29.幼子は親の腕に帰る
トロッコが、ゆっくりと傾いていく。それにアーチーが「まずい……」と、息を震わせた。
瞬間、ガタンッ! という結構な衝撃音が鳴る。ワタシは、微かな浮遊感に目を見開いた。
幼子達の引きつった悲鳴が聞こえるやいなや、トロッコが線路の上を走り出す。下り坂になっていたらしく、どんどんとスピードが上がっていった。
「うわぁあ!?」
アーチーの絶叫が坑道の中に響き渡る。トミーは悲鳴すらも上げられないようだった。
「ど、どうすればいいの!?」
「分っかんねぇよ!」
「振り落とされぬよう何かに掴まりなさい!!」
ワタシの声に、トミーがアーチーに抱き付く。トロッコの縁にしがみついたアーチーが驚いた声を出していた。
トロッコの傾きがなくなっていく感覚に、ワタシは縁から顔だけを出す。強風にキャスケットが飛ばされぬよう押さえた。
(下り坂が終わったのか?)
このまま勢いがなくなれば、その内止まりそうなものだが。坑道の中は暗いトンネルのようになっており、夜目が利くとはいえ先が見えづらい。
不意にトンネルを抜けた。
「こ、れは……」
随分と開けた場所に出る。ワタシの目には、頭上の壁でルミナスシマーが星空のように輝いて見えた。
「――すばらしい」
思わず感嘆の息がもれる。ヴェルに見せてやりたい気持ちが湧き上がった。
景色に気を取られたために、急な下りに体が浮き上がる。マヤの「アルラちゃん!?」という悲鳴が聞こえた。
「おっと、いかん」
宙で体勢を整える。癖で魔法を使おうとして、腕輪が五月蝿く鳴った。
「むぅ……。分かっておる」
思わず不貞腐れる。「魔法使いだ……」と、アーチーが目を丸めていた。
坂が終わるタイミングを見極め、トロッコに着地する。少々膝をぶつけたが、これくらいならば問題ないだろう。
問題があるとするならば、トロッコのスピードが落ちないことだ。どうしたものかと、目を伏せる。
「むっ!?」
嫌な予感に肌がチリッと痛んだ。進行方向に顔を向ける。
「隊長よ! この先、行き止まりだ!!」
「はぁあ!?」
「ブレーキ! ブレーキかけて!!」
マヤの言葉に、アーチーがブレーキらしき棒に飛び付く。「んっ、ぐぅう!!」と、力一杯に引いた。
「アーチー!?」
「動かないんだよ!!」
「そんな……っ!!」
「どうしようどうしよう!!」
アーチーがパニックになったように頭を振る。ワタシはアーチーを押し退け、ブレーキを両手で握り締めた。
「ぶつかる!!」
「うわぁあ!! 兄ちゃん!!」
「きゃあぁあ!!」
幼子達の耳を劈く悲鳴が響き渡る。
ワタシは全力でブレーキを引いた。思いの外、簡単に倒れる。
(あぁ、止まるな)
甲高い耳障りな音と同時に焦げ臭い匂いが立ち込めた。
急ブレーキで止まったトロッコに、ワタシは足を踏ん張る。ブレーキを握っていたこともあり、軽い体が投げ出されずに済んだ。
行き止まりに衝突する間際、アーチーの鼻先ギリギリでトロッコは沈黙する。気が抜けたように、アーチーが尻餅をついた。皆が止めていた息を吐き出す。
「大丈夫か?」
ワタシは、アーチーの顔を覗き込んだ。息を乱したアーチーは、呆然としている。
(これは、駄目そうだな)
順番にマヤとトミーにも視線を遣った。全員、腰が抜けているようだ。
致し方ないと、ワタシはトロッコから降りる。マヤがそれに気付き「アルラちゃん、どこ行くの!?」と、驚いた声を出した。
「助けを呼んでくる。ここで大人しくしていなさい」
「た、助けって言っても……」
「隊長よ。ワタシに任せておけ!」
ワタシは、トロッコに背を向ける。
(さて、戻るが吉か。進むが吉か)
親指と人差し指で丸を作る。その中を右目で覗き込んだ。
(むむっ……。この力は戻っておらんからなぁ。ワタシのことしか覗けんか)
難儀なものよと、問いの内容を考える。幼子達を助けてくれるのではなく、ワタシの助けになってくれる大人を探すことにした。
「ワタシを助けてくれる者は、どちらに行けば会える?」
問いの答えが、浮かび上がる。しかし、何処かぼやけて見えづらかった。
(ぐっ! 忌々しい五英雄共め!!)
