139 中位部門 幸運のクマさん
注目されていた場所での戦闘が終わると一気に会場内は大盛り上がりで、実況席の男は他の参加者など気にも留めずに叫んだ。
『ペリカがまたやったーっ!!! 戦闘奴隷をその手で殺めた回数は今回で6回! それがあり、今では二つ名がつけられ“奴隷殺しのペリカ”と呼ばれています!!』
「おい!! そいつ買う予定だったんだぞ!!」
「あはは、ドンマイ~」
「はぁ……くそっ、他のやつにするか。」
『今一度確認しますが、ペリカは罪に問われることはありません!! ここは闘技場では“殺し”をしても問題はありません!!』
若干のブーイングは聞こえるが、目が肥えた常連客にはいい刺激となって一定の人気がある。
ただ、今回で三回目の出場となるペリカは回を重ねるごとに殺し方が残酷になっていっているため一部からは「参加させるな」と非難が寄せられている。
それを露知らない彼はクルクルと回りながら、次の標的へと移っていた。
「……あーぁ、お前黒焦げじゃねぇか。BBQの炭より黒くされちまって……来世は奴隷にならねぇようにしろよ」
先ほどまでいた場所から声が聞こえ、ペリカは足を止めた。
振り返ってみると、クマの被り物を被っている参加者が1003番の脇に手を入れて移動させていた。
「……なにしてるの? 君」
「何してるのって、あんなところに置いてたらお前等踏むだろ? だからこうやって場外に出して――アチッ! まだ熱いなお前」
クマが死体を引きずっている場所の周りを見てみると、戦闘不能になっていた参加者が全員場外に出されていることに気付いた。
マーシーがクマの耳が切られてことで元気を失いながら歩いて行った先で突然爆発が起こった。
風圧でクマのぬいぐるみが取れるかと思ったが、しっかり持って耐えていると爆発をまともに食らってしまった人がいることに気づいて、それらを全員場外に出していた。
ペリカは1003番の死体を持っているマーシーのことを見て、先程までの飄々としていた表情が薄れて行った。
「……君も聞いたでしょ、これに参加する人は死ぬ覚悟があるんだって」
「だからって死体を踏んでいい訳じゃねぇだろ。移動させたら戦ってやるから待っとけ」
「……そーかい、じゃあ――『我を取り巻く大気よ、魔素よ、集い収束し,目前の敵をうち伏せろ』」
「はっ? お前、何を」
「――『衝撃』」
――ゴゴゴゴウッ。
マーシーが持っていた1003番の死体に撃たれた衝撃。
黒焦げの体に衝撃耐性など当然残ってなく、辛うじて原形をとどめていた体は塵となって風に流されて行った。
「はは、残念だったね。場外へ出す必要もなくなったよ」
「はぁ……ゲス野郎だな、お前」
「人を殺しても何も言われないもん。だったら、せっかくだし殺ってみようって思わない?」
「思わねぇよ、きちぃ考えを共有しようとすんな」
「……僕と対面して余裕そうにしてるけど、君、さっきまでの戦いを見てたんでしょ? それでそんな態度を取れるってことは、そんなに強いの?」
「お前よりはな」
「だったらやってみろよ!!」
「そのつもりだ」
杖を持ち、詠唱をし始めようとしていたペリカに高速接近した。
「なんっ――」
「私が魔導士に魔法詠唱させると思ってんのか?」
「ロ、『土壁』!!」
「お手本のような魔法の使い方だ、もしかして優等生だったか?」
マーシーの突きを避けるために、自身の足元に出した土の壁――それを即座に切り崩して高所から降ろした。
落ちてきたペリカを蹴とばし、態勢を整える前に追撃しようとするマーシーの行く手を魔法が阻んだ。それは火槍、多重土壁、稲妻、衝撃、風刃……。
しかし、大きな個にどれだけの有象無象が迫ってもまるで意味をなさない。
「無詠唱になってから弱くなってんな」
「お前何者だ!! 明らかに他のとレベルが違うだろ!!」
「上品な喋り方が崩れてるぞ。ほら、王手だ」
出てくる攻撃全てを丁寧に潰しながら喉元に剣を突き立てた。
「はぁ……はぁっ……」
「場外にでも出て終わってくれ、私はお前と違って偏った趣味はしてねぇから」
「は……ははっ、勝った気になってんだ、面白い、ね」
「あぁ? 何言って」
「君の被り物の視界って、精々ボクの頭くらいしか見えてないよね」
