱちくりと瞬きをして、中の二人の様子を見た。

 聞かれたら不味いことだったようで、唖然としているアンとその下にいて呆気に取られているアルマの表情が見える。


「……って……あー……タイミング悪かったかな」


 特に内容には触れずに笑ってみせると、アンは飛び退いて体勢を整えると、ペルシェトの方に来てグイッと手を引っ張った。




      ◇◇◇




「……えー……っと、いつまでそうしてるつもり?」


「お願い、お願いします……、このことは、誰にも言わないでください……!」


 クラディスをベットに寝かすと、アンはすぐさまその場でペルシェトに向かって頭を下げてきた。


(あのアンちゃんが……そこまで……)


 アンは自分の不注意のせいで、クラディスが転生者であることをこの世界の住人に公言してしまったと思い、ペルシェトを咄嗟に中に入れた。それからずっと頭を下げ「内密にしてくれ」と懇願しているのだ。

 だが、ペルシェトは特に怒ってる様子も無い。というか、怒る理由もないというのが本音か。

 隣で状況の把握が出来ていないアルマとベットで眠っているクラディスを交互に見やる。


「ようするに、クラディスくんが転生者であることを黙ってて欲しいって訳よね?」


 椅子に座ったまま、前かがみで聞いた。


「そうです……お願いします!」


「うん、いいよ」


「…………はっ、えっ、そんなあっさり……」


「だって、私興味ないもん」


 明瞭に(ハッキリと)、歯切れ良いまま首を少し傾げながら笑った。

 クッション性のある椅子にもたれ、くるくると周り始める。


「わたし、転生者、興味ないのである」


「……そんなこと、って……」


 アンは知っている。転生者が何をしてきたのか。

 実際にそれらを投げつけられ、拷問も受けてきた。

 何十年か前に起こった事件。ペルシェトは年齢は若いが、それでもその時代の人間のはず。


 アンが勘ぐる視線を送り続けていると、ペルシェトは耳の毛づろいをしながら話し始めた。


「私は冒険者じゃないし、治癒士《クレリック》をやってた時も知り合いなんてナグモさんくらいだったから……そもそも、治癒士《クレリック》が領土戦線に呼ばれたって書かれてたけど、私の記憶じゃ協会側が出した人員は司祭階級の数人だった気がするもん」


「……治癒士の損害は少なかった……?」


「そ。わたしは呼ばれてないし、その大戦で知人が死んじゃった訳でもない。友達の友達の友達は死んじゃったみたいだけどね? でも、それは他人じゃん」


 ナグモがクラディスに対してして見せたように「転生者であること」に対して「どうでもいい」というスタンスであることを伝えると、アンは理解ができていないようで混乱をし始めた。

 

「それにさぁ、アンちゃんと会う前の弱々なクラディス君の頃から知ってるんだよぉ? あれだけの成長速度を見せられたら薄々気づくよ。気づいてた上でどうでもいい。興味ない。だから、ほら、頭上げて〜」

 

 肩をぐいっと持たれて上体を起こされると、より混乱している表情が見えてペルシェトは思わず吹き出してしまった。


「で、なんだって? アルマさんとクラディス君は前の世界で兄妹だった訳? その事ってクラディス君は知ってるの?」

 

「はっ! そ、そうだよアンちゃん!! なんで内緒にしてたの!」


「急に騒ぐな……。おそらく、あるじは知らない、私しか知らない……と思う。昔に家族の話をしてもらった時に、家族の名前や妹……お前の話をよくしてくれていた」


「兄さんが……」


「ほぉほぉ、いいね、いいね。お姉さんはそういう話好きだよ」


「お前が最西の街の……噴水がある広場でその話をした時に、兄妹なんだと分かった。しかし、お前のその舐め腐った態度のまま兄であると知られたくなかった。あるじをまた苦しめると思ったからな」


 尖った目を向けると、体を引いて目を泳がせたアルマを見て思わず、ドスの利いた声と拳を力強く握った。

 それを見たペルシェトは、その手をゆっくりと解くように触れて、口前で人差し指を立てて「しぃー」としてアンを落ち着かせた。

 隣でクラディスが寝ているのだ。落ち着いてもらおう。


「……お前が悩んでいあのも私は知っている。あれだけ毎晩毎晩隣の部屋の私のとこまで聞こえる声で咽び泣くのだからな。しかし、泣くだけで何かを変えようとしている訳でもない。変えるとしても何を変えるのかも分からない。だから、何もしなかった。まぁ……さっき答えは聞けたがな」


