グゼレス侯爵家の後継者 (後編)
ガトラルにおける騎士団の一つ、陸上師団の長であるグゼレス侯爵家。その一人娘リオレの結婚相手を決めるため、「決闘大会」が開催される事になった。
この決闘大会はまず、陸上師団の騎士を対象に参加者が募られた。この時、身分は関係ないと公表されている。ただしその代わり、次期侯爵として、及び次期陸上師団団長としての資質があるかを、現グゼレス侯爵が事前審査する事になっているのだ。それだとかなり侯爵の主観的になりそうだが、とどのつまり、これは彼の娘の婿を決めるものなのだから、そこに何ら問題は無いのである。
そんな「厳正な」審査に通った者は、王宮内にある陸上師団本部の廊下にてその名を張り出され、大会への出場が認められたことになるのだ。それが、開催日までの流れであった。
――その“賞品”となっているリオレ・マロン・グゼレス。
彼女と言えば、陸師の騎士の憧れだ。だからこそ、この企画が成立したと言っても過言ではない。妻や恋人などのいない団員は皆、大会に参加するため応募しただろうと言われていたくらいだ。
しかし。
男爵家出身のマイラ卿は、それに該当するにも拘らず、唯一名乗り出なかった。
…はず、だった…
その日、一介の騎士であるマイラは、同僚の騎士に教えられ半信半疑で廊下へと向かっていた。
…自分は決闘大会に応募した覚えなど無い。それなのにその騎士は、出場者の名簿にこの名が記されていると言うのだ。
現在その紙が張り出されている事は知っている。しかし、関係が無かったので確認などしてはいなかった…。だからこそ、「まさか」という思いしかない。
「………な…なんだこれはぁー!?!」
その場に辿り着いたマイラは、思わず廊下に響き渡るような大声を上げてしまった。
――本当だ。彼が言った通り、そこには自分の名がはっきりと書かれているではないか。マイラは大声を上げた後、あんぐりと口を開けたまま唖然としていた。
…なぜ…こんな事に??これは、立候補制だったのではなかったのか?強制的に参加させられるという話は聞いていない。それとも、自分は気付かない内に夢遊病を起こしていたとでも言うのだろうか…。
マイラは壁に貼ってある名簿と睨み合い、色々な可能性をぐるぐると頭の中で巡らせていた。
そこへ、その肩をポンと叩く者がいた。
「頑張れよ!」
振り向くと、そこにはマイラに強く決闘大会への出場を勧めていた、かの騎士の姿があった。彼はその顔に胡散臭い笑顔を張り付けている…。
その表情を見たマイラは直感的に感じ取った。
「………さては、お前だな⁉」
恐らく、彼が勝手にマイラの名で決闘大会に応募をしてしまったのだ。そうだとすぐに勘付いた。それから詰め寄ったが否定しないので、完全に黒なのだろう。
「いいじゃないか!優勝するとは限らないわけだし…本気の練習試合だと思えば!な?」
のらりくらりと返事をするその騎士に、マイラは怒った。そんなマイラを和ませようとしてか、彼はぺろりと舌を出して見せるが、全然可愛くなどない。むしろ憤りが増すばかりだ。
「こんなものは無効だろう‼なぜそこまでするんだ⁉」
「いや…君には資格があると思っているんだ、私はね!」
マイラに胸倉を掴まれたが、彼はまた悪びれもせず、笑いながらいけしゃあしゃあとそんな事をのたまっている。ある意味、見上げた精神力である。
「だからと言って、勝手にこんな事をするのは…さすがに異常だぞ!?」
諭すようにマイラが言葉を絞り出すと、その騎士は視線を泳がせた。
「ああ~…まあ、色々あって、だな…」
「?」
“色々あって”とは…?その言葉の意味を探ろうと、マイラは胸倉を掴んだまま彼の顔を凝視した。すると、段々とその顔には脂汗が浮かび始めた。…妙だ。
「…何かおかしいな。」
