155 不十分な治癒魔法
「まだまだだね、ほんと」
直撃するはずだった黒い槍は方向がズレ、アンの左肩を掠めた。
「ケトス……!」
「白髪……っ」
「主人に似て、よく考える頭をお持ちのようで」
ケトスの大斧はその一振りで壊れ、武器無しの状態となってしまった。
一方で、キングの魔法によって肩が抉られてしまったアンは態勢が整わないまま勢いよく地面に落下してしまい、身動きが取れない状態だ。
そこは、大斧を持ちながらも魔法を使うことができるゴブリンキングの真下であり、群れの中心地。
そこに落ちてきた無防備な少女が一人。
体の力が抜けて立ち上がることができないアンの頭上に、不器用に斧が振りかぶられているのが見えた。
「――『身体強化』!!!」
クラディスはアンに当たる寸前に身体をねじ込み、右手に持った小刀でなんとか受け止めた。
「あるじ……」
「ッ!! ぃケトス! 周りの奴頼める!?」
「僕はいいけど、クラディスは片腕で戦えるの?」
「どうにかする! 出来るかわかんないけど……頑張ってみるから!」
ゴブリンキングを巻きこんで一時的に敵の前線を下げてくれたケトス。
その彼に見えないように勉強会で習った内容を思い出しながら、骨折している左腕を抑えて淡い青緑色のいびつな球形を作って治癒魔法を施そうとして、腕を止めた。
「ぅっ……まだ、無理だ」
苦い表情を浮かべると、包帯を取り、先程とは違う魔方陣を展開していった。
「『痛覚鈍化』『脳内麻薬』……」
覚えたての『回復』では、骨折を直すことができないと踏んだ。
それなら、魔導が完璧に把握できていない痛覚軽減系の治癒魔法をしようと思ったのだ。
しかし、これらが使えるのなら最初から使っていた。
使ってこなかった理由は、不完全な治癒魔法を使うと自分の体にどんな影響を与えるか分からないという恐れがあったからだ。
こればかりは通常魔法のように魔素量を増やしたとしても意味がない。
そして、クラディスは後ろで絶望の表情を浮かべている少女を『土壁』で囲んだ。
「あるじ!! なんで……!!」
「肩の傷が悪化するから、そこでゆっくりしてて」
「そんな……! 私はまだ戦えます!!」
ガリガリッと土を削る力がない音が背後から聞こえる。
それだけで、少女の体がすでに限界であったのが分かった。
強引に治癒魔法をかけたことで、結果的にクラディスの骨折していた左手は動くようにはなった。だが、完璧に治った訳ではない。
歪な魔導と文字で不完全な麻酔を打って、誤ったやり方でドーパミンを脳内に溢れさせただけだ。いつ効果が切れるか、体にどんな影響がでるか分からない。最悪、骨折が悪化して治らなくなることだってある。
「あるじッ!! ここを開けてください!!!」
「すこし、待っててね……早く倒すから……!」
「わたしは、あるじの……身を護らないといけないのに! なんで……お願いです……っ。わたしを……」
「――っ」
声色に哀哭が混ざる少女の声に耳を貸さず、左手にも小刀を持ち、歯を食いしばった。
◇◇◇
僕はアンをおぶってペルシェトさんの所に走っていった。
ゴブリンキングと戦う時に両手での連撃をしていったのだが、硬い皮膚を切ろうとしたら腕に鈍い痛みが来て、折れた骨が皮膚を突き破りそうになったのを確認して左手を庇うように戦った。
危ないところがあったが、なんとか倒すことができて一緒に森を脱した。
アンの容態は、会話はできるが、足の捻挫と肩の抉れたところに炎症のような症状が見て取れる。あとは、スキルの酷使により魔素ロストの様な状態だ。
時折、痛みが続く様子で痛みを耐えるような声を発している。
「アン、もうちょっとだからね……」
「……ごめんね、あんなに無理するとは思ってなかったんだ」
ケトスも少し反省した様だ。さすがにやり過ぎたと思ってるのだろう。
「はぁ……謝らなくていいよ。それを承知で行くって言ったと思うし、一番分かってると思う。だけど、もうこんなことしないでよ」
ケトスは僕がアンのことで悩んでると思って、このクエストを受けてきてくれたんだろうと思うし、現に……理由は分かった気がする。
あの時、僕がいない間で何か話をしたんだな……。
「すみません……わたし……」
「! アンも謝らなくていいって。それより痛みは大丈夫?」
「……はい、でも、あるじの腕が……」
「これは僕が弱いせいだから、気にしなくていいって」
冒険者ギルドに着いたらケトスは正面から入ってクエストの報告をしに行って、僕は裏のスタッフ専用の入口から入っていき、仕事中だったペルシェトさんを呼びに行った。
一番忙しい深夜帯なのに、訳を話すと奥の診察室へと案内してくれて、アンの腕を触れないように診てくれた。
「……妖術の類だね、これをどこで?」
「キングの中に使う奴がいて、その攻撃を肩に掠めて……」
「妖術士だね。その魔法ってことは闇属性魔法系統の……。ちょっと失礼するね」
炎症が酷い肩の近くを触れ、目を細めた。
「……うん。大丈夫、治せるよ」
「ホントですか!」
「早く来てくれたおかげでね。魔法の中でも闇魔法というか、ゴブリンが使う魔法というのがちょっと厄介なのが多くて、血液を止めたりしてその部分が壊死しちゃうってのがよくあるんだ。今回はそれ。気づいていたかもしれないけど、患部に血が流れてないでしょ? そこの魔素をとっぱらって、この傷を治すように治療したらいいだけ」
アンの肩に手を触れずに治癒魔法をかけて行き、抉れていた部分も元通りになった。途中に血が溢れていたのは布で拭って、袋に入れて縛った。
治ったアンはベッドに座らされていて、涙を浮かべて一言も発さない辺り、酷く落ち込んでいるようだ。
「よかった……見たことない魔法だったから心配し――痛っ!!」
「やっぱり、クラディス君骨折してる手を使ったでしょ」
「えっ、その……使ってないーかな?」
「私の前で嘘言うの? お見通しだぞ~? すっごく悪化してるから完治するまでの時間が伸びちゃうけど、何もしなくていいの? ホラ、ここ。あとちょっとで骨がこの柔らかい皮膚を突き抜けて出てきちゃうよ? 寝返りしたら朝起きたら「こんにちわ」って白いのが顔を見せるかもね~? それでもしないの?」
「うっ……」
「さ、治癒士が言う言葉を聞かないおバカさんは大人しく座って! はやく!」
「……すみません」
「――って、不十分なまま治癒魔法使った……?」
「え、っと……」
「『痛覚鈍化』……あとは『脳内麻薬』使ったでしょ。おいー、不完全なまま使ったら治りにくくなるからダメだってー!! もー!! 悪ガキだなぁ……」
治癒魔法をする時にお叱りの言葉を言われていると、途中で入って来たケトスも巻き添えを食らい、僕の骨折の治療が終わるまでペルシェトさんの言葉を永遠と聞かされた。
僕らは俯いて、たまに相槌を打つしかなかった。




