231 揺らぎ
そうしてハンスさんのところに行くと出発準備万端な様子だった。
「お、生きとったか……って増えてないか?」
蓄えた髭を触りながらアルマ姉さんの方をじぃーっと見たので、間に割って入った。
「ぼ、僕の姉です! たまたま会って」
「……ほぉ〜? 顔は似てないが」
「僕が母に似て、姉さんが父に似たんですよ! ね! 姉さん!」
「そ、そうです!」
なんとか誤魔化そうと適当に言葉を並べると、怪しむ目を向けてきたけど納得してくれたようで乗るように言ってくれた。
「クラディスくん、そのえーっと……フォローありがとね」
「あはは……実際あんまし似てないから突っ込まれて聞かれると思ってさ。事前に考えておいた」
「そうなんだ……! 助かったよー……いい弟を持ったなぁ。お姉ちゃん嬉しい」
「姉さんもしっかりしてよ? いつでもカバー出来るわけじゃないんだからさ」
2人でクスと笑うと下からアンが割入ってきた。早く乗りますよ、と。
グイグイと押し込まれるかたちで荷馬車に乗り込んだ。
「あんまり、大きな声で話しすぎですよ。あと、姉弟っていうのはそんなベタベタしないはずです」
「そうだっけ?」
「そーです!」
ヌッとぼくとアルマさんの間に挟まるアンの言葉。たしかにそうか。
「ぼくは反抗期真っ盛りのガキ。アルマ姉さんはなんだろ。成長期真っ盛りって感じだから、この時期の姉弟が仲がいいって不思議か」
多感な時期という奴だ。
ここらへんの時期から「昔は可愛かったのになぁ」って言われだすのが、弟の宿命だ。としてもぼくの中身は反抗期どころか思春期も通り過ぎてる身。多分、大丈夫だとは思うけど。
「で、でもっ。そこまでしなくても、普通に、ね? 仲良くしてたらいいと思う」
「うるさい。とにかく、あるじの隣はわたしだ。オマエじゃない」
「ぐぇ」
ハンスさんに聞こえないようにコソコソと話をしていると、荷馬車が動き出した。
始まりの地から出るまでは道が舗装されているけど、その範囲からでたらゴトゴトと石で車体が跳ねてしまう。
「ここら辺も発展するんですかね?」
「始まりの地は安定して盛り上がっとるからなぁ。王国からの支援もあればすぐに発展するじゃろう」
「なんか、村も作られてましたし」
「ほお。人を呼びこんで発展しようとしとるんか。それはそれは……来る機会が増えそうな話だな」
そんな他愛の無い話をしながら、しばらく三人で起きていたんだけど……行きよりも数が減ったから、見張りの順番を話し合う事にした。
結果を先に言うと、アルマさんとアン→僕という2:1で起きることになった。
力量を考えるとアンが一人の方がいいのではないか? と思うんだけど……アンはアルマさんのことをぼく以上に警戒してるみたい。アルマさんが起きている時間帯に何か起きてしまった時、敵と一緒に対処をすると申し出たのだ。
……それにしても、それを本人の前で言うんだから凄いよな……。
「お前が暴走した時、わたしは躊躇しない。外敵と一緒にお前も制圧する」って。
それを聞いてたアルマさんもニコニコしながら「うん……? それでお願い!」って言ってたし。
街がすっかり見えなくなり、日が落ち始めた空を幌から覗き見た。
「女の子って分かんないもんだなぁ〜……」
小さく呟いて、後ろのアンとアルマさんが離れて寝ているのを見た。聞こえてはないよな? ちょっとした愚痴みたいなもんだったから、聞こえてると困っちゃうのだ。
女性だからというか、アンとアルマさんだからこその悩みなのかも知れないけど、あんなに堂々と言えるものなのか?
「男なら女ってのは分からんもんよ」
ハンスさんがそう言って、思わず苦笑い。
「男でも分からんことがあるっつーのに、性別が違ったり、種族が違ったら分かりあえるもんも難しい」
「でもそれを商人の皆さんは相手にするんですもんね?」
「そうだぞ〜。ほんっと大変だ。が、分かりあえた時の達成感はたまらんな」
「……コツとかを聞いても?」
「じっくりと腰を据えて話し合うことだわな。あと、条件を引き下げすぎると今度はコッチがしんどくなる。我慢で成り立っとる関係は長続きはせんでな。押し付けすぎるのも一緒でな」
「勉強になります」
「実行するのは難しいがこんなもんさ。わしら大人でも難しいことだから、子どものお前さんが頭を捻らすこともない」
「いえ……ちょっと、色々と課題がありまして……」
「? そうか? 頑張れよ」
「はい」
御者席から離れて、はぁ、とため息をついた。性別や種族が違うだけででも理解し合うのは難しい。
(だったら……)
魔族、転生者の子、そして転生者。どうも普通に生きていける気がしない。こうして普通のクエストをしているだけで、凄いと思う。
歴史上で「人類の敵だ!!」っていう奴らが、こうやって人の世に馴染んでる。不思議なもんだ。ぼくに人類の敵っていう認識はないけどさ。
アルマさんは魔族で、人を殺してきた。でも、愉快犯ではない。ダンジョンに入って、危害を加えようとしてくる冒険者を倒すのは当然といえば当然なのかな。
家に上がってくる人を迎撃する、それと似ているもんな。
それもそうなんだけど、なんか人間くさいのは気のせいなのか……?
