236 見殺し
「エルシアさん……どうしてここが」
「街の結界を張ってる人に『魔族の魔素を感知した』って連絡を貰ったの! それに、通信魔道具。連絡くれたでしょ」
「あ……」
自分でやっていたことも忘れていた。荷物を投げる時、少し魔素を注いでおいたんだった。
場所が分かれば、と思って。
「それで飛んできたの……ほんと間に合ってよかった」
「……すごく強い相手で、正直、もうダメかと思ってました……」
「うんうん、クラちゃんもみんなよく生きててくれたよ……、ほんっと奇跡だと思う」
「けど、ハンスさんが……最初に殺されて……護らないといけなかったのに……ごめんなさい」
言葉が震え、エルシアさんの服を握る手にもそれが伝わる。
「……本当は先輩冒険者として、クエスト失敗は怒らないといけない。けど、私達が護衛してても魔司者の強襲だったら護れなかったと思う。そこはもう割り切るしかない」
「でも、せっかく、頼ってもらえたのに……っ」
ハンスさんの死。
任せてもらえた仕事の失敗。
そして、自分はまだまだ弱いという現実。
胸が苦しくなる。まだ、戦いは終わっていないというのに、涙が溢れて、止まらなくなってきていた。
「依頼なんか、何回でも失敗したらいい。私達は、そんなことでクラちゃんを責めないし、怒らない。そんな生半可な絆じゃあ結ばれていないからねっ!」
「……でも──」
と言い返そうとしたら、エルシアさんはぼくの手を握った。
「ただ、ハンスさんの死を無駄にするのは良くない。いま、本当に申し訳ないと思ってるなら強くなって。たっくさん。いまよりもずっと。クラディス君達がいて死ぬ事があるなら、クラディス君達でできないことなら、仕方ないって皆に思われるように強くなる。それしかないよ」
「……そんなに強くなれる自信なんて」
「なーに言ってんのさ。これからよ、これから! 自分の天井を自分が決めてどうすんの。クラちゃんはこれからもっと強くなるんだから、ね?」
「……はい」
森の外に連れ出された僕達は、外で待機していた増援の人達に預けられることになった。
そのリーダーの人とエルシアさんが何かを話をして、話が終わるとエルシアさんはこっちに来た。
「……エルシアさん。ムロさんとレヴィさんは……」
「あの二人なら大丈夫よ、だからそこで安静にしててね」
安静にしておけ、と言われ、腰が砕けたように座り込んだ。
アンもアルマさんも一緒だ。ほっと安心したのも束の間、その空間に違和感があった。
(なんで、みんな、助けにいかないんだ……?)
バッとエルシアさんを見上げる。苦虫を噛み潰したように、佇んで森の方を見ていた。
「みなさんっ、はやく増援に行かないと……、いくら二人が強くても、あいつは……」
「……くらちゃん?」
「あいつは、魔族です。上位の、今まで会ったことがないくらい、つよい……奴で」
言葉に詰まりながら、腕を組みながら待機している冒険者達に視線をよこす。
「そこの人達も、なんで動かないんですか……!?」
「……少年。魔司者と戦うことを許されてるのは上位冒険者のみだ。それ以外は戦闘をしてはならない。魔司者だとわかった時点で私達は動けないのだ」
なんだ、それ……。
「そんなの……。でも、このままじゃ」
「悪戯に人員を派遣して何になる。本来なら上位冒険者の大型パーティで対処するレベルだ。我々が行ったとしてもなんの力にもならない」
「……見殺しにするって言うんですか……?」
「違う。できないんだ」
「違う、できないって……勝てるかもしれない可能性を捨てて、二人を見殺しにするのが正しいことなんですか!?」
言葉が荒ぶる。
エルシアさんが静止しようとするのを振りほどきながら、ただバカみたいに突っ立っている男たちに向かって吼えた。
すると、そのグループのリーダー格の男が青筋を浮かべながら。
「……貴様、黙って聞いてたら調子づきよって!! お前らはたまたま生きて帰ってこれただけだ!」
ぼくの前にいたエルシアさんを退かし、男はぼくの胸倉を掴み上げてきた。
「二人を犠牲にするだけで事が済むなら、それ以上の死傷者は出さない方が懸命だろうが!!」
あぁ、そういうことか。
もう、認識が違うんだ。
「なんで事が済む前提で物を話してるんですか……?」
コイツらとは、話が合わない。
「滅茶苦茶なことを言わないでくださいよ。二人が戦って負けたら、今度は街に被害が出るんですよ? その時も黙って見守るんですか!? あなた達の街じゃないんですか!?」
「たった今、ボロボロに負けて帰ってきた何も出来ていない者が、我々に死ねと言うのか!!」
「そういう話じゃないでしょ……!! ここを逃したら勝機がなくなるって話をしてるんですよ!!」
掴まれたまま、ぼくは頭突きをした。
男はよろめき手を離す。地面にドサッと落ちた。受け身なんて取れるわけもない。
「それを、僕が動けないからこそ言ってるんじゃないですか……!! なんで、そんな楽観的なんですか……っ!!」
「――クラちゃん。ごめん。ムロ達も増援は望んでないの」
後ろから聞こえた声に、ゆっくりと振り向いた。
「なんで……なんですか」
「そこの人達が言ったのと同じことよ。足でまといになる。殺されて敵の養分になるくらいなら最初から来るな。って」
「それでも……っ、それでも……。二人、は……ムロさんとレヴィさんには……死んで欲しくないんです……」
「だからこそ、私たちが行ったらダメなの」
その瞬間、森で響いている轟音が止んだ。
「戦いが……」
みなの注目が森林地帯に向けられる。
勝利か、敗北か。
敗北ならば、ここにいる全員は終わりだ。
「どっちだ……」
ボスッと木々をなぎ倒しながら、二つの影が森から飛び出してきた。
血液を撒き散らしながら、口に滲む血もツバと一緒に吐き出す。
「ムロ、武器は」
「ちっ……くそっ……! もう使いもんにならねぇよ」
「ムロさん……レヴィさん……!」
よかった……! ふたりとも無事だったんだ!!
「はぁ〜……もうめんどくさいなぁ。街外から来た冒険者とか……想定外だっての」
空中に浮かび、ノアは頭を掻きながらそういった。
「ハンっ、もう少ししたら俺んとこの仲間がどんどんここに来るぞ……? しっぽ巻いて逃げた方がいいんじゃねぇのか?」
ムロさんが大剣の折れた切っ先を向けると、ノアはこちらに目を向けた。
蛇に睨まれたように、ビクと全員の身体が硬直した。
「街、潰せれると思ったのになぁ。常駐戦力がよっわそうだったのに〜……あーあぁ……せっかくやってた調査も無駄になっちゃった」
肩を落とすと、何か魔法陣を展開し始めた。
技巧で見たことのない文字が描かれている。完成すると、空間に穴が開いた。
「じゃ、私はこれで帰るわ〜。戦ってもいいけど疲れそうだし……」
ふぁ、とあくびをしながらこちらを真っ直ぐに見た。
腰を折りながら、手をひらとさせて、ノアは最後に一言。
「またね〜、クラディス少年っ」
次元に開いたポータルにノアは姿を消した。
しばらく、みんなはその場から動くことができなかった。




