178 任務失敗の報告
今までこんなことは無かった。
いつ、どんな内容の任務を与えたとしても、最大の戦果を常に持ち帰ってくる。
奴隷としての振舞いは崩れたことはなく、その模範とした態度は館内にいる他の奴隷達の手本となっていた。
最も印象に残った任務はやはりあれだろうか。自分を売った自身の家族を皆殺しにさせた、あの一件。
自分の母や父、妹や祖父母を殺せと命じられてもなお、淡々と任務を遂行。首だけの状態にして、猫が主人に獲物を獲ったと誇るように主人の身の前へと並べた。
なんとも痛快。復讐劇とはあれほど喜劇的なものか、と笑ったものだ。
どれだけ残忍な任務であっても、必ずやり遂げる。手駒の中でも最良な一等級戦闘奴隷。
――そんな優秀な手駒が殺されただと、誰が信じられるか。
「くそ! くそおっ……!! アイツらがただの子ども二人に負けただと……!?」
男の声が響いているのは、ロバート公爵が治める領地に建てられている館の一室から。
数日前に帰還予定だったシルクという一等級戦闘奴隷が返って来ない。そして、派遣をした冒険者達の消息も全てが不明となっている。
いや、不明であった、というべきか。
【フーシェン】の冒険者で組まれた捜索隊からもたらされた報告が、先ほど通信魔道具を通してロバートの耳に入った。
『イニシアの森の深奥にある中位迷宮上広場。そこで、認識票とシルクが付けていたと思われる奴隷の首輪が見つかった』
全滅だ。
ただの少年と少女相手に、ロバートが任命した者達が敗北をしたのだ。
「有り得ん!! 私が送った戦力が負ける訳が……ァッ!!」
「まぁまぁ、ロバートの旦那。そうカッカすんなって」
激昂し、机の上を叩くロバートの目の前――向かい合わせにソファが置かれている場所。
館へと訪れた客でも応対できそうな場所に座っている男が、ロバートを宥めるような軽い言葉をかける。
「支援先の血盟の中堅層と……えー、なんだっけ。お宅の奴隷が死んだだけじゃんさ。そう頭を悩ませる必要もないっしょ! 気を楽に行こうよ」
「しかし……奴隷を殺し損ねたら、こちらの内部の情報を言ってしまうかもしれないのですぞ……?」
「その元居た奴隷が知り得る情報など、たかが知れているだろう」
ロバートの疑問をぴしゃりと返したのは、同じくソファに座っている男。
絢爛豪華な一室にはロバートの他に男が二人。それぞれが楽な姿勢で腰掛けていた。
執事やメイド、奴隷達はその二人が訪れたことで部屋外で待機命令がされている。要するに、人払いだ。
「ほら、ウーさんもこう言ってるからいけるって」
「ウーさんと呼ぶな。名前で呼べ」
「えぇ~? ウィンストン……? ウィンストン……んー、え~、あー……。呼びづらいから、やっぱり『ウーさん』で!」
「……」
愛称はウーさん。なんとも可愛らしい名前だが、見た目は「ウーさん」という愛称には似つかわしくない。
睨んでいるような鋭い目は赤々しく光り、捻りが加えられた清潔感のある黒髪が分け目から右目にかかるように落ちてきている。
会話中も表情などが全く変化しておらず、顔は整っているがなんとも堅苦しい印象。
上は薄い灰色のカッターの上に黒ベスト、下は黒ズボンを身に着けていることで、中年男性のような魅力が少しばかり。
渋く、洒落ている気難しい男性。出された珈琲――角砂糖が多く放り込まれた――を飲む姿は板についている。
「俺のことをテーさんって呼んでいいからサ」
「呼ばん。呼びづらい」
「え~っ!」
一方、事態を軽く捉えているような態度をしている男は、ウィンストンとはなんとも対称的。
髪色はワインレッドで、長い髪の毛を一本の三つ編みにして後ろに伸ばしている。
