224 祝っ、ダンジョン脱出〜!
暗がりから光のある方へ。
階段をゆっくりと歩く足並みは軽やか……とは口が裂けても言えず、一歩一歩踏みしめるように上がっていた。
疲労、怪我、理由は様々。あれから、かなり時間がかかってしまった。
約束の日を大幅に越して、今は6日目。
僕の右腕や身体には火傷痕が残ったまま。相変わらずその箇所を浄化をした水魔法で覆い、隠し、冷やしながらの移動。
それをしながら地図を片手に持ち、出てくる魔物の討伐と感知を走らせて、と休む暇がなかった。
途中途中アンとは交代してたけど、気を抜くと火傷の激痛が身体を走って何もできなくなる。ずっと、細い線の上を歩いているみたいなもんだ。
「明かりだ……、外……っ」
ようやく階段の上に見える明かりに油断をして、ふらっと体勢が崩れかけた。
「あるじ、もう少しですので」
グイッと後ろのアンに支えられ、姿勢を直す。
「……ありがとう。もう、へとへとだ……」
食料も尽きかけてはいるが、アンは比較的万全の状態だった。ただ、アンに背負われている少女はまだ目を覚ましてはいない。
(よく寝れるなぁ……あれだけ激しく動いてたのに)
そんなことを考えていると、明かりが視界全体に広がった。ダンジョン上広場に到着だ。そして、アンと前衛を代わった。
「ここにいてくださいね」
背負っていた少女を地面に投げ、拳殻を付けた。
――事前に話してもらっていたレヴィさんの言葉を思い出す。
『迷宮で冒険者が死亡する原因の多くは迷宮内がもちろん多い。だが、私が最も危険だと思うのは帰り道……それも、迷宮上広場だ』
なんでですか? って僕は質問をしたっけ。目の前を見れば、なるほどとよく分かったんだが。
「魔物達が疲れ果てた餌を狙いに潜んでいる、とはねえ……」
僕達がダンジョンから出ると同時に現れたのは、大小種族様々な魔物達。ゾロゾロと巨木の裏や森林地帯から出てきた。
「でも、数少ないですね?」
「……ホントだ」
「これでは温存しなくても良かったかもしれませんね」
「いやいや、万が一があるから。じゃあ、頼んだよ〜……」
「全部ボコボコにします」
「がんばれ〜……」
僕は投げられていた少女の近くにゆっくり地面に腰を下ろし、治療に専念をした。
◇◇◇
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
押し潰し、踏み潰し、握り潰し。
湖から身をよじらせて出てきたワニのような魔物の口をこじ開け、胴体にくっつけていた。ものすごい速度で敵を屠りながらも、消耗を考えて使わないところは素の力で対応。
緩急を使って戦うその姿を見ながら、地面に投げられていてもスヤスヤと眠ってる少女の方をチラと視界に入れた。
「やっぱり、魔族なんだろうなあ」
なんて呟くのには理由がある。
ダンジョンの扉の開閉の仕組みについて今現在の有力な仮説は、
『単一の魔素しか同空間に存在できず、《強化個体》と《攻略者》が危険指定区域にいた場合に扉が閉まるように出来ている』
と、いうことだ。
「攻略者が来た時に扉の鍵は開いてたから、そうなるよな」
人ならざるものなのだろう。
緑がかった黒髪は肩上まで伸びている。僕やアンよりも少し大きく、そして見つめるのが気まずくなって目線を外してしまうほど……肢体が曲線を描いている。クラスに一人はいるやたら発育がいい人みたいだ。
「と、失礼か。ごめんなさい」
いくら魔族とはいえ、異性だ。寝ている異性の体を見るなんてサイテー。気持ちを切り替え、ダンジョン入口に背をもたれて遠くで戦うアンの雄姿を見ながら……。
「これから、どうしようかなあ」
右腕の火傷然り、この女の子然り。課題がたくさんだ。
「課題なぁ……」
ふよふよと水の魔法で包む右手をみやり、苦い顔をした。
僕の火傷は相変わらず治っていない。
……そう、治せれないのだ。
今の僕なら単純な怪我や火傷、麻痺などの簡単な状態異常なら治せれる。
とどのつまり……ただの《炎》ではないというのだ。
最初は黒炎――ヘルファイア……えーと、つまりは火属性の上位の魔法だと思っていた。
しかし、アレは消える炎だ。消えない炎となれば話が違ってくる。僕が知っている限りでは、この世界でそんな炎は聞いたことが無い。
「鑑定で見ても分からず、単純の状態異常回復では治らず、未だ出会ったことのない魔法で受けた損傷……」
そんな炎で火傷した腕を治してもらうツテなんかない。出来るだけ早く治そうとするなら、街に入った方がいいだろう。
しかし……と隣で寝ている少女を見て。やっぱり気まずくなって視線を外した。
