三夜城家 夢の巣 7話
▶鳥の巣
篭屋が、屋敷の塀の向こうを通った。
篭屋の嫁が、子に歌を歌っている。
通りすぎて行く。
~~~~~
微かに、遠くに、歌が聞こえる。
おとぉが帰ってきた。
♪空カゴかついで、おいらは帰る。
おいらの家へ。
カゴの中は空、
カゴに乗りたきゃ鈴ならせ。
鈴ならねば。
銭ならせ。
ほいほいさっさ。ほいさっさぁ♪
先に気づいた子らが迎えに走る。
峠の途中にポツンと建てた団子屋。
子が増えて、食べるに困らないようにと、
おとぉは、篭屋のまねごとを始めた。
粗末な家で、粗末な暮らしだけども、
家族仲良く暮らしていた。
その日も、カゴは、上手くないのか、
まだ、日が高いうちに帰って来た。
陽気な歌声が、峠の下の方から聞こえてくる。
笑顔を作って、子らを追いかけて外へ出る。
おとぉは、おかしな男だ。
陽気な調子の歌だ。
少し気が晴れる。
暖かくなると日が伸びて団子屋の方が繁盛しだした。
おとぉは、相変わらず空カゴの歌を歌って帰って来る。
おかしな男だ。
この間抜けな陽気な歌を子らも気に入りすっかり覚えてしまった。
ある朝早くに貴人が団子屋を訪ねてきた。
おとぉが、牛車の中へ呼ばれて入って行った。
何やら話終え、曇った顔で牛車から降りてきた。
「召し上げるらしい。行って来てくれるか?」
召し上げる? 私をかい?
もう三十路も過ぎて、子も産んでいるのに?なんの用か?と驚いていると、
「・・・歌を奉納しろ。との事だ。」
おとぉは、下を向いている。
宴席に上がるのだ。
有無も言わさず、すぐに、着の身着のまま。
そのままに、すぐに牛車に乗せられた。
振り返ってもおとぉは、背を向けたままだ。
「おとぉ?」
おとぉが、綺麗な錦の布袋を大事そうに握りしめているのがチラリと見えた。
牛車の中は、中からも、外からも、何も見えない。
どこを進んでいるのかもわからない。
売られた? ・・・売られたのだ。
目的地に着いたらしい。
笠を頭に乗せられ、その上から布を被せられ、牛車を下りる。
足元しか見えない。
誰だかわからないが やけにゴツゴツと骨ばった手にひかれて
屋敷の中へ入った。
風呂へ入れられ、香の焚きしめられた部屋へ通され、
今まで着たことも、見た事もない衣を着せられた。
ふわふわ軽くて美しい布だ。
庭の見える部屋へ通され、ぽつんと座る。
「いい。」と、言うまで歌うように言われ誰もいない部屋で、
篭屋の歌を歌った。
空カゴのおとぉの歌だ。
間抜けな歌が屋敷に響く。
♪空カゴかついで、おいらは帰る。
おいらの家へ。
カゴの中は空ぁ
~~~…
どうやら奥の部屋に誰かいるらしい。
少し不気味な屋敷だった。
広い屋敷のわりに人の気配が殆ど無い。
~♪
短い歌なので、すぐに歌い終わってしまう。
繰り返し歌うしかなかった。
~♪
あっ。
違った。 まあ、違うも何も、
おとぉが景気付けの掛け声に調子をつけただけのものだし。
~♪
何度か歌い終わった時、奥の部屋の灯りが揺れた。
「いい。」
美しい声?音だった。
歌いすぎて少し、頭がぼんやりしていた。
老人が、どこかから出てきた。
老人に進められるままに、奥座敷へあがった。
向かい合わせに膳が2つあり、片方の膳の前に美しい少年が座っていた。
少年の向かいの席に座り、食べろと促される。
いやいや、もう奉納は済んだ。帰りたい。
「これで失礼いたします。」
・・・やけに声が響く。
「いい。」と言われてから、老人も少年も、一言もしゃべっていない。
不気味な間、反応はない。
無言の間、 不気味。
その、不気味な様子が、
やけに妖艶な気がしてくる。
もう一度、老人が手をまえに出して、食べろ。と、催促した。
まあ、せっかくだし頂こう。
精進料理のようだ。すこし、安心した。
薬膳だろうか。
酒も勧められた。
透きとおった酒だった。
ろうそくの光が盃の酒にゆれる。
座敷の奥には床が整えられている。
・・・。
売られた?
おとぉの曇った顔を思い出す。
美しい少年に注がれた 透き通る色のない酒。
薬膳の青菜の苦みが、
またいい具合に酒をうまくする。
なんと贅沢な。売られた先は、極楽か?
少年も、酒を飲んでいるのか、少し、顔が紅くなっている。
何度か、酌をして、酌をされて、気が付けば床に入っていた。
香の焚きしめられた部屋。
ころがる酒瓶。
何もやる気が出ない。
力も入らない。布が気持ちいい。
美しい衣。美しい少年。
天蓋の布が、ひらひらゆれている。
何処かで聞いた 竜宮の姫にでもなった心地でいる。
酒の匂い。香の香り。甘い時間が過ぎる。
ずいぶん長く居る気がする。
どこに居るのかもわからない。
こんなに居心地のいい場所は、知らない。戻りたくない。
ぽたぽた、ぱたぱた。粒がはねる、雨の音。
少し寒い。
布団を羽織って、庭の戸を閉める。
少年は、寝ているようだ。
羽織った布団をすべらせ少年の、まだ完成していない肩へ置く。
本当に美しい子だ。
「ここに居ろ。」 腕をつかまれた。
まあ、こんな事になっては、おとぉのところへは帰れない。
閉めた戸に向かってうなずく。
雨が、降っている。
昼も夜も分からない。どのくらい居るか?
薬膳の食事を終え、酒を飲み交わし、いつもの通り奥へと転がり込む。
天蓋の薄い布が
ひらひらと美しい。




