214 ひっかかり
扉を開けると直ぐに鼻に来るニオイが押し寄せてきた。
「ウっ……」
咄嗟に鼻と口を袖で覆い、こみ上げてきた吐き気を堪えた。
コレは……少しだけ身に覚えがある。
汗や血、泥臭さと言ったものが混ざったニオイ。訓練中に頭から魔物の体液を全身に浴びた時のモノ。
――いや、それよりも重く、キツい。
「何かいます」
アンの言葉で扉を支えたまま中を確認。
何か……って、ダンジョンの濃い魔素で『魔素感知』がゴチャゴチャしてうまく機能しないし、暗くてよく見えないんだけど……。
あ、でも、なんとなく分かる。
「……動いてはいませんね」
「そー……だね」
そして一歩。中へと踏み込んだ。
バタン。背後の扉が勢いよく閉まった音。
そしてそれと同期するように、壁に取り付けられた燭台が一斉にボッと明かりを灯した。
「……わざわざ灯りが着いてくれたからボスの姿が丸見えだな」
全方位20メートル程の空間。広くもなく狭くもないその中にいたのは、大剣を持っている骸骨とその後ろに弓を構えている大きな骸骨が一体ずつだった。
大きな、と言っても2.5から3メートルほどの高さ。それだけでも見上げる大きさなのに、醸し出される雰囲気から『さっきまでの骸骨とは格が違うぞ』と言われているような気がする。
ちゃり。
「ん……?」
足に何か当たった……。
「……プレート、か」
銀等級が多く、金等級も少し見える。その数10つくらい。
扉が開いた時点で中には『冒険者』か『そうでないモノ』のどっちかしかいないってことは分かってはいた。
で、異常事態は解決していないとなると……。そうなるよな。
分かってた、分かってたけど……。みんな、この階層で負けたんだ……。
「あるじ、やりましょう」
「……」
「あるじ……?」
「いや、なんでもないよ……」
顔も名前も知らない人達の死を哀しむ時間は、残念だけどない。
だけど、この戦いが終わればここにある認識票を全て持ち帰ろう。彼らとその遺族が少しでも報われることを祈って。
「倒そう」
手元へ刃が長い小刀を召喚をし、バタフライナイフのように回して具合を確認する。
――さて、『鑑定』を走らせてみるか。
個体名:スパルトイ・ソルジャー/???
耐性:打撃攻撃軽減、魔法攻撃軽減、隷属無効化、状態異常無効化
特筆事項:肋骨内の魔素供給源が発する魔素で形状記憶。
弱点:特になし。核の破壊または修復不可能な程度の攻撃で倒すことは可能。
知らない間に『鑑定』も色々見えるようになってる。
鑑定自体のレベルが上がったのもそうだけど、魔素理解と魔素操作のレベルも上がったのかな……?
「打撃と魔法の耐性が付いてるみたい。他は変わらないよ」
「分かりました」
拳殻の具合を確かめていたアンは、ぴょんっと高く飛び、ダンっと地面に足を着いた。
すると、アンの魔素が爆発的に増加。
「あっ、ちょっ、アン! まずは敵の様子を――」
「二体とも、貰います――ッ!」
「あー…………」
落ち着かせる言葉も届かず、地面を抉り、駆け出していく。
黒く禍々しい拳殻と長い黒髪で、まるで黒い稲妻のよう。それほどまでに早く、空気抵抗を減らすように尖っている。
完全に戦闘のスイッチが入ったアンに遅れて僕も走り出した。
ここ数日は、弱い相手に手持ち無沙汰を感じていたようだったし……仕方ないか。
個人的に弔い合戦な気持ちでいたけど、僕はサポートに徹したほうがいい気がする。
カタッ。
「――ん、邪魔はしないでね」
弓を番えた骸骨弓士の前面を半透明の無属性防御魔法『障壁』で射線を遮った。
僕がそうしている間には、アンは骸骨剣士へと飛びかかり、大剣と拳殻で金属音を鳴らした。
――キンッ。ガキンッ。キュイ――ッ。
大剣をわざと拳殻で受け、滑らせ、地面へと落とした。
と、そうなった時は大体剣を手放すか、地面から引き上げるか。
「……まぁ、アンがそんな分かりきった動作をさせるわけもないか」
タタタタと素早く剣の上を駆け上がっていき、死に体の骸骨剣士の目の前で大きく拳殻を振りかぶる。
グググっと溜められ、至近距離で放たれるアンの拳技。
「――『大槌』」
真上から振り下ろされたそれは、骸骨剣士の頭蓋骨から骨盤までを一直線に粉砕。
その道中にあった魔石も、パァンっと心地の良い音ともに砕け散った。
一体が撃破された横にスライドして『障壁』から強引に出ようとしている骸骨弓士への射線管理を続行。
終いには『障壁』が壁から壁まで続き、僕達と骸骨弓士を分断する形にまでなった。
「上、開いてますか!?」
「うん、そのまま飛べば行けるよ」
「それなら……!」
跳躍し、障壁を超えて骸骨弓士のほうへ。
直ぐにさっきと同じ音が響き、確認のために魔法を解除するとアンが立っていた。
黒い拳殻を付けている両手を握り、考え込むように首を傾げた。
「……ん、クエストの対象ってここなんですよね?」
「うん。間違ってはないはずだよ。……どうかした?」
「……いえ。ただ……物足りない、というか」
「つまり、弱い、ってこと……か」
確かに、言われてみるとおかしい気がする。
アンがオーバーパワーなのは前からだけど、でもあの二体が白金等級を倒したって? エルシアさんやあの時の重装備のおじさんレベルが負けるような相手か……?
僕は戦っていないけど、とてもそうは思えない。
何か、引っかかる。