ピリカの言うことに考えを巡らせたが、すぐに察して上を向いた。
――頭上にたたずんでいるのは、20本余りの水の槍。
顔を隠し、身の上をばらさないように被っていた被り物だったが、それで視界が限定されていたのだ。
「ハハッ!! 刺し殺せぇっ! 『水槍』!!」
ピリカの合図により、マーシー目掛けて降り注ぐ槍。地面に落ちた瞬間飛沫となって場内に散っていった。
水がコンクリートを抉る音に耳を傾け、冷や汗を拭う。
そして、白い煙が巻き上がる目の前からポトッとクマの被り物が落ちてきたことで自身の勝利を確信し、再びペリカの顔色は元に戻った。
「は、はははっ!! 調子に乗るからだよ!! ふざけた被り物でさぁ!!」
足元にあるクマの被り物を蹴とばして、今度こそ残っている数人の参加者の方へと足を運ぼうとしたが、すぐに足を止めた。
ペリカが確認できたのは、“水飛沫”と“コンクリートが抉られる音”だけだった。
焦って振り返り、追撃の魔法を撃とうとしたのだが……。
「はっはっは、いいシャワーだったぞ」
白煙から姿を現したのは、両手に二丁の真っ白い銃を構えている無傷の大規模血盟の血盟主だった。
「お前――っ!!?」
――ダダダダンッ。
言葉を言いかけたピリカに対して四肢に銃弾を撃ち込み、悲鳴で上書きをした。
「グッアアアアアァァァァl!!!!!」
「就職先間違えたなぁ、ドンマイ。いい水道の業者にでも就けばよかったのに」
「ゴォォアッ……!!」
胸上に足を置き、口の中に銃口を捻じ込んだ。
ピリカの目には涙が浮かび、両手と両足を動かそうとするが思うように動かない状況にパニックになっている。
マーシャルはピリカに見えるように引き金を引いていった。ゆっくりと、時間をかけて、ピリカが死をしっかりと感じられるように。
それと並行して踏みつける力を上げていき、呼吸を浅くしていく。
緊張が最高潮に達したのを見ると、マーシャルはニヤっと笑った。
「ドンッ!!」
「ッ――〜〜〜〜!!!!!」
引き金は完全に引かず発砲音を声で真似るとピリカは泡を吹いて気を失ってしまった。
もう少し遊べると思っていたマーシャルは口をへの字に曲げ、体から力が抜けたピリカを場外へ蹴とばした。
「私には人を殺す趣味はねぇって言ったろうに」
『お~!!!? おーっ!!! これは! ビックなゲストが来てくれていたようです!!! マーシーの真の姿は、大血盟アサルトリアの血盟主!! マーシャル!!! マーシャルだった!!!』
「おぉ、私の事か。アピールしとかないとな」
手を観客に向けて振ると、観客からは大きな声援に似た声が上がった。
マーシャルは自分が思ってる有名人だということを知らない。ムロが気を利かせてかぶせたクマの被り物が無ければ、掛け金一位はペリカではなく、圧倒的な差をつけマーシャルになっていただろう。それほどまでにこの部門に参加している戦士達とは実力が乖離している。
「あいつが出てたのかよぉー!!! ズルだろー!!!」
「ひっこめマーシャル!! 出てくんな!!!」
「金返せー!!!」
「ぅるせぇ!! 黙ってろ!!!」
「気性が荒いのは本当みたいだな!!! ははは」
『被り物などは問題ではありません! 正体を隠しての出場は、むしろ狙われることが多いリスクが有ります! ですが、マーシャルはそれを承知で被り物を被り、出場しました!!!』
「……そうなのか? そうなのか。被り物だからバレないと思ってたけど目立ってたんだな」
観客の方に向けていた視線を残っている4人の参加者の方に向けると、完全に戦闘を中断してマーシャルのことを見つめていた。
残りはマーシャル含め五人……いや、何人いようが勝利は既に決まっているに等しい。
450オーバーの戦士が集うといっても、今回ばかりは雲泥の実力差がある。
掛け金が多くかけられていた上位の参加者を壊滅させたペリカと、それを容易く倒したマーシャル。それらがいた区画外で戦っていた参加者は「上手いことやって上位が潰してくれたら自分たちでも勝てる」と甘い考えを持っていた。
「何見てんだぁ? 行くぞオラ」
最悪だ、最も強い戦士が残ってしまった。
銃から槍に切り替え、自分らを倒すために駆けてくるマーシャルにできることなど無かった。




