187 呼び出しからの急用
引っ越しも済み、食材調達へと行かないともう今日の夜に食べるものがない! ということで、僕たちは買い物に行くことに決めた。
しかし、外出時は気を付ける必要があるのだ! いつ、どこで、怖い人たちに襲われるか分からないからね。
だから装備一式を入れた収納袋は常に携帯をする。あとはギルド的に、変装した方が良い、のだと。
と、ここまでは少し前までの話。
実は、もう、変装に関しては考えがあるのだ。
家から少し歩いたところにある服屋さんでソレを購入し、装着。
「ふふふ、どう? 似合う?」
変装した姿をアンに見せるようにくるっと一周。
「とても似合ってます。なるほど、種族を誤魔化すのですね」
「僕が只人の見た目だということと、白髪っぽい髪色を逆手に取った大作戦! いい案でしょ」
そう、僕が今つけているのは猫人族用の帽子。
猫耳の部分がふっくらと形づくられているモノで、これを付けていることで僕は猫人だと見てもらえると踏んだのだ。
この世界ではこれが当たり前だから、コスプレだのなんだのはむしろ失礼……と言い聞かせる。
「包帯を眼帯の代わりに……。これで向こうは誰だか分からないと思いますよ」
「アンのポニーテールもよく似合ってるよ。この前少し短めに切ったから、尚良し」
アンの方は首が隠れている服と、左側のポニーテール。それと先生の部屋で見つけた赤眼鏡を付けている。
「以前にあるじがしてくれたのと比べると、まだ全然ですが」
「そんなことないって、上手くなってる上手くなってる」
「ほんとですか……?」
「ほんとですよ?」
鏡の前で頑張ってた姿が見えたし、何より僕の美的センスは「似合っている」と言っている。
知的な見た目。少しだけ見える褐色肌のうなじ。
うん……。でも奴隷首輪が無ければ、もう少し服装の幅が広がるのか。
首まで覆う服装に限定されちゃうもんな……。
「ね、アン」
「? はい」
「……首輪、外さない?」
「いえ、嫌です」
きっぱりと。ふるふると首を横に振り、長い耳が揺れる。
「そっかぁ、気持ちは変わらないのね」
奴隷の首輪は本来、言うことを聞かない奴隷に強制的に言うことをきかせる物だ。
アンには必要ない物だし、何より重たそう。寝る時に冷たくなってるから、寝づらそうなんだよな。
だけど、前からさっきみたいに外すことを何度も持ち掛けてるんだけど、頑なに拒否をされ続けてる。
「不便、じゃない?」
僕の問いに、アンは首輪に手を当てて考え込む。
”クラディス”と、この世界の文字で刻まれた箇所をなぞった。
「……いえ。でも、たとえ、不便だとしても……コレは、初めてのあるじからの贈物なので」
あ、泣きそう。
そうか、そういう感じに捉えているのか。
だとしても、奴隷首輪……だよな。あるより無い方がいい代物だ。
それなら……。
「……外し――」
「嫌です」
「……た後に、加工するっていうのは?」
「……加工、ですか?」
「うん。外した後に加工して、小さい装飾品とかにするのはどうなのかなってー」
指をくるくると説明するように動かす。
「あ、その首輪で作る装飾品とか縁起でも、ない……かな?」
僕の言葉を聞くと、アンはどこか言いにくそうに口籠った。
目線を右に、左に。そして、僕の方へと。
「……それで、お願いしていいですか……?」
「! うん!」
アンがどれだけ思ってくれていたとしても、やっぱり、奴隷の首輪というものは気にくわない。
奴隷の首輪を外し、殺された貴族の話を聞いたことがある。
拘束力という面では、期待されているのだろう。
それこそ元犯罪者になら必要なのかもしれない。
「じゃあ、今日の買い物のついでにタルトさんのとこに行こうか」
「はい。――あ、でも、その、迷惑だったとかそういうのではないんです。ただ……えっと」