「うぇ……さっき……?」


「……兄さんの役に立とうとして、この世界にいるかもしれない兄を見つけたら恩返しをする。今度は頑張ると言っただろう……? まさか、お前、嘘を――」


「ううんっ! ううんっ!! ほんと、ほんと……! ホントだよ。私は頑張りすぎる兄さんの力になりたいと思ってたんだ。そしたら、殺されて……気がついたらこの世界にいたんだ。だから――」


 下げていた顔を上げて、力強く声を出した。


「クラディスくんが……私の兄さんなら、尚更だよ! 私はクラディスくんの力になる!」


「――具体的には」


「ぐ、ぐ、具体的……えっと……」


 ふんっと鼻を鳴らしたアルマの出鼻を挫くような一撃を放った。


「まっ、おいおい考えていけばいいでしょ〜。人生は長いんだから急くことはないさ」


「そ、そうですよね……!」


「はぁ……」


 上手く事態が収束しそうな雰囲気になったが、アンには少し気がかりなことがあった。


「最後に……ペルシェト――先生は、本当に信じていいのか? 後で告げ口をするということはしないか……?」


 危惧していたのはペルシェトの裏切りだった。

 普段の調子で喋っているからこそ怪しく思える。

 この世界の大犯罪者だという位置づけだと聞いても様子が微塵も変わらないのは、演技が交じっているのではないか、と考えたのだ。


「お、疑ってる? 後で誰かに言うかもしれない……かぁ。んー、証明ができないなぁ」


「……それは、そうだが」


「――クラディス君が転生者が無害であることを証明できなかった時みたいに、かっこよく言えたらいいんだけどね〜」


「!?」


 アルマと会う前、フーシェンの冒険者とロバート公の戦闘奴隷と戦った後の話だ。


 クラディスは、ケトスの「転生者はいるだけで周りの人間を不幸にしてしまう」に対してこう返した。


 『だったらさ、僕がそういうことをしそうになった時に止めてくれないかな』──と。


 自分が無害であること証明出来る術がないため、事前的ではなく、事後的に処理をしてくれないかと伝えた。

 その場にいたのはナグモ、クラディス、アン、ケトスの四人だった。


「なぜ、あの時のことを……」


「あの後、治癒のお礼って言って宅飲みをしてた時にナグモさんに「やっぱり転生者だった」って言われてさ〜。「あ、やっぱりそうなんだ〜」って。その時のことを聞いたって感じ。……だから、今更他の人に言うと思う?」


 クラディスの話はナグモとペルシェトの間で度々話題になっていた。

 二人は以前から「転生者か勇者、だけどどっちかって言うと転生者みたい」と話をしていた。


「……じゃあ、あの集団でやったクエストの時には」


「うん。知ってた」


 歯を見せて笑うペルシェトに安心はしたが、今まで分かっていたのに特に触れてこなかったペルシェトに対して嫌そうな目を向けた。


 ペルシェトがその話題について触れなかったのは『触れる必要がない』からだ。

 ましてや、興味のないことを根掘り葉掘り聞く時間があるのならペルシェトは美味しい食事処を調べて楽しみにする。

 興味のないことには徹底して関わらない。それが彼女のスタンスだ。


「信用してくれた? ねぇっ! へへ〜」


 もっとそのちぐはぐな表情をみせろとペルシェトはアンの顔を覗き込む。


「しましたしました」


 猫がまとわりつく様に周って耳を動かすと、アンは手を追い払うような仕草をした。


「じゃ、今度そこら辺の話をしながらみんなでご飯を食べに行かない? 一つ。キープしてるお店があるのだ。個室! 聞かれる心配なし!!」


「……あるじが起きてからまたしてくれ」


「じゃあそーするね。ほいじゃ、私は帰るから」


 そうして玄関まで歩いていき、閉まる寸前まで手を振る様子を二人に見せて、扉を閉めた。

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