「いやっ?そんなことは……」
声がひっくり返った。マイラは更にじっと顔を見てみるが、彼の視線は宙を舞い、全くこちらと合わせようとはしない。
…これはどう見ても、やましい事があるに違いない…
「‼さてはお前、賭けでもしているんじゃないのか⁉」
「うわー!うわー!大きな声を出すな‼…ちょっとだけだよ、ほんの少額だ!…優勝するのは誰か、って、いう……」
…その話によるとどうやら、既婚者や婚約者がいる者など、出場権利の無い者たちで賭けをしているらしい…。その中で、彼はマイラが出れば優勝間違いなしだと踏んだそうなのだ。道理で、あんなに熱心に自分を勧誘してきたり、勝手に応募したりした訳だ。マイラは全てに合点がいった。
「全く嘆かわしい‼貴様それでも陸師の騎士か⁉風上にも置けん!」
「これくらい、いいじゃないか…本当、君は石頭だなァ。あ。ほら、そういうところだよ!団長にピッタリじゃないか‼」
「まだ言うか!口の減らんやつだ…。」
怒りながら、マイラは名簿を剥がそうとした。これを持って団長のところへ行き、正当な応募ではないと直訴しよう。そして、出場を取り下げて貰うのだ…。
そう考えているマイラを諭すように、その騎士は語り出した。
「まあ待て、マイラ卿。こうなったらそこまで固辞する事も無いじゃないか。決勝まで行ったとして、いざとなればわざと負ける事だって出来る。そのくらい君なら容易いだろう?そうなれば、私は大損だ。」
「…大損とは。どうやら少額ではなかったらしいな。」
「言葉のあやだ!」
マイラにじろりと睨まれ、騎士は慌てて補足した。
…話が逸れてしまったため、彼は一度咳払いをすると元に戻した。
「とにかくだ!名が出てから辞退なんてしたら、怖気付いたと思われるぞ。いいのか?それでも。」
「構わん。言いたい奴には言わせておけ。」
そんな安っぽい挑発には取り合おうとしないマイラだったが、騎士は彼の顔に向かって指を差し、さらに煽った。
「――いや、怖気付いたと思われる、ではないな。尻尾を巻いて逃げるんだもんな?君は。敵前逃亡だ。情けない!」
「……ぐッ!」
マイラは言葉に詰まり、歯を食いしばった。それに乗ってはいけないとは、分かっている…。しかし、その騎士は巧みに彼の神経を逆撫でし、的確にその痛いところを突いていた。悔しいが、そうまで言われては引き下がるわけにはいかないではないか………。
そして、あっという間に日は流れ、現グゼレス侯爵の娘・リオレの結婚相手を決めるための決闘大会の日がやって来た。
「…ところでリオレ、なぜ…こんな日を選んだんだい?」
侯爵は顔を引きつらせ、“特別観覧席”にいる娘に尋ねた。
…参加者を募り精鋭を絞ってから今日まで、かなりの期間が空いている。それはもう、一週間や二週間という話ではない。季節が変わっていた…。
大会の日取りを決めたのは、リオレだった。彼女はどういう訳か、すぐに開催しようとはしなかったのだ。そして、誰もが首を傾げるような時を選んだ。
――本日、空は晴れ渡り、何かの大会をするには良い日和だ。…見た目だけは‼
季節は真夏。気温は今年の最高値を記録するのではないかという、炎天下の真っ昼間。今日がこういう状況になるだろう、という事は誰にでも容易に想像出来た。それはもちろん彼女だって例外ではない。
なのに、なぜかリオレはそんな日を決闘大会の日に指定したのである。もちろん父は反対した。しかし、謎の熱意に根負けしてしまったのだった…。
決闘大会の開催場所となる陸上師団の訓練場には、屋根など無い。
容赦なく、大会の出場者たちを照り付ける太陽…。
このままでは決闘そのものではなく、暑さにやられて棄権する者が続出し、一人一人敗退していくのではないかと思われた。まさに命懸けの戦いである。…己との。
