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156 ”わたし”を買った理由



 アンが妖術士(シャーマン)の魔法を受けてしまい、僕も腕を無理に動かしたから激怒されて、元の状態に戻るように治癒をしてもらった。


 家に帰る時、アンが完全に意気消沈という言葉が似合う表情をしていたけど、まぁ何となく理由は分かる。

 二人してトボトボ帰宅して、簡単に寝る準備をすました。


「すみません……すみません。あるじ、わたしのせいで、わたしが無理して攻撃したから」


「いやいや、キングとホブとかの群れにあれだけ戦えるのはすごいよ」


「ですが……骨折が悪化してしまって」


「いいのいいの、気にしないで良いよ」


 何度も頭を下げてきたから僕も苦笑いをしながら「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返した。

 その後、いつものように僕がベッドの上に座ってアンが敷布団で横になり、電気を消して寝ようとした。

  

 月明かりが部屋に差し込み、足元を照らしてくれる。ほとんど木で作られた空間が白銀色に色が変わり、網戸から入ってくるそよ風でカーテンが揺れる、カーテンの薄い影がユラユラと部屋の模様を変える。


 段々と肌寒くなってきたから、網戸も閉じていいかもしれないな。

 そう思いながら窓の方を見て、眼帯を解くと反対方向からもぞもぞと物音がした。アンが寝返りを打ったのだろう。


「……あるじ、その……」


「どうしたの?」


「ほんとうに……わたし、が……わたしのせいで」


「僕の怪我はアンのせいじゃないって、ほら、まだ完璧に直してもらったわけじゃないけど動くし」


「ですが……」


「だいじょーぶ」


 何度、同じ言葉をかけたらアンの心は落ち着いてくれるのだろうか。

 罪悪感に押しつぶされそうな声色をしてるから……どこか、昔の佳奈との会話を思い出す。あの時、僕や佳奈は何て言葉を待っていたのだろうか? 僕の足りない頭では、正解がいまだに分からない。

 

「ひとつ……お聞きしていいですか?」


「……いいよ、なんでも聞いて」


「あるじはどうして……わたしを買ったのですか……?」

 

 震える声で問われた。

 この質問は、アンの中でずっと渦巻いていた疑問だったんだろう。


(……アンを何で買ったか、ね)


 ここで嘘をついてもお互いのためにならないよな。


「……最初は、ほんの興味だった。『転生者』と呼ばれてる子がどんなことをするのか、実力はどうなのかって。そんな些細な気持ちから入ると、アンが今回の闘技場で買われないと『監禁』されてしまうという話を聞いた。『監禁』って死刑待ちの人達って聞いたから、どうにかして助けれないかなって思いながら闘技場に行ったんだ」


「……はい」


「それでアンの戦いを見て、単純に凄くてカッコイイって思ったんだ。それで、アンと家で過ごすようになってみると、表情もあまり変わらないし、何か楽しいこととか趣味とか何かそういうの無いのかな……って心配になってね。だってアン、ずっと元気なかったでしょ?」


「そんなことは……」


「あはは、元気なかったよ。ずっとね。でも、お菓子食べた時の顔を見た時に『あぁ、この子も普通の女の子なんだ、生きてるんだ』って安心した。そこで、奴隷の境遇、環境のことを僕は何も知らないことに気付いたんだ。そのことを僕の知り合いに話を聞いていたら、僕の『楽しいこととか趣味とかが無いのか』って思っていたことのが、どれだけ無知なことなのかって分かった」


 アンに話すことに嘘偽りは一つもない。


 お菓子の時は、いつもの無表情のクールを通り越して仮面の様なお堅い顔から、本当に可愛らしい女の子の表情になったのは記憶に新しい。


 その日の後、エリルに話を聞いて奴隷のことに理解を深めていったのも本当だ。


 想像通り、というか当然に近いけど、奴隷商人と闘技場は通じていた。

 それで毎回の戦闘奴隷は話し合いで決められ、奴隷たちが過ごす環境も劣悪な環境だと聞いた。

 最低限の食事、最低限の睡眠、人が人で在れる最低限度の環境……。そこで過ごす時間が多くなるほど、思考力も落ちてしまう。


 それなのに、趣味の一つや二つを持っていないのか、と、あの時の自分の無知を恥ずかしく思う。


「そこからは、楽しいって思えることを新しく見つけてほしくて、生きるのが楽しいと思ってほしくて色々やった。だけど色々やっても、あのお菓子以外に興味を示さなかったから、ちょっと……悩んでたんだ。そうしてたら今日のクエストがあって、アンがいつもよりやる気に溢れてたから、戦うことが楽しいのかな……って少し思った」


 ケトスがクエストの話を持ってきた時、ゴブリンキングの話をした時、戦っている時のアンの表情は緊張感がありながらも、生き生きとしていたのを思い出す。


「――でも、違った。あれは多分、何て言ったらいいのかな……自分の責務だと感じてるとか……そういう感じなのかな、と。アンが言ってた「戦闘奴隷なので」って言葉がずっと引っかかってたんだ。アンはその言葉に囚われているのかもって」


