閑話 ティナの日常・訓練監督
普段なら先にいるはずのクラディスだったのだが、数分しても来なかったのでパンの袋を抱えたまま竹林の中に入っていった。
ズシズシと中に入っていくが、完全に気配を消しているようで隣を素通りしても魔物に気付かれていないようだった。そして少し奥まで何かを確認しに行くと、すぐに戻ってきた。
どうやら魔物がいることを確認してきたようだ。
「うむうむ、よしよし、初めてにしては上出来じゃ」
パンをカジカジと食べてナグモの部屋から持ってきた水筒で喉を潤していると、スキルを使いながら全速力でクラディスが走ってきたので、
「遅刻するのはいい度胸じゃの~」
と、笑いながらパンで頭を小突いて訓練を開始した。
いつも通り魔物相手に縄張りに侵入したことを知らせる威嚇的な足踏みをして、先ほど確認した魔物達を呼んで、適当な所に腰掛ける。
その間にクラディスは武器を構え、戦闘態勢に入る。もちろんスキルは使わずにだ。
二日に一回の訓練なのだが毎回場所を変えている。さすがに毎回何百という魔物を討伐しているので同じ場所なら出が悪いこともある。それにクラディスが一回やった地形でやるのは訓練の難度を引下げてしまうと言うのが理由だ。
「ふぁぁぁ……見張りも要らぬ程成長したの」
そんな声が聞こえないほどクラディスは集中して、自分の身体能力と技術だけで敵に一撃を当てていく。
柔軟に、繊細に、確実に、貪欲に、敵を倒していき成長をして行く少年を見ながら、気配を消してパンをゆっくりと味わいながら食べる。
クラディスもなるべくその場から動かないように心がけ、大きく動いたとしてもティナの目から離れないようにして体を自由自在に動かす。その動きにはティナと最初に戦った時のような構える動作も省略され、武器の位置やその場の体勢から無意識に最適の攻撃を加えれるようになった。
常に10数匹に狙われている状況で場所を移動し、囲まれたとしても何とか切り抜け、時には竹の靱やかさを利用して攻撃を繰り出している。
しかし、まだまだ甘い動きが多い。
「痛った!! えっ!?」
『アァアアァァアアェェェエエエエ!!!!』
魔物の不意打ちをまともにくらい、そのまま両手を持たれて地面を数メートル背中が擦れるように投げ飛ばされた。直ぐに起き上がえて何とか追撃は避けられたようだが、しばらくペースが乱されたようで攻撃を捌くのに手一杯の様子だった。
今戦ってる相手は一般のゴブリンキングよりも少しホブよりのゴブリン、概ねゴブリンキングになりかけだろう。その一体とその群れがクラディスを多方面から攻撃をしている状況だ。
その個体は厭らしい中遠距離からの攻撃ばかりして、クラディスに傷を蓄積していってる。隙を見せた瞬間、もしくは自分の率いている群れに気を取られてる瞬間を狙っての攻撃は、生き抜いてきた知恵と洞察眼が活きてるのだと思える。
その個体の攻撃にクラディスも相当手を焼いているようだ。
「っだァァッ! あぁ!! お前、めんどくさいっ!!!」
『ガガガァァァアアアェエエ』
倒そうとすれば距離を取られるのを分かったクラディスは、他の魔物へ意識を向けて攻撃を再開した。
「面白い鳴き方をするの……」
教え子が苦戦している様子なのだが、ティナはパンを食べながら鳴き方を聞いて少し笑っていた。
ティナが訓練中に手を出したことは何度かあった。だがそれは最初の頃だけで、ここ最近は心配をしなくても良いほど成長をした。
手を出さないだけで、死にかけそうになってるのは何回もある。だが、自力で拘束を解くために噛み付いたり、覆いかぶさって居た魔物の眼球を潰してよろめかせる。綺麗では無い"生き抜く戦い方"で切り抜けて来た。
「はよ倒さんと、集まってきとるぞ~」
「分かってます!!」
「なら倒せ、時間をかけるようなやつじゃないぞ。冷静に戦い方を考えたら秒で始末できるぞ相手じゃからな」
「戦い方っていわれても」
「思考を止めるんじゃないぞ~」
どこか抜けるような声をしているティナの言葉を聞いて考えた様子だったが、自分なりに落とし込めた様で表情が変わった。
しばらくそのまま戦闘を続けながら、クラディスはホブゴブリンを意識から外さず大方の位置と動きをぼんやりと捉えていた。
そして、クラディスの他の魔物への攻撃動作を見てたホブゴブリンが攻撃動作を取った瞬間に、手に持っていた小刀を腕目がけて全力で投げた。
「あっ!」
『ェアアッ!!?』
その小刀は外れはしたのだが面白い泣き方をする個体を驚かすのには十分だったようで、持っていた大きな石を持つバランスが崩れて、足踏みをしていた。
クラディスも失敗したと思っていたようだが、それを好機にして一気に詰め寄り、体勢が悪いまま振り下ろされた攻撃を簡単に避けて、首から上を蹴り飛ばした。
蹴った衝撃でホブの下半身が後ろに転びそうだったので、後ろに転がっていた投げた小刀を拾って戦闘に戻って行った。
「ほっ、よっ、よいしょっと――ほー、こりゃまた綺麗に蹴りあげたなー」
その死体の元へと近づいて見てみると蹴りだけで飛ばされたとは思えない程、首から上が綺麗な断面で飛んでいた。綺麗な一撃で倒されているということは、クラディスはまだ余力があるようだ。
近くに転がっていた頭と死体を遠くに持っていき、地面にぶんっと投げた。これくらいの大きさでクラディスのメインの戦場から離れている死体はこうやって引き摺って奥の方に置いておくと、微力に残った魔素や血の匂いで他の魔物が寄ってくるから絶えず魔物が出てきてくれる。
「ふふ」
そうして血の匂いに誘われて続々と姿を現したのも危なげなく倒していき、20時くらいには魔物が来なくなった。
「お……わりですか……っ?」
クラディスももう体は動かない状態で、汗も拭わずティナをまっすぐ見てきた。
奥の方を見てみると少し離れたところにポツポツと気配があるのはあった……が、来る様子ではなかったので今日の訓練は終わりと伝えた。
「はぁはぁ……、疲れだぁ……」
「水分いるか? 飲めるか?」
「無理です……ぅ」
「じゃあそこで休んでおれ、体力が回復するまで守っちゃろう」
「……って言ってくれてますけど、いつも僕の髪で遊ぶだけですよね」
「そういうのなら髪の毛だけでなく、顔とか眉毛でも遊んでやろうか? まぁそんな嫌そうな顔をするな、訓練の見守りは結構暇なんじゃぞ! 少しくらい付き合う方が先生思いがあると思うがの?」
「僕は動けないので、ご自由にどうぞ……」
「ふふはは、よしよし、良い子は好きじゃぞ!」
クラディスの隣にパンをむしゃむしゃと食べながらトスンと座ると、体が動けるようになるまでクラディスをつついて遊ぶのであった。