「……リオレは、私の大事な部下たちを殺すつもりなのかな…?」
「まさか!嫌ですわ、お父様ったら‼こういう過酷な状況でこそ、心身共に屈強な者が誰なのか、分かるというものでしょう!全ては我がグゼレス侯爵家のため、ひいては我が王国のためですわ!!」
侍女の差す大きな日傘の下、“特別観覧席”とは名ばかりの椅子が置いてあるだけの場所にいるリオレは、高笑いをしながらそれっぽい答えを返した。
…もちろん、そんなものは建前である。
こんな日に決めた彼女の真の目的は――…
『――だって、暑い日なら、どんな騎士でも薄着になるしかないでしょう!!』
…という、極めて単純で変態的な理由からなのだった…。
“北風と太陽作戦”とでも言おうか…。確実に騎士たちの筋肉を拝むため、リオレは彼らが脱がざるを得ない環境を用意したのである。
しかし。さすがに、もう少し時期をずらすべきであった、とリオレは後悔していた。
…それにしても暑い。
日傘の下にいるので多少はましとはいえ、気温まではどうにもならない。まして、ドレスなんぞを着ているリオレは、ここにいる中で確実に一番の厚着をしている。一人、勝手に我慢大会状態だ。
「おやリオレ、顔が赤いようだが大丈夫かい?もし辛いようなら戻って――」
「いいえ、お父様!わたくし、ここで最後まで見届けますわ‼」
この場を離れるだなんて、冗談じゃない。それでは何のためにこんなものを、こんな時期に開催する事に決めたのか分からないではないか!計画した多くの事が台無しになってしまう…
リオレは、褒められたものではない意地と根性で、この場に留まることを決めた。
――それから程なくして、決闘大会は始まった。
リオレの目論見通り、騎士たちは薄着になり、その持てる筋肉を惜しみなく晒している。人によってはシャツを腕まくりするだけだったりもするが、一方ではシャツそのものを脱ぎ、上半身裸になっている者もいる。一番多いのは、シャツを着てはいるがボタンをいくつも外し、はだけさせている者だろうか…。いずれにせよ、リオレにとって眼福である事に間違いは無い。
『ああ…ここはまさしく天国!!』
至福のひとときとばかりにうっとりとしながら見詰めるその目は、一体何を見ているのだろうか…。彼女の心の中を覗いた者は確実に、「見るべきはそこじゃない‼」と突っ込みを入れるところだろう。グゼレス侯爵家の人間なら、剣術や戦法を見ろ、と…
日傘を差している侍女は、何となくリオレの異様な空気に気付いていたが、気付かないふりをしていた。
そんな当の決闘大会の方だが、暑さのせいもあってか一対一で行われていく試合は、早々と決していくものが多かった。
今のところ、暑さにやられてしまう部下が一人も出ていない事には、侯爵は満足そうだった。日頃の鍛錬が奏功しているようだ、と…。彼にとっては、それが分かった事は収穫の一つでもあった。
そうして順調にトーナメントは進んで行き、あっという間に決勝戦となった。会場である訓練場の真ん中には、ここまで勝ち上がって来た二名の騎士が相対していた。
周りには、元々出場資格が無かった騎士や敗れた騎士たちが大勢取り囲み、盛大にその終わりを見届けようとしていた。
「いけ――!やれ――!」
一人は、伯爵家の次男だ。彼は見目も悪くなく、もてる方だが、それだけではない。実力だって折り紙付きだ。もちろん決勝まで来たのだから当然だが…。決闘大会が無くても、恐らくリオレの結婚相手の候補に挙がっていただろう人物と言っていい。
そんな彼に対するのは――…
「いけるぞ――頑張れーマイラ!!」