 自分の存在価値、自分の現環境でできること、求められていること。今のアンを見ていると、まるで昔の自分を見ているような気がしてくる。


 僕の存在価値は仕事をすること、お金を稼ぐこと、部屋を掃除すること、買い物をすること、妹の将来を憂うこと。そんな状況の僕にとって働いている時だけは空いた心が埋められる気がしたんだ、ピースがすっぽりと当てはるような気がしたんだ……。


 そこに、自身の幸せか不幸せは関係なかった。


 概念すらも頭から抜け落ちていたと思う。


 自分に課せられたことをして、その場に在ることで、自分の存在価値を見い出せていた。そうしていないと、僕が足を止めたことで罪悪感が追いついてきて、体を縛り、喉元を絞めつけてきて呼吸をする度に嘔吐(えず)くようになり、喉の奥が引っかかったような苦しい感じがする。


 だから自分がやらないといけないことをやり続けた、辛くても、疲れても、体を休めることなんてなかった。

 抱えるモノが違うし、アンの方が辛い過去を持っているんだと思う。

 だけど、僕と同じ目をしていたんだ。

 

「……初めに話したけど、アンを買った理由は『ちょっとの興味と色々話をしてみたい』ってのだった。だけど過ごしていったらアンに新しい生き方を見つけてほしいと思った……。でも、アンはそれを望んでないのかもしれないし、コレに関しては強制されてするようなことでもないと思う……。だから、アンはどうしたいのかを聞かせてほしい」

 

 天井を見上げながら話をしていた僕だったが、言葉を言い終えると視界の端にスッと影が伸びてきた。

 目を向けると、涙を流して立っているアンの姿があった。

 

「わ、わたしは……! わたしは……っ、怖かったんです。とても……怖かった。戦闘奴隷のわたしが買われた理由は想像がつきます……し、それで役に立たないと思われた戦闘奴隷がどうなるかも知っています……。そういう人たちを何人も見てきました。そして……わたしも一度、されました……」


 立ちながらも、視線は自身の足元を見ている。


 僕は、アンの過去を知らない。

 どういう親の元に生まれ、どういう育て方をされ、どうやって奴隷に堕とされたかをしらない。

 苦労も、葛藤も、何もかも。

 そして、僕が買うまえに誰かに買われていたということも今初めて聞いた。

 

「だからわたしは……、毎日あるじが色々なところに連れていってくれて、色んな話をしてくれてる時に不思議で不思議で仕方がなくて、自分が今してもらっていることを素直に喜べなかった……だって、わたしは戦闘奴隷だから……っ!! 戦って、あるじの身を護らないといけないのに……こんなことをしてもらっていいのかなって、わたしの身に余ることばかりしてもらって良いのかなって……。今日、わたしの力を見せたらあるじはわたしを頼ってくれるかと思って頑張ろうと思いました。でも、なのに、わたしは……あるじに……っ、怪我をさせてしまいました……!!」


 自分の着ている衣類を掴む力が入り、胸元にしわが寄ったのが陰影で分かった。

 自分の足元にぽとぽと、と涙を滴らせ、ため込んでいた感情を吐き出してくれた。


(……どれだけ苦しかったんだろう)


 僕が善としてやっていたことが負担になっていたのかと思うと、僕はやっぱりまだまだ人間として未熟な存在なのだと感じる。


「あるじに捨てられるのが怖くて……、わたしにたくさん微笑んでくれるあるじが、たくさん話を聞かせてくれるあるじが、今日のことでわたしを捨てるんじゃないかって。またわたしの居場所がなくなるんじゃないのかって……」


「捨てるって……なんで」


「だってわたしは奴隷で、わたし達奴隷は消耗品で――」


「僕はアンのこと家族だと思ってるよ?」 


「えっ。……か……ぞく……ですか?」


「うん、僕の家族。だからアンを捨てるってことはしないよ。絶対に」


「ほんとう、ですか……?」


「居場所がなくなるのが怖いなら、僕がアンの居場所になるよ。それに、戦うこと以外にも生きる目的を見つけるのを手伝うし、それと……まぁ色々と。でもすぐに切り替えるのは難しいから、ゆっくりしていこうね。僕も人に偉そうに言えるほどできた人間じゃないからさ」


「信じて……いいんですか……? 約束、してくれますか?」


「うん、約束だ」


 立ってるアンにベッドから手を伸ばして頭を撫でると、こちらに体重をかけ、ベッドに仰向けに押し倒された。


「う”っ、う”あ”ぁぁぁ……っ!! ああああぁぁぁっ!!!!!」


 僕の服を力強く掴み、胸の上に顔を埋めたアン。


 ……感情の決壊。


 大粒の涙を僕の服の上に落としていき、子が親に甘えるように、感情をぶつける時のようにアンは泣いた。

 ため込んでいた不安や葛藤を全て涙として外に出すアンの感情を、僕は一つ一つ受け止めた。


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