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人魚姫と盗賊ガード  作者: 六花つづる
第1章 夜風の怪盗と囚われの姫
9/12

07 接触

 月明かりの下、二つの人影が薄暗い屋内に佇んでいる。互いに、目の前の人物から目が離せない。

青い瞳は赤い瞳に、赤い瞳は青い瞳に。二人は、惹かれるように見つめあった。そのどちらも動くことはなく、まるで時間が止まったかのよう。――その、停止したかのような時を、再び動かしたのは少女のほうだった。


 少女はどこからともなく紙を取り出し、その上に素早く筆を滑らせる。

彼女が動き出したことによって、アイザックははっ、と現実に引き戻された。


よく見ると少女は車椅子に座っている。膝の上に紙の束を置き、懸命に何かを書き綴っている。腰まで届く長い金髪が、彼女が筆を動かすと同時に微かに揺れた。薄桃色の滑らかなサテンドレスを着こんだ少女は、アイザックが巷で見かけたどんな女より露出が少ないにも関わらず、どこか扇情的で。ドレスの袖から伸びた白く細い腕が目に入り、アイザックは思わず顔を背けた。


(こいつが、王の隠し子か?)


 パルマ宮という事実上の離宮に隔離されている娘。それが彼女であることは間違いないだろう、とアイザックは結論付ける。だが、思っていたのとだいぶ違う。隠し子というからには、どこか暗い、じめじめとした雰囲気を纏っているのかと思ったのに。


 目の前の少女は、ただただ美しく、その表情に陰も曇りも見受けられない。アイザックは混乱した思考を整理しようと、重く長い息を吐く。次いで、少女に声をかけようとした。が、そうする前に彼女は動き出た。


 バッ、と少女は、つい先ほどまで書いていた紙を、両手で勢いよくアイザックの目前へと掲げたのだ。


『どなたでしょうか?』


 そう書いてあった。

 目の前の彼女は、おどおどした様子でアイザックを見る。その瞳に少し警戒の色が混じっていた。

それもそうだ、と彼は思う。突然目の前で見知らぬ男が現れたら、誰だって吃驚するし、警戒するだろう。


アイザックは「あー…」と声を漏らしながら、困ったように頭の後ろを掻いた。

こういう場合はどうしたらいいんだ、と彼は眉間にしわを寄せる。少し、カッコつけるべきか?それとも、フレンドリーに攻めたほうがいいのか?考えだす。この少女の警戒を解くにはどうしたらいいのかを。


 しかし、なにぶんガオナーという男所帯で暮らしてきた彼は、女性を安心させる術など知り得ない。ふと、相棒のダニエルの顔が脳裏に浮かんだ。団の中でも女好きで有名な彼は、女性を口説くのも手慣れたものだ。あいつならこんなとき、なんて言葉をかけるだろう。脳内でシミュレーションをかけてみる。すると、頭の中に浮かんできた相棒は、アイザックが寒々とするような甘い笑顔でウインクをしてきた。


「安心して。僕は君だけの騎士(ナイト)だよ、可愛いお姫様♡」


「おえっ」


 思わず吐き気に苛まれた。言いたくない。死んでもそれだけは言いたくない――突然苦しみだしたアイザックを、少女は吃驚したように目を丸くして見つめた。驚きのためか、先ほど見せた警戒の色は薄まっている。

 ああくそ、もうどうでもいい――アイザックは、半ばやけくそに口を開けた。


「…アイザックだ。あんたの父親から、あんたの護衛になるよう頼まれた。まあ…よろしく」


 至極簡潔な自己紹介。言ってしまった後、彼は少し悔いた。どう考えてもこれじゃあ不審がられる。それか、訳が分からず「はあ?何言ってんの?」とでも言われることだろう。そう思い、少女をちらりと見たアイザックは、しかし予想とは違う、彼女のきょとんとした顔を目にし、気が抜けた。


 『お父様から?』

少女はまた、文字を綴った紙をアイザックの前へと掲げる。


「ああ、ゲーアハルトサマ、あの狸じじいにな」


 散々いじられたので、アイザックは思わず毒を吐いた。

するとなにがそうさせたのか、少女は途端に目を輝かせ、嬉しそうに笑みを見せたのだ。


『本当ですか!?』


 若干前のめりになりながら、少女は嬉しさを隠し切れないようにアイザックに近づく。きらきらと輝く瞳で迫りくる彼女に、アイザックはたじろいだ。


「あ、ああ」


『嬉しいです!』


 笑顔で少女はそう伝えてくる。その素直さにドギマギし、アイザックはふっと少女から目をそらした。途端、部屋のものが目に飛び込んでくる。ベッドに、クローゼットに、木製の机と椅子。どこにでもあるような部屋。王の娘の住処としてはいささか素朴すぎるが、大しておかしなところはなかった。――ただ一つ、机の上に大量に置かれた紙の束以外には。

 先程から、少女は声を出さず、ただ筆談だけでアイザックと会話している。

アイザックは思ったことを素直に彼女にぶつけることにした。


「なあ…あんた。もしかして、喋れないのか?」


 少女の目が、またきょとんと大きく開かれた。

と思ったら、彼女は大きく頷く。そこに引け目はない。人とは違って話せないことに、特に悲しんでいる様子はなかった。


 アイザックはまた、問いかける。

「…で、車いすに乗ってるってことは、足も動かせないのか?」


今度はふるふると首を横に振られた。


『動かせないことはないのですが、歩くと少し、痛みを感じます。だから、いつもはこれで生活しているのです』


 少女が車椅子の肘置きをそっとなでる。アイザックは、そうなのかとつぶやいた。

王からはこのことを一つも聞いていない。普通であれば言うだろうに。

会えばおのずとわかるとでも思ったのだろうか。それとも――と、アイザックは考える。

――このことに、あまり探りを入れてほしくないのか?


『フィーネと申します。どうぞ、気軽にフィーと呼んでください、アイザックさん』


「ああ、…って、あんたみたいな姫サマに呼び捨てなんてできねえよ。見たとこ年も近いから、俺のことはザックでいい」


 その言葉に、少女――フィーネは不満そうに唇を尖らせた。


『不公平です』


「世の中はもともと不公平にできてるんだっつーの。いいから、お子様はもう寝ろ。俺も眠い」


『年が近いって仰ったばかりではありませんか』


「だとしても、囚われの姫様と俺じゃあ人生経験ってのが違うんだよ。ほら、おとなしくベッドに行け」


むう、と声に出しそうなほど眉を寄せたフィーネは、しぶしぶ車椅子でベッドの近くへと移動する。

それを確認し、アイザックは彼女に声をかけた。


「こんな時間に悪かったな。じゃあ、また明日」


 少女がかすかな微笑みを浮かべながら、頷いた。

扉を静かに閉める。そうすると、少女に出会ってからなぜかずっとざわついていた心が、落ち着いていった。


「あ」


 不意にアイザックは、右手に握る鍵を見て声を漏らす。

そういえばまだ、自分の部屋がどこだかわかっていない――


慌てて探そうと歩を進めると、フィーネの部屋、その左隣に、鍵の模様とそっくりな彫刻のある扉が見えた。


「…ここかよ」


 紛らわしい。二つの部屋の彫刻は似すぎていて、じっくり見ないとわからないほどだ。

はあ、と息を吐きだし、アイザックはこれから三か月、自分の寝床となる部屋の扉を開けた。

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