時折見える歯は肉食動物の三角牙のようにギザギザ。言動と表情には、男の不敵さがこれでもかという程に表れている。
鋼のように引き締まっている男の体には申し訳程度の上着が身に着けられ、その下、厚い胸板にはサラシがぐるりと巻かれている。下半身には腰布を巻いた裾の広い白パンツ。彼の衣装は海を挟んで南に位置する灼熱国の民族衣装のようだ。
衣類を着用しているとは言えども、上半身の6、7割ほどが露出されている。だが、それがなかなか『武闘家』という印象を与える。
「あ! じゃあさ! 旦那はテーさんって呼んでくれよ!」
場所が場所なだけあって、男の服装や言動は無礼だと取られても仕方がないように思えるが……。
「……善処させてもらうよ」
ロバートは気にも留めていない様子。むしろ、顔色を伺いながら話をしている様にも見える。
その理由は一目で足りる。彼らの胸元で細鎖に繋がれている優美な翼が彫られた白亜の認識票――白翼等級を見れば必然と。
最上位二階。単体で上位魔族と渡り合うことが出来る稀有な存在。協会に存在する派閥の中心。時代が違えば、英雄になれた者達。
たとえ二大貴族のロバートであったとしても、目の前にいつ点火するか分からない兵器があれば気を擦り減らすのも当然であると言える。
「――で、こいつは置いておいて。今回私達を呼んだのはどういうことだ? 先ほどから声を荒げている内容は分かったが、要件は何だ」
「それは……奴隷とその主を……」
「殺してほしい、か。つまりは私兵が失敗したから、その――」
「尻拭いか」
「後処理……か」
発言を遮られたと感じ、じろりと隣の男に目を向ける。
その鋭く赤い瞳をじぃーっと見つめ、武闘家はふふんっとソファの背もたれに満足そうに背中を押し付けた。
本来なら小言の一つでも言ってやりたい気持ちを抑え、目線を戻す。
「……我々が後処理をするというのも一つの手ではある。だが、【フーシェン】との繋がりが冒険者組合へと知られてしまっている以上、少し面倒だ」
「では……」
「まずは情報。内部の情報統制をして下の者まで情報を流さなければ、外部のその二名と冒険者組合側に情報が行くだけだ。それ以前に、情報が伝わっていたとしても物的な証拠も根拠も向こうは持っていない。多少の揺さぶりはかけてくるだろうが、そこまで大袈裟に取り上げることはできないだろう」
話を聞く限り、向こうに行った情報で大きなものは【フーシェン】との繋がりだけ。
証拠と呼べる物は、拷問の類で聞き出された言質があれば1つ、そうでなければ0。目撃証言など権力の前では何の証拠にもならない。
どんな形であれ、冒険者組合には間違いなく情報はいくだろうが。
元奴隷が知っている情報の中には、機密性が高い情報が含まれている可能性は低い。ともなれば……。
「この情報が王国の耳に入っちまうと、ほぼ確実に軍拡をしてくるだろうけどなぁ〜」
にたにたと笑いながら男が姿勢を正しながら会話に入ってきた。いや、これは口を挟む、といった感じか。
話の流れを見守り、茶々を入れる隙があれば入れ、そうでなければソファに埋まったままキョロキョロと部屋の装飾類を興味深そうに見回す。
不敵な態度とはよく言った。この武闘家は、ただウィンストンの反応を見て楽しんでいるに過ぎない。
「そうだな。では、お前ならどうする?」
ならば、とウィンストンはどこまで理解をしているのかを定める為に、意地悪そうに話の続きを促す。
話のバトンが渡されるとは思ってなかったのか、目を白黒させると、気まずそうに目を逸らした。
誤魔化した男にはそれ以上の追及はせず、「少し静かにしていろ」と一言。
返事は返ってこずとも、クッション性に富んだソファに体を埋めていっているのを横目に、ウィンストンはロバートとの事務的な話を進めていった。