「あー……」
(あの魔族のせいで、なんか魔族の認識がごっちゃになってる……敵であるのには変わりないのに)
あいつの話をどこまで鵜呑みにしていいのかっていう話もある。
アルマさんは外で生まれ、ダンジョンに住み着いた──この話が本当なのか。でも、ダンジョンで魔族が生まれる……っていうのは聞いたことがないしー……。
下位ダンジョンの五層目。
魔素の濃度でいえば地上よりも少し濃い程度の場所で生まれることなんてあるのか?
(分からん)
ダンジョン内の魔素は魔素溜まり内の魔素でやりくりしてるみたいなのが有力な仮説だ。魔族が生まれるなら魔族が生まれ続けるんじゃないか?
そんなことは聞いたことがない。だから、外部から何らかの影響が与えられたってことになる。
だったら、うん。外から来たってのが本当っぽい気がする。ダンジョン外の魔素が入り混じった可能性もあるけどー……。
「はぁ……考えすぎるのは悪い癖だなぁ。正解が分かったところで……何かが変わるわけでもないし」
この世界にきて一年も経ってない奴が、全てわかろうとする方がおかしいのだ。向こうの世界だって20年くらい生きても何も分かってなかったんだから。
「……なんだかなぁー」
そうして幌の外に見える景色を肘を着いて見つめていると──異変。
「──あれっ」
魔素がおかしい。
『魔素感知』で感じられる範囲にあるのは、2つのハズだ。
アンとハンスさんの魔素で、アルマさんは魔素を感じない。
でもいまは……自分を除いて3つある。
「!?」
振り返ってアルマさんを確認。大丈夫だ。寝てる。彼女の魔素じゃない。
ということは、この感知内にある魔素はアンとハンスさんと──もう一つは?
「これ……外か?」
「どーした? なにかあったか?」
「いえ……」
伝えるべきか? 魔素感知に引っかかったのは、ギリギリ範囲が届くかどうかというところだし。別にそんな悪いような──
揺らいだ。
「──あ」
これ。
「ダメだ」
『魔素感知』の範囲ギリギリにあった反応がブレた。
大きなモノが揺らいだ。これは──移動している。
「──ッ!! ハンスさんっ!!」
背筋が冷たいなにかでなぞられた気がして、咄嗟にハンスさんに馬車を止めるように要請をしようとして、御者席に向かう。
荷物をかき分け、御者席に手をかけて。
「気をつけてくだ――」
ハンスさんがいる御者席を覗いた。
「さい……っ?──えっ」
ぼくは、御者席を覗いたはず。覗いて……そう、ハンスさんに──注意をしようとして──あれ? なんでっ……?
そこにあったのはハンスさんで間違いはなかった。
でも、違う。これは、違う。
頭部がないのだ。
「ハンス、さ……」
手を伸ばすがハンスさんの体はあるべき場所から崩れ落ち、すぐさま身や骨が車輪によって砕かれる音が聞こえた。
「っ!?」
制御不能となった馬は何か感じとったのか、錯乱状態のまま突然最高速で駆け出して森林部へと向かいだす。
『BRRRRRRRRRR!???』
「ちょっと──ッ!!」
何が起こってる……!?
このままここにいてもいいのか……!?
ハンスさんは、死んだ。
馬はもう冷静では――っ
「あるじ……?」
「んんっ……クラディスくん……どうしたの?」
物音で目が覚めた二人の声で頭がクリアになり、手綱を握ろうとしていた手の方向を変えた。
今すべき行動は、これじゃないっ!
──このままこれに乗っていたら危険だ──
「くそッ! なんでだよっ!!」
二人の手を握り、荷馬車の外へ飛び出た。
「うええっ!!?」
「『風よ』ッ!!」
落下時の衝撃を和らげるために風で勢いを殺し、空中に滞空した。
すぐさま自分たちが乗っていた荷馬車は木に衝突した音が響き渡っていた。
元いた世界とは桁違いの脚力を持つ馬はそのまま横転して泡を吹き、痙攣。荷物も散乱して、カラカラと車輪が回る音だけが聞こえてくる。
「……何が起きてるんだ。これは、一体……」
――ぶわっ。
突如として感じた黒く、大きな魔素。
それが上空からゆっくりと降りてきた。
「子供3人――いや、子供2人と魔族が1体かな」
僕達3人とは別の声が上から聞こえる。
見上げればそこに姿がある、分かっている。だけど恐ろしくて見上げることが出来ない。
理由は分かる。
単純だ。
その魔素がアンよりケトスより……いや、今まで感じた魔素よりも巨きく、不気味――今まで感じたことの無い恐怖が体に圧しかかってる、から。
「っあ……」
嫌な汗が頬を伝う、
足が動かない、
危険だとわかっているのに体が動いてくれない。
「あらあら可哀想に……私に怯えてるんだ……。そうか。んー、こんなのでも耐えられないんだね。好都合といえば好都合、か。ちょっと期待ハズレだけどさ」
「……お前は何だ?」
僕が動けていない中、アンだけは何事もないように話をかけた。
あれ、でも、この声……。
「……? あぁ、そういうことか。ノアだよ。名前は覚えといてね」
「なぜ、わたし達を襲う」
「襲うも何も、私はそこの仲間を助けに来ただけだよ」
「仲間……だと?」
アンが時間を稼いでいる間に力を振り絞って振り向くと、そこには少し先の尖った真っ黒なローブを身につけて、顔は暗くて見えないが真紅の口紅で彩られた唇が見える女性……が浮かんでいた。
「あ」
その人を見て、僕の頭に浮かんだのは『死神』。
でも、そいつのことをぼくは知っている。
あのときの魔族だ。これは必ずそうだという謎の確信があった。
でも、雰囲気が違う。
だから『死神』という言葉以外には表現しきれなかった。
「そう、お仲間さん」
そして、その指先は僕の隣のアルマさんに向けられていた。