あんなに出る事を渋っていたマイラ卿だ。彼はやはり、決勝まで勝ち上がって来ていた。それは、途中で手を抜いたり、わざと負けたりなどという不真面目な事が出来なかったからだった。やるからには、出るからには最善を尽くす。その意気で、ここまで来てしまったのだった…。
「では二人とも、用意はいいな?――始めッ!!」
最後の試合が始まった。
日傘を差していた侍女がリオレに声を掛けた。
「お嬢様、ついに将来の旦那様が決まりますね!勝って欲しい方は、どちらか決まっていらっしゃいますか?」
「うーん、そうねえ…」
考える素振りをしながら、リオレは試合を見詰めた。
『…伯爵令息はお顔は良いようですけど、ここまで来た割にはどうも、筋肉の付き方が今一つなのよねえ…。だから、断然こっちだわ。確か…“マイラ卿”と言ったかしら?彼の筋肉は良い‼』
――…そんな決勝戦は、思わぬ長丁場となった。
二人とも、ここまで互いに何戦も戦って来ている。体力は限界のはずだ。しかしどちらも引かず…というより、どうもマイラの方があまり実力を発揮していないように見えるのだ。多分、彼が本気を出せばこの試合はすぐに片が付いていただろう。だが、彼はそうはしなかった。
“出るからには最善を尽くす”そう思ってここまで来たが、これに勝ってしまったら、次期侯爵であり、団長となってしまう…。それが現実味を帯び、尻込みしてしまったのだ。
やはり、自分にその荷は重すぎる…。出来る事なら、伯爵家の人間である対戦相手に勝ってもらうのが良い。彼はそのつもりでここまで来たはずなのだから。それが一番、誰にとってもいい事なのだ…。
――そうは思うが、マイラはやはり、わざと負ける事だけは出来なかった。だからこそ、早く相手に自分の隙を見付けて貰いたい。そんな思いで剣を振っていたのだった。
「……ッマイラ卿、今日はどうしたんだ?いつもの切れがないじゃないか‼」
対戦相手が挑発するようにマイラに話し掛けてきた。
「…ならば、さっさと俺を倒せ‼」
「言われなくても!!」
攻防戦は、なおも続く…。
やっている本人たちが一番大変なのは分かるが、見ている観客の方も辛くなってきた。暑さも、未だ続いている…
「…ハア…、ハア…、」
日傘を持っている侍女の耳に、隣から荒い息が聞こえてくる…。それはもちろん、リオレのものだ。
…どうしよう。試合の熱も最高潮に達し、お嬢様は(別の意味で)興奮されているのかもしれない…。そんな嫌な考えが頭をよぎった。どうしたらいいのか分からないので、顔が見られない…。侍女は、気が付いていないふりを続行する事にした。
「し、勝敗が決するのも、もうすぐのようですね。」
「…ええ……そうね…」
侍女はたわいない事を尋ね、リオレはそれに答えた。
「…ハァッ、…ハァッ、」
……不味い。グラグラとしてきた。いけない。あと、もう少しだというのに……
リオレは必死で耐えていた。――彼女は今、暑さでやられている。ただ座っているだけだからと油断したのだ。日傘の下といえど炎天下にドレスを着て、長時間こんな所にいればそうなってもおかしくはない。
普段鍛えている騎士たちとは違い、リオレは蝶よ花よと育てられたお嬢様だ。この暑さに耐えきれる体力など、あるわけが無かったのだ。この場で一番倒れる危険性が高かったのは、自分だったのである。
――白熱する試合に、皆が注目している。割れんばかりの歓声が、鼓膜を破りそうな勢いだ。
そんな中、誰もリオレの異変に気付く者はいない……。
「おいマイラ卿!視線が疎かになっているぞ!」
「……っ」
試合は、まだ終わらない。どうやら今は、マイラの方が押されているようだ。
いかに彼といえど、集中力が切れてきたのか、余所見をしている場面が多くなってきた。
これは伯爵令息の方が勝ちそうだ――皆、そう思い始めていた。
「―――‼」
マイラが急に、明らかに明後日の方を向いた。これはチャンスだ!
