201 くだらん
クラディスが出ていき、小さな図書館内は静けさを取り戻した。
扉越しに聞こえる廊下を歩く足音が微かに聞こえるが、気にはならない程度。
だが、念の為にと座ったまま施錠して、無詠唱で『遮音魔法』を部屋に張り巡らせる。
すると今まで聞こえていた足音がスっと消え、外界から遮断された空間を作り出された。
「はぁ……。出てきていいぞ」
と呼びかけると、先ほどまで白壁だった部分がぼやけ、歪み、一つ人影が姿を現す。
そう返事を返したのは赤茶髪で筋肉質な上位冒険者――ムロ。
ムロが出てきた場所はただの白壁へと元通り。その部分をペタペタと触って、おぉ、と感嘆の声を一つ。
「ンにしても、俺らの老後の面倒見てくれる奴がいるとはな」
「これで結婚する必要もなくなったな」
「あぁ、ゴリラみてぇな女と無理に付き合おうとする必要もなくなる」
冗談っぽく言い合い、控えめに笑う。
そして、本題に入ろうとして、スッと表情が無意識に硬くなった。
「で、突然呼ぶからなんだって思ってたが、アレを伝えたかったのか」
「あぁ」
返答を受け取ったムロは、少年が出ていった扉を見て項垂れるようにため息を一つ。
「……あいつが転生者ねぇ」
「驚きだろう」
「瞳を見た時にはな何となくそうだろうって思ってたがな。9割くらい」
そう言いつつ部屋の窓が見える場所へとずかずかと移動。
外にいる子ども達を見降ろし、先程までこの部屋にいた少年の姿と重ねる。
あんな夜に平地で狼に襲われていた子どもだから、そう思ってたわけじゃない。紫の瞳を見てから、そう思っていた――というのも少し異なる。
この世界のことに無知であったことも、ユシル村の村人であったというのが事実であるのなら、無理もないと片を付けれる。
そう、ただの、可能性の一つとして思っていただけ。そして、それはレヴィも一緒だった。
だから、あの日、クラディスに鎌をかけた。
お前は転生者なのか、と。
「これで10割になったのではないか?」
今日、ムロを事前に部屋に呼び、認識阻害の簡易な結界の中に居ろと言った。
その理由は不確実なものを確実なものにする、ムロの答え合わせをさせるため。
「9.9割。あの弱っちいガキが転生者って今でも信じられねぇよ」
「あぁ。私もだ」
例え真実を知ったとしても、それを全て信じれるわけではない。
それは大方、そうであってほしくない、という願望が元になっているのだが、自分たちの拾った子どもが咎人だったと喜ぶ者はいないだろう。
ムロは背中に太陽の温かさを感じ、大きな体で小さな伸びをすると、くぁ、と大きな欠伸が出てくる。
目じりに溜まった涙をこすり、でもさぁ、と気怠そうに。
「なんでお前、監査庁にいわねぇの?」
この静かな空間にその言葉が響く。
その言葉には反応せず、まるで分かってるだろうとでも言いたげな動きで、ぱら、ぱらと頁を捲っていく。
返ってきた反応に、小指を耳の中に突っ込み耳かき。そして息を吹きかけて飛ばした。
「やってること、重罪行為だぞ。分かってんのか」
今更、転生者がこの世界でどうなっている、というのは説明する必要などない。
ましてやレヴィは魔導士だ。ムロの知識よりも含蓄している知識量は何倍も多い。
ムロの『重罪行為』よりも、感じるその尺度が大きなことも、言わずもがな。
だがしかし、レヴィは本から目を上げることはせず、
「くだらん」
と、言葉を一刀両断。
そしてこう言葉をつづけた。
「今更、自分可愛さで転生者だと売る訳が無いだろう」
そのような覚悟など、既に持ち合わせているのだ。
まさに、今更、という言葉が的を得ている。
クラディスと出会った日。ステータスを抑制する眼帯を与え、どうか転生者だとバレないように努めてほしいと願ったあの日から。
預けて数週間後に部屋を訪れ、印象に残るように転生者のことを伝えたあの日から。
あるいは、それよりもずっと前から、レヴィの心は決まっていたのだ。