ワタシは集中するために、深く息を吐き出す。目を凝らした靄の先、進めという文字が確かに見えた。「はあぁあ~……」と、深々と溜息を吐き出す。
「よし! では、探してくるからな!」
切り替えて、幼子達に声を掛けた。「気を付けろよ!!」というアーチーの声を背に受けながら、横道に入っていく。
再びトンネルのような狭い坑道の中を迷いなく進んだ。そこでふと、人の子には暗すぎるかという考えが浮かぶ。
(ランタンを借りてくるべきだったか)
人の子の中に混ざって生きるのは、難しいものよ。ヴェルと一緒であれば、それほど苦でもないのだが。
キラキラと暗闇の中で煌めくルミナスシマーの眠る壁を指先で撫でながら歩く。きっとこの煌めきも人の子には、ランタンで照らさなければ見えないのだろう。
ワタシは昨夜、炭鉱夫達が楽しげに歌っていた歌を口ずさむ。星々に祈りと感謝を捧げる歌詞に、目を細めた。
“私達の英雄譚をめでたしめでたしにしてしまいましょう”
もはや顔も思い出せない五英雄の一人がそう言った。
“黒龍の願いを叶える力は素晴らしい”
“堅物のフォルティスを丸め込んで、俺達のものにしてしまおうではないか! なぁ?”
“わたくし達は、黒龍を打ち倒した英雄になるのですね?”
残りの三人もそれを願った。
“黒龍よ。お前が死ねば、めでたしめでたしだ”
仲間外れにされた馬鹿な英雄は簡単に騙され、願いの力を閉じ込めるための器に願っていた。
(英雄共よ。千年の孤独も我を殺すに至らなかった)
今日も我は生きている。
(貴様らの英雄譚がめでたしめでたしで幕を下ろすことは、永久に訪れんようだ)
実に愉快でいい気味だと口角を上げた。
「……む?」
ふと、遠くの方から重く鋭い金属音が聞こえてくる。それに、思考が浮上した。光が見えた気がして駆け出す。
トンネルを抜けた先には、炭鉱夫達がいた。それに、キョトンと目を瞬く。
(なるほど。新しい坑道に繋がっていたのか)
その中に見知った顔が見えて、「チャールズ!!」と手を大きく振った。
「あ? って、嬢ちゃん!?」
「えぇ!? 危ねぇぞ、何してんだ!!」
「マディー探検隊が大変なのだ。助けてくれんか?」
「マディー探検隊……。あの馬鹿息子共ォオ!!」
チャールズの怒声に、周りの炭鉱夫達がやれやれと言った風に肩を竦める。
「チャールズ、行ってやれよ」
「今日は何しでかしたんだー?」
どうやらマディー探検隊の無茶はお約束のようだ。これならば、ヴェルに叱られることはないやもしれない。
「嬢ちゃん、怪我は?」
「ワタシは平気だ! 皆も……。大きな怪我はしていない筈だが」
「そうか。案内頼めるか?」
「任された!!」
チャールズを連れてトロッコに戻る。
チャールズの顔を見た瞬間、アーチーは安堵したように「父ちゃぁあぁん!!」と大号泣していた。
(なるほど。ここは泣くのが普通なのか)
しかし、涙など流したことがない。ワタシには無理だなと、拳骨を落とされているアーチーとトミーを眺めたのだった。