「――もらったァ!!」
伯爵令息は思い切り木剣を振り上げ、それを下した。その瞬間、マイラは物凄い形相で伯爵令息の木剣を弾き、彼に一撃を食らわせた。
「グッ……」
伯爵令息はその場に落ちた。
「ゆ…優勝は、フラン・アラシッド・マイラ卿!!――って、マイラ卿⁉」
審判が判定を下す前に、マイラはその場から走り出していた。そして、彼が急いで向かった先にいたのは――
「リオレ嬢!!大丈夫ですか!?」
そこには、ぐったりとして気を失いかけているリオレがいた。その事態にその時やっと気付いた侍女は、思わず悲鳴を上げた。
――彼には、試合をしながらも周りの様子が見えていたのだ。誰がどこにいるだとか、何をしているだとか、どんな表情をしているだとか――…。その中で、リオレの様子の変化にも、彼は当然気が付いていた。そしてこれ以上試合を引き延ばしている場合ではない、と判断し、一気に片を付けたのだった。
「なぜ誰も気付かなかったんですか!!リオレ嬢、すぐに医者のところへ参りましょう‼」
そう言うと、そこに彼女の父親がいる事も忘れ、マイラはリオレを颯爽と抱え上げた。そして、まるで疲れなど一切無いかのごとく走り出した。
リオレは夢うつつだった。しかしそんな中マイラに抱えられ、失いかけていた気を、少しずつだが取り戻していた。
何だかふわふわと、飛んでいるようだ…雲にでも乗っているかのような……。これは…――いや、
違う。
雲にしては、弾力が有り過ぎる‼
その瞬間、リオレはカッと目を見開いて体を起こした。
―――“がっちりとした、よく鍛えられた腕”―――!
あの時の筋肉だ!!!
「これよ、これだわ!!わたくしが探していた筋肉様は、貴方だったのよ!!!」
「はい?ええと…まあ、そういう事になったようですね…?」
マイラはギョッとした。突然元気になった(?)事にも驚いたが、彼はリオレの勢いに戸惑っていた。
そして、それもこれも暑さでおかしくなっているせいなのだろうなと思い、医者のもとへと急いだのだった…。
「―――とまあ、これが母様たちの馴れ初めね。」
「…はあ、そうですか…。」
いつの間にそんな話になったのか定かではないが、リオレは我が子を相手に、自分たちの若い頃の話をしていた。
――あれから、二十年以上の時が過ぎた。あの後すぐにリオレとマイラ…もとい、“フラン”は結婚し、婿に入った彼は立派に侯爵と団長の職を務めた。そして今、侯爵の爵位はすでに長男に譲ったものの、陸上師団団長としては未だに現役で活躍しているところだ。
一方のリオレは、これまでに三人の子を産んだ。それは三人とも、彼女の念願である息子であった。
しかし…一つだけ、リオレには大きな不満があるのだ。
「…なぜ⁉︎どうして!?」
その事を考えると、彼女は何度も悶絶しそうになった。
――その息子たちは三人とも、理想とは違いグゼレス侯爵家の血筋通りの、スラリとした細身の体型だったのである…。
一番父親似である次男ですらも、体型だけは母方の血を色濃く受け継いでしまった。恐るべし、グゼレスの血…。リオレはそう思わずにはいられなかった。
「!そうだわ‼ソルベ、貴方、騎士団の中から結婚相手を探しなさい!」
「はい!?」
「騎士団なら、良い筋肉をしている娘さんがいるでしょう?そうして私に、素晴らしい筋肉を持った孫を見せて頂戴!」
「ハイィ!?」
母からの突然の要求に、さっきまでの話を聞かされていた次男はひっくり返りそうになった。
「そんなのは、兄上に頼んでくださいよ!僕は結婚出来るかも分からないんですから…」
「あら、グラスには無理よ!あの子はこれぞグゼレス家、という見た目だもの。グラニテも同じねえ~。だから、貴方だけが母様の希望なの!!」
目をキラキラとさせた母の顔は、真剣だった。これは逃げるが勝ちだ、と次男は悟った。
「あ…ああ~あ、そうだ!僕仕事があったんでした!では、行って参りまーす‼」
「あっちょっと!…もう、すぐこれなんだから。息子でも、細身は詰まらないわ!」
…それはどういう理屈なのか分からないが、リオレの筋肉至上主義は今も健在のようだ。そこへ、フランがやって来た。
「何だ、ソルベは出掛けたのか?」
「お仕事と言ってましたけど?」
「仕事?そんな話は聞いていないが…」
二人は、不思議そうに互いの顔を見た。
「まあいいわ!向こうでお茶にでもしましょうよ。やっぱり、私にはあなたが一番だわ!」
そう言いながら、リオレはフランの腕にしがみついた。
彼女は今、とても満足そうだ。
―――グゼレス侯爵家の後継者・完―――




