閑話 ティナの日常・パン屋
「ふぁぁぁ……眠いのぉ……」
ティナの一日はナグモが借りている部屋のベッドから始まる。部屋はクラディスには教えていないが、クラディスの部屋の真下の部屋で男性寮の一階に住んでいる。
動物の柄が着いていた服から適当にナグモから買ってもらった服に着替えて、ナグモの部屋まで歩いて向かい、一緒に朝ごはんを食べるのが日課だ。
「今日は卵焼きはないんじゃな……」
「昨日作ったからね、また明日かな。栄養とか考えないとね」
「なんじゃそれ」
「えぇー、そういうの気にしてないからティナちゃんは身長が伸びないんじゃないの?」
「はぁ? そんなことないわ、馬鹿にするな。ワタシが小さいのは発育上の問題じゃない……ハズじゃ」
「これからはちゃんとご飯とか気をつけないとね。料理を作ってくれるのはいつも誰なの? ユラさん?」
「グラルスじゃ。ユラはどうも味覚がおかしい」
「えー、ユラさん料理できないんだ。フィデルデアさんは?」
「ルデアもダメじゃ、ユラの料理を上手いと抜かすからの」
「……そんなにユラさんって料理音痴なの?」
「コーヒーに砂糖をドバドバ入れる奴じゃぞ、出来るはずなかろう」
「そんなことするんだぁ、意外な一面だね」
用意してもらった料理を食べて、ナグモが仕事へと出かけるまで話し相手になる。
ナグモも良い年齢であるから身を固めても良いのだが部屋の様子を見る限りそういう気配は感じられない。部屋は片付いているがオシャレなど無縁な至ってシンプルな部屋で、女性が出入りしているような跡は無かった。
「あ、そうだそうだ、クラディス様から聞いたよ」
「何をじゃ? 愚痴か?」
「まぁそんな感じ。『スキル無しで訓練してるんだ、死んじゃう』ってね」
「それでお主はなんて答えた?」
「強くなりたいなら頑張って~って言ったかな。でも、まぁスキル無しで魔物を倒すって普通に考えて危ないからね。ほどほどにって言っても……ティナちゃんにはまぁ無駄なんだろうけど」
「よく分かっておるな。何を言われても変えるつもりはないの」
「忘れてるかもしれないけど、クラディス様は本格的に訓練をし始めてまだ二月も経ってないからね」
「はんっ! だからこそじゃろうが。周りよりも遅いからこそハイペースで、なおかつスキルを会得していけるようにやっているのだぞ」
話を聞いたナグモは「はいはい」と言って自分の食器を片付けだした。
ティナが今クラディスにやっているのは、最も成長速度とスキル会得が早くなる訓練内容だった。
スキル無しで戦うっていう過酷な環境に置くことで、多くの耐性や気配などの感知能力、連続的な戦闘での頭の使い方、思考速度の上昇、並行して複数のことを処理する能力、戦っている相手と次戦う相手との距離感や獲物はなにかという冷静な判断力を得ることができる。
もちろんそれだけでない、スキル無しの状態の方が体への負荷が高く、多くの経験を積むことができる。レベルの上昇も見込めるのだ。
だが、この訓練は現実的な訓練内容ではない。これができているのはクラディスの世間知らずさとティナの枷が外れた思い付きが上手く噛み合っているからこそ出来ていることだった。
「……そうじゃ。月末の二日前って空いておるか? クラディスのテストをするんじゃが」
「テスト?」
「うむ、月末に用事が入ったと言ってきてな。一日繰り上げですることにしたのだ」
「いいよ。予定空けておくね」
「ふふん! ワタシの生徒の成長を見せてやるから楽しみにしておれ」
「はははっ、私の生徒でもあるからね」
お前だけの生徒ではないと言わんばかりにティナの言葉に釘をさすと、それに反撃するようにナグモのことを目を細めて睨んだ。
するとその好戦的な態度が気に食わなかったのか、食べかけのティナのロールパンをひょいっと持ち上げてパクっと食べた。
「ナグモ!? それワタシのじゃぞ!」
「生意気なティナちゃんにはパンも今日のお小遣いもあげませーん」
「はぁっ? それとこれは別じゃろ!」
「ふーん。そういうこと言うんだ……あー仕事行かないとなぁ~」