「分かってる、分かってる。でも、贈物なんだったらちゃんとした物を贈りたいからさ」
だけど、転生者は犯罪者じゃない。
アンが奴隷首輪をつけられている理由は、転生者の子で、危険だと判断されたからだ。
転生者の子は危険ではないし、彼女は一人の立派な女の子だ。
必要ない。
「着くまでにどんな形にしたいとか、考えといてね」
「どんな形に……」
チラと僕の方を見て、何か思いついたような顔をした。
「わかりました」
「で、その後にコレだ」
スッと取り出したのは、投函口にあった一通の手紙。
「? それは」
「ペルシェトさんからだと思う」
アンの前で広げてみせると、ペルシェトさんの字で内容が綴られていた。
『本日! ギルドに来なさい! 以上』
時刻は指定されていて、このまま行けば順調に間に合うだろうと言ったところ。
「ギルドに……なにか用でもあるんでしょうか?」
「わかんない。とにかく来いってさ。だから、タルトさんのところ、ギルド。で、買い物にしよう」
「今日はやることがたくさんですね!」
「そういう日もあってよし! れっつごー!」
「れっつごー!」
高く手を上げると、アンも手を高く上げてくれた。
◇◇◇
タルトさんのところに訪れたあと、ギルドへと着くとがやがやとしていた。
中にいたのは大勢の駆け出し冒険者。それらがギルドのスタッフさんからの話を受けていた。
遠足に向かう小中学生みたいな――と言っても僕と身長は変わらない。あんなに集まって何やってるんだろ。
「あ、クラディスくんとアンちゃん! やっと来たんだ。珍しく遅刻だけど何かあったの?」
ペルシェトさんが手をぶんぶんと振って、駆け寄ってきた。
「お世話になってる防具屋さんからの道で迷子になっちゃって、すみません。急ぎの用事でしたか?」
「用事というか、なんというか。とりあえず、これ見たら分かる!」
グイッと前に出されたクエストの紙を見てみると、そこには『試験運用につき、参加者募集!――銅等級から金等級の冒険者を集めた大規模クエスト』と、書かれていた。
「……大規模クエスト?」
用紙からゆっくりと顔を上げると、ニィィッと笑って肩を組んでコソッと耳打ちを。
「ここだけの話、近年クエストでの失敗報告が多くてね。それについて上の人間がガミガミガミガミと怒ってたわけ。そこで、前から意見として出ていたのを試験的にすることにしたの!」
「失敗報告と大規模クエストになんの繋がりが……」
「それが大有りなんだよねぇ~。先輩冒険者の戦いっぷりを見て、駆け出し冒険者は勉強ができるってわけ。そういうのって駆け出し冒険者にとって必要なんだけど、上の冒険者は面倒くさがってやらないし、彼らも上との繋がりを作らないの! だからウチがそれをするのー!」
「そういうことなんですね」
「そういうことなんですよ」
なんとなく納得。交流会みたいなもんか。と思っていたら、アンが間からヌッと。
「ペルシェト――先生、少し、距離を」
「あぁ、ごめんね」
へへへ、と笑いながらペルシェトさんは肩を組むのを解いた。
試験的、か。ギルドも色々とやるんだな。
「その、駆け出しと上の冒険者ってやつ。僕達はどっちの立場でいたらいいんですか?」
プレートで言えば、僕とアンは銅の冒険者だ。
冒険者になって日も浅く、駆け出し冒険者に該当する。
数日後に予定されている昇級審査で銀へと上がるか否かが決まるけど……。それでも一般的に見たら駆け出し。
アンを宥めていたペルシェトさんは、僕の問いかけに対して人差し指を立たせた。
「もちろん、上の冒険者役、として」
にやり。
そりゃあ、そうでもないと呼ばないよな。
駆け出し冒険者への目立たない補助役に適任だ! とでも思われたのだろう。
「これ、買い物できる時間あるかなぁ……」
「さっさと片付けて帰りましょう」
急用も急用だよお……。