「はてさて、どうしたものかと」
魔族と思われるこの子を街に連れて入るわけにはいかない。起きてる時に会話はできていたが、今度もそうであるという確証はない。
「どうせ、ただの火傷じゃないんだからお医者さんに診てもらっても仕方がないかあー……?」
だったらどうするっていうんだい。
あ、そうだ! エリルに聞いて――いや、エリルさんにもこっぴどく怒られたばかりだからやめておこう。
『なんでっ! 私を頼らないんですかっ!! 頼れって話をしたばかりですよねぇ!!?』
『無茶をしすぎなんです! お体を大事にしてください!』
右からはアンから、左からはエリルから……耳元で大音量で怒られたのだから、すぐに「この火傷どうしたらいい~?」って聞けない。
最後の方、一人で無茶しちゃったからなぁ。いやぁ、悪い悪い。
(アンは反動で動けてなかったから仕方ない……と思うけど、もっとやりようはあったって言われるとそうかもしれない)
……成長を焦る気持ちがあるのは事実だ。
こればかりは嘘をつけるほどの余裕がないほど焦っている。
「成長の代償と言えば聞こえはいいけど、未熟な証拠か」
右手を出して、ジクジクと痛みを感じた。痛いんだなぁ、これ。……見た目もちょっとグロいし、どうにか治したいんだが。
やや考えて、そうだ、と思いついた。
「……レヴィさん。レヴィさんに聞こうか」
どのみち、攻略の達成報告もできていないのだ。すっかり忘れていた。収納袋から通信魔導具を取り出し、魔素を込めてみた。使い方はこれしか聞いてないけど通じるだろう。
「通じるだろう…………だろう……。通じ、ない」
左手で持ち上げ、ぶんぶんと振りまわす。うんともすんとも言わず、見た目も変わらない。
「やっぱり故障してるのかオマエ。おい、おいっ、オマエにだけは強気に出れるぞ僕は」
八つ当たりのように振り回し、急に虚無感が襲い、すっと膝上に置いた。
「無機物になに憤ってるんだか」
夕方だから忙しいのかな。
それともご飯中とか……?
「仕方ないか、時間を改めて」と瞑目して肩を落とした――……
《あぁ、すまない。今、気が付いた》
声が聞こえた。
少し籠ったような、不鮮明だけどレヴィさんの声だ。
「あ、えー……レヴィさん?」
《すまない、少し通信状況が悪く――あぁ、いやその前に下位迷宮おめでとう》
「おぉ……ちゃんと届いていたんですね。よかった……」
通信魔導具ってこんな感じか。通信状況が悪い時のノイズ込みで酷い音質。籠っていたのも少しは解消をしたけど、まだまだ声が微妙に普段と違う。
「それでなんですけど……今から街に向かっても門って閉まっちゃいますよね」
《そうだな。どうしたんだ?》
「いえ、少し傷を負ってしまって……それも割と厄介な感じで……」
《それならその場所から南東に下った先にある村に行くといい。いい治癒士を知っている》
「南東……となると……」
《入口から出て、左斜め前だな》
振り返ってダンジョンの入り口を見る。
入り口から……となると……向こう側か。
「ありがとうございます。それで、レヴィさん達の方はどうですか?」
《あぁ、順調だ。では道中気を付けるんだぞ》
「は……はい」
そんな急ぎ早に話を進めなくても……。
シュンとした顔で膝上の通信魔道具を見つめて、持ち上げた。
「ん〜」
通信魔導具って面白みがないんだなぁ。前は光るとかなんとかって言ってた気がしたんだけど……。持ち上げた通信魔導具をジロリと下から眺めて、まぁいいか、と下ろした。
ゴソゴソと収納袋にしまい、アンの方を向いた。
「アンー、行く場所決まったよー」
と、大きな声で言ってみたら、戦闘中のアンがわざわざ立ち止まってぺこりと頭を下げた。
「って、あぶない!」
ハンマーを持って後ろから迫る魔物が見えた。
僕の注意も届かずアンは大けがを――負うこともなく。
むしろガコンッと攻撃を食らったというのに、攻撃したはずの魔物がひっくり返っていた。
「あー……わあ……」
どうなってんの、あれ。僕もやってみたいんだけど。
アンはぽかんとしてる。攻撃喰らいましたよ、あなた。
なんだかんだで魔物の数は減ってはいるようだ。まだまだ数は残っているけど、このままアン一人で全滅をさせてしまいそうだ。
少し補助くらいはしたほうがいいかな、と思って腰を上げた。
《――~~》
あれっ。
「いま……」
サァァ……という風の音に紛れて、何か聞こえた。
人から発せられたような、それも若い感じの。女性……だと思うけど。
「鼻歌……?」
動きを止めて待ってみても、もう聞こえない。
「……きのせい……なのかな」