「ちょ、ちょっと待て! 分かった!! ワタシら二人の生徒じゃ! ……これでいいじゃろう!」
「おーけー、じゃお小遣いここに置いておくね」
「くそ、可愛げがなくなったのお主……」
ティナが昔を懐かしむように言うと、意地悪そうな表情を浮かべた。
その気にくわない顔の横腹に一撃加え、食べ終えた食器を渡して一緒に歯を磨き始めた。
◇◇◇
ナグモがギルドへと仕事に出かけるタイミングで、ティナも街へ出向く。
朝ごはんの時に渡される小遣いをポケットに入れて、街をブラブラと散策するのがティナのオフの日の流れだ。だが今日はクラディスとの訓練の日だ、訓練日は前に寄っている店がある。
「やっとるかー?」
引き戸を開け、中に入ると扉に合った鈴の音が入店音になり店内に客が来たことを知らせる。
それはいつも訪れるパン屋さんだった。ティナがデュアラル王国に訪れてからほとんど毎日通っていて、お小遣いの殆どを使ってしまうお店だ。
「あら、ティナちゃん。今日もいつものやつ?」
「そうじゃ! 店主も話がわかってきたの!」
中々ワガママで子どもっぽい所があるティナでも、このパン屋さんの中には慎重を極めている。
何度も何も考えずに買い物をしていたら気がついたらお小遣いの額を超えてしまうことがあった。理由は可愛らしいがティナ的には全力で取り組む問題であり、それ故にパン選びには余念がない。
「むぅ……やはり、このパンが一番美味しいが……」
「そのパンね、ティナちゃんがよく買ってくれてるから他のパンより丁寧に焼いてるのよ。それに作る量を増やしたの」
「なにっ! むむ……」
「どうしたの、何悩んでるの? あなたもこのパンが欲しいの?」
お盆とトングを持ってパンの前で背伸びしたり屈んだりしてにらめっこをしていると、黒い服を着ている他のお客が二人、声をかけてきた。
ティナ程の身長で目の色は赤色、ミルクティ色の髪色で頭の上にお団子を作っている少女だった。体つきはティナと似ていて童女らしさがある。
その隣に立っているのは体つきが良いが肉付きがナグモのようで細め、金髪でセミロングで大人な雰囲気がある髪型をしている。
その二人に共通しているのは、素顔を隠すためなのかサングラスをかけていることだった。
「そうじゃが、なんじゃお主らは」
「パンを買いに来ただけの客よ。あなたと一緒」
いまいち表情が読み取れない少女だが、同じパンを手に持っているからどこか親近感が湧いてくる。隣の男性はソワソワと辺りを見回して、何か急いでいるような様子だ。
「あら、久しぶりね。ルルちゃん」
「おばさん、コレ。5つ欲しい」
「5つね、わかったわ」
ティナが悩んでいる横からトングを使わずにパンとお盆をフワフワと浮かし、受付のおばさんの元へと置いた。
会計を済ますと、まだパンの前で唸っていたティナの元に来てパンが一つ入った袋を渡した。
「はい、コレ。あなたも食べるんでしょ?」
「よ、よいのか?」
「うん。このパン食べてる人、私以外に初めて見たからプレゼント」
「おお……。なんじゃお主良い奴じゃの!」
店内でワイワイとしている少女二人を見て、店主のおばさんは微笑ましく思って笑んだ。
もちろん他のお客もいるが、彼らも遠目に見守り、話しかけることなく商品を選んでいるみたいだ。
「ルル、買ったら直ぐ戻らないと」
「エスタが先に戻って事情を説明したらいいと思うの」
「そういうわけにもいかないよ、二人で外出してるんだから」
「エスタにもこれあげるから元気だして」
「あぁ、ありがとう」
すると少女と男性はティナと店主のおばさんに手を振って店を出ていった。
見知らぬ少女からお気に入りのパンを貰ったことで上機嫌になったティナは、おばさんの元にもう一つを持っていき購入すると紙袋を二つ抱えて店を出て満面の笑みを浮かべた。
「今日はいつもより早いペースで食べても暇にならんの……!」
笑いながら道を下り、門兵にナグモに借りてるギルド関係者の証明するカードを提示して、パンをかじりながらクラディスとの待ち合わせ場所に向かっていった